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失職した男たちの心の空隙に、ドラマは生れた。

忠臣蔵

秋山駿/著

1,512円(税込)

本の仕様

発売日:2008/11/18

読み仮名 チュウシングラ
雑誌から生まれた本 から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 143ページ
ISBN 978-4-10-375704-7
C-CODE 0095
ジャンル 日本史
定価 1,512円

元禄の繁栄の中、「戦い」という本来の仕事を奪われ、そして主君・内匠頭を失った赤穂の武士たちはその地位さえも奪われ、浪人となった。かたや意気高らかな女達の世界――。「忠臣蔵」の舞台は、なんと平成の世に似ていることか。名著『信長』で歴史ファンを唸らせた著者が、「武士が演じ、町人が語りついだ」ドラマを描き出す。

著者プロフィール

秋山駿 アキヤマ・シュン

1930年東京生れ。早大仏文科卒。1960年、評論「小林秀雄」で群像新人文学賞を受賞。1990年、『人生の検証』で伊藤整文学賞受賞。1996年刊行の『信長』で野間文芸賞、毎日出版文化賞を受賞。他に、『舗石の思想』『知れざる炎―評伝中原中也―』など多くの著書がある。日本芸術院会員。

書評

波 2008年12月号より 時代の精神を探る

高井有一

一九三〇年生まれ、今年七十八歳の秋山駿が、元禄時代について考へるとき、自らが生きた一九四五年から現在までの六十余年間が否応なく思ひ浮かぶといふ。因みに元禄元年(一六八八)は、大阪城が陥落して戦国時代が終つてから七十三年目に当たる。ともに長い平和が続き、繁栄を極めたと言はれる時代。
秋山駿は戦後ずつと、五〇年代に建つた東京西郊の公団住宅に蟠居して暮してきた。さういふ人が、繁栄を謳歌し、浮かれた筈はない。「わたしは、繁栄、というものを知らなかった。日常的な現実として実感したことがなかった」とこの本の一節にも書かれてゐる。さりとて世を拗ねたわけではなく、自然に距離を置きながら眺めてゐた、といふのが実情に近いだらう。そのやうな位置に立つ人だけの眼に映る景色が、確実にあるのに違ひない。
「忠臣蔵」の劇、或いは物語は、世間知らずの若い殿様が、賄賂のしきたりに疎かつたために、高家の指南役に屈辱的な扱ひを受けたのが事件の原因だと決めてゐる。むろん私も何となくさう思つてきた。しかし秋山駿はこの説を、「噂として聞いた世間一般が、事件を分かり易く納得するためにおこなった空想とか、想像といったものであろう。何の根拠もない話だ」と斥ける。
それでは、事件の背後に何があつたか。時の将軍綱吉の寵臣「柳澤吉保ただ一人の裁量によって、刃傷事件は遂行され、彼の思うとおりに完了した」と秋山駿は書く。彼の見立てに従へば、事件のスケールは、単に内匠頭と上野介の私闘の域を超えて、ぐんと大きくなる。「刃傷事件は、元禄という時代の空気、泰平の爛熟、爛熟による発想の奇矯さ、絶頂に達した幕府の権力、独裁君主としての綱吉の個性……といった糸で織られている」。
その見立てが、果たして歴史の現実に照らして正しいかどうか、私には判断がつかない。秋山駿自身、「ここからは、想像の領域である」と書いてゐる部分がある。「想像、と呼ぶほどに現実味のあるものではないが、一瞬宙に楽書するように思いを走らすことができる」。歴史について書く面白味は、この一点に懸つてあるのかも知れない。史料を読み、時に想像に遊ぶ時間の堆積が、おのづと文章の諧調を生む。終始自由な気分で書いたのだらうな、と私は思つた。
事件はたつた一日で一切が終り、あとは、遺された人々の生きやうが問題となる。秋山駿は、領地召し上げ、屋敷立ち退きを命じられた直後の家中の武士たちの、整然とした行動、能力、その生の態度に「感心」する。事件の第一報を赤穂に伝へた児小姓頭片岡源五右衛門の口上書が「事実を捉えて簡潔、私情に走らず客観的」なのを読めば、昭和の敗戦時の人々の行蔵と較べたくなるのは人情だらう。
鉄砲洲の屋敷を逐はれ、青山の実家へ向ふ内匠頭の内室、瑶泉院が来る駕籠の内から歔欷の声が洩れる。行動して自分の力を社会的に発揮する場を持たない女性の身ゆゑの悲しみ。しかしこの女性は「流れの中に、勁い一本の葦のごとく立っていた」と評価が高い。一般に男と女とを較べた場合、「自分の一命を賭けて思う、という意味なら、女の方がよほど真率で徹底している」。
討入りに先立つ短かからぬ間、大石内蔵助は遊里に沈んで酒色に耽つてゐた。なぜそんな行動を取つたか。議論のあるところだが、秋山駿は、時代の中心にある都市文化の粋を満喫し、同時に「自分がいま自由である、ということを、納得がゆくまで味わっていたのであろう」と解釈する。「『女の世界』を、『社交』を肌で味わいながら、時代の空気を、今日という生の情況を、徹底して吟味していたのであろう」。――これも宙に書いた楽書の一部と言へようか。さまざまな楽書を連ねつつ、秋山駿は忠臣蔵の物語のなかに、時代の精神の在りやうを探つてゐるやうに見える。

(たかい・ゆういち 作家)

目次

一 繁栄が産んだドラマ
二 果たして賄賂が問題か
三 刃傷事件は演出なのか
四 刃傷は過ぎ、ドラマが始まる
五 内匠頭切腹の前に
六 「風さそふ花よりも」の哀傷
七 瑤泉院、女の思いの深さ
八 武士とは何か、浪人とは何か
九 泰平の時代の武士道
十 内蔵助、浪人になる
十一 「女」の世界と内蔵助
十二 「物語」創造の力と忠臣蔵
あとがき

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