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雲に隠れがちな中秋の名月と九月十三日のあとの月――心にしむのはどちら?

和歌で愛しむ日本の秋冬

松本章男/著

2,376円(税込)

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発売日:2014/05/22

読み仮名 ワカデイトシムニホンノアキフユ
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 346ページ
ISBN 978-4-10-370803-2
C-CODE 0095
ジャンル 詩歌、ノンフィクション
定価 2,376円
電子書籍 価格 1,901円
電子書籍 配信開始日 2014/11/14

織姫星と彦星の年に一度の逢瀬。道を見失うほど生い茂る萩の下露。時雨によって染められる木々の紅葉。三たびまで色を変えて咲く白菊。景色に一面の銀世界をもたらす雪。風の気配に秋を知り、初霜に冬を体感してきた日本人が、長年にわたって和歌に詠みつづけてきた秋冬の彩りを、自らの体験を懐かしみつつ味わい深く語る。

著者プロフィール

松本章男 マツモト・アキオ

昭和6年、京都市生まれ。京都大学文学部仏文科卒。出版社勤務を経て文筆業に。平成21年、『西行 その歌その生涯』でやまなし文学賞受賞。

目次

秋歌の部
早秋・荻
七夕
秋蝉

萩(一)
萩(二)
をみなへし
すすき
ふぢばかま
きりぎりす
松虫・鈴虫
秋野・秋草
野分
秋の夜の月(一)
秋の夜の月(二)
秋の夜の月(三)
初雁・鴫
秋風
夕暮れ

稲田・引板
鹿
葛・蔦
白菊・白鷺
十三夜
擣衣

はじ・まゆみ
紅葉(一)
紅葉(二)
有明け・去秋
冬歌の部
初冬・霜
時雨
落ち葉
木枯らし
残菊
枯れ野
椎柴
初雪
炭がま
冬の夜の月
千鳥
あられ
雪(一)
雪(二)
雪(三)

水鳥(一)
水鳥(二)
埋め火
歳暮・待春
作者名一覧
収載歌一覧

インタビュー/対談/エッセイ

波 2014年6月号より 月の光は広沢の池

松本章男

開口一番、「松ちゃん、嵯峨で月見をしようや」。平成三年九月初め、東京から、遠藤周作大兄の不意の電話であった。
秋は未だし。時宜として適っていないが、この月見について書かせていただく。
古来の月の名所といえば、信濃の更科や瀬戸内の須磨・明石など。ところが《更科も明石もここにさそひきて月の光は広沢の池》と慈円が詠じているほどで、平安末期ごろから京都では嵯峨広沢の月が大いに賞美されてきた。遠藤大兄から一任されて私は、後の月見、場所を狐狸庵からも遠くない広沢の池と定め、保津川くだりの高瀬舟を一艘、トラックで池まで運んでもらうことにした。
中秋の名月は秋雨前線に隠されてしまう年がしばしば。後の月は天候にわざわいされることが滅多にない。この平成三年は十月二十日が後の月、旧暦九月「十三夜」にあたっていた。中秋を回避したのは結果的に正解だった。
大兄の遺されている「『深い河』創作日記」から一文を拝借する。

十月二十日(晴)――文字通り秋の長雨の後、久しぶりの晴。[中略]十時八分の新幹線にて京都に赴く。友人たち国際ホテルに投宿。月見の時間にはまだ余裕があるのでタクシーにて京都芭蕉庵に赴き、庵の裏にある蕪村の墓を拝す。
五時、嵯峨の家〔狐狸庵〕に行く。先着した順子を拾って広沢の池に。ようやく月が雲より現われ、月見に絶好の夜となった。船頭、竿をたぐり池畔の葦の近くに船を停めて、中川(善雄)先生の笛を聴く。月光波にゆれ、森のなかで鷺の声が時折鋭くきこえ、満天の星、笛の調べ、幻妙。言葉につくせぬ一時間だった。船は池を一周して岸に戻る。一同狐狸庵に戻って夜餐、談笑。十時に散会。

月見は、私の家内もお相伴にあずかり、十二名となった。雲から逃れ出る月を待った舟上で、私は《山の名のしめすごとくに月よいま遍(あまね)く照らせ広沢の池》と一首をひねった。池の背後の小山を遍照寺(へんじょうじ)山とよぶ。その昔、池畔に、弘法大師の教えを学ぶ遍照寺があった。お遍路の笈摺(おいずる)の背の「南無大師遍照金剛」の文字までふと浮かんで、体をなした腰折れである。
中川善雄師は和笛の名人。月光が池面に冴えるなか、舟の舳先に立って、横笛と篳篥(ひちりき)を吹き分けてくださった。舟底にコトコト音がして飛沫(しぶき)がたち、鯉や鮒が寄ってきた。跳ねあがった小鮒一匹が私の膝に落ちてきた。
平家物語』「大臣流罪」の段は、清盛によって東国へ流された太政大臣師長(もろなが)が琴に秀でていたと述べ、「瓠巴琴(こはきん)を弾(たん)ぜしかば、魚鱗(ぎょりん)躍りほとばしる」と語る。瓠巴は楚(そ)の国の人で琴の名手だったと伝わる。この人が琴を奏でると鳥が舞い魚がおどったと『列子』にみえる。広沢の池の魚も名人の笛の音に歓喜してくれたのだ。
大兄の代表作『沈黙』は新潮社の刊である。嵯峨の狐狸庵はその印税で建った。大兄が平成八年九月二十九日に他界されて、「『深い河』創作日記」も載る『遠藤周作文学全集』は、これまた新潮社から刊行されている。
大兄が狐狸庵で使っていられた仕事机を、形見として、順子奥さまから私は拝領した。今はすっかり私の仕事机になっている。私のこのたびの新著二冊も、形見の机で書きあげた。不思議なことに、この机で原稿紙にむかい呻吟するさなか、虚空から「松ちゃん、頑張れよ」と、大兄の声が届くのを覚える。背後から大兄に覗きこまれている気がすることもある。今回もそういう感応がたびたび起こった。
私は仏教徒。天国ではキリスト教も仏教も隔てなく流通しているだろう。いつの日かパウロ遠藤と逢えるかもしれない。
順子奥さまから聞きおよぶところ、月見から東京へ帰られた大兄は、数日後から、遺作となった『深い河(ディープ・リバー)』の本格的な執筆に入られたそうである。

(まつもと・あきお 随筆家)

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