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どんなにたくさんの人がいても、あたしの眼はすぐに彼を見つけてしまう。

みなそこ

中脇初枝/著

1,620円(税込)

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発売日:2014/10/31

読み仮名 ミナソコ
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 278ページ
ISBN 978-4-10-391002-2
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,620円

あたしたちは繫がったまま、橋から飛び降りた。彼と触れあうことは、きっともう、二度とない──。水面のきらめき。くもの巣。お施餓鬼の念仏。台風の日のかくれんぼ。考えもしなかった相手に心を奪われ、あの腕にからめとられてあたしは──。沈下橋のかかる川のほとりで、その夏を永遠にした恋を描く、注目作家の新境地作。

著者プロフィール

中脇初枝 ナカワキ・ハツエ

1974(昭和49)年、徳島県生れ、高知県育ち。筑波大学卒。高校在学中の1991(平成3)年に『魚のように』で坊っちゃん文学賞を受賞し、17歳でデビュー。2013年『きみはいい子』で坪田譲治文学賞を受賞。同作は本屋大賞2013の第4位となり、映画化もされた。著書は絵本に『こりゃまてまて』『あかいくま』、昔話の再話に『ゆきおんな』『女の子の昔話』『ちゃあちゃんのむかしばなし』、小説に『わたしをみつけて』『みなそこ』『世界の果てのこどもたち』(本屋大賞2016第3位)などがある。

書評

波 2014年11月号より [中脇初枝『みなそこ』刊行記念特集] 生者と死者の帰郷の物語

重松清

帰郷の物語である。四国・高知県の、おそらくは四万十川流域の山あい、沈下橋を渡ってたどり着く「ひかげ」と呼ばれる小さな集落が、本作の主人公「あたし」のふるさとである。「あたし」は学校が夏休みになった小学四年生の一人娘を連れて、一年ぶりにふるさとに帰ってきたのだ。
まずは、「ひかげ」を描く中脇初枝さんの筆力に、圧倒された。春夏秋冬、いつの季節が舞台だったとしても、「ひかげ」の情景はすばらしく印象的に描き出されるはずだ。
しかし、あえて言い切ろう。本作は、夏の物語でなければならない。なぜなら、夏こそが帰郷の季節、ふるさとのわが家に帰ってくる季節なのだから――生者も、死者も。
帰郷とは、ふるさとの言葉との再会でもある。
方言がたくさん出てくる。意識的に、ひらがなを多用して綴られる。漢字ではないのだ。表意よりも、むしろ表音、表徴。四国・高知の方言についてまったく不勉強な、僕のような読み手にも、ひらがなの字面や響きの、呪術的ですらある粘度と湿度は、文字どおりねっとりと伝わってくる。
「あたし」は、ひらがなに満ちた「ひかげ」で一人の少年と再会する。離婚をして「ひかげ」に帰ってきた幼なじみの息子である。十三歳の「りょう」は、去年の夏よりもずっとおとなびて、「あたし」の心をかき乱す存在になっていた。
物語の縦糸は、そんな「あたし」と「りょう」の禁断の関係にある。だが、そこにふるさとの土地に刻まれた歴史がからむことで、糸は複雑に撚られ、色合いを深めていく。
物語は、さまざまな民俗学的な意匠によって彩られる。のつご、おながれさん、雨だれ落ち、お施餓鬼、りゅうきゅう、えんこう、しんもうばた、へんどさん……そして、お盆。
〈いつも川には死んだ人がいた。お盆の間だけ、川へ迎えに行って、死んだ人を家に連れてもどってくる。お盆の間は家に死んだ人がいる。/けれども、迎えに来てもらえない死んだ人は、お盆の間、川から上がってきて、そのへんをうろうろしている〉
夏が死者の帰郷の季節だというのは、そういう意味なのだ。だが、本作は決して幽霊譚などではない。では、どうやって死者は帰郷するのか――生者によって思いだされ、物語られることによって、である。ならば、「ひかげ」で語り継がれてきた物の怪や言い伝えの数々は、ふるさとの死者の記憶、忘れてはならない記憶の変奏ではないか。
そう気づいた瞬間、本作の凄みはさらに増す。あまりにも淫らで哀しい「あたし」の物語も、いずれふるさとの記憶に溶け込んでしまう。「あたし」の母、祖母……「ひかげ」の女たちの物語はずっとそうして、始まりも終わりもなく流れつづける川の底でたゆたっているのだろう。
本作は、そんなふるさとの土地に刻まれた記憶と、娘であり母であり妻であり女でもある「あたし」との、ひと夏の交歓の物語――そして、さらにもう一つ。
本作でとりわけ印象的なひらがなの言葉「みてる」(漢字では「満てる」「充てる」か)は、中脇さんが十七歳で坊っちゃん文学賞を受賞したデビュー作『魚のように』のキーワードでもある。〈僕の育った土地の方言では死ぬことを“みてる”という。(略)その言葉には、天寿を全うした、人生を充分に味わい尽くした人達の満足さが感じられた。器に注がれた水が溢れる程満ちる時、彼らは死んで――みてて――いった〉(『魚のように』より)。この言葉と、この主題には、歳月の元手がしっかりとかかっているわけだ。
川は(そして水は)死の世界。そこに沈むことを前提につくられた沈下橋を通って帰る「ひかげ」というふるさとは、なんと怖く、なんと物語のこんこんと湧き出る土地なのだろう。春、秋、冬の「ひかげ」の物語が、もしもまた生まれるのなら(ぜひとも!)、どんな土地の記憶が語られるのか。デビュー作への帰郷を果たした作家の次なる旅を、ワガママな読み手は、早くも瞠目しつつ待っている。

(しげまつ・きよし 作家)

[→][インタビュー]中脇初枝/今この瞬間に存在する儚さと美しさを

インタビュー/対談/エッセイ

波 2014年11月号より [中脇初枝『みなそこ』刊行記念特集インタビュー] 今この瞬間に存在する儚さと美しさを

中脇初枝

――中脇初枝さんは十七歳で「坊っちゃん文学賞」を受賞し、一九九三年に受賞作『魚のように』が刊行されてデビューしました。八作目の小説となる本作はデビュー作と同じ、高知県の四万十川流域を思わせる場所を舞台に、東京から一年ぶりに帰省した主人公さわの経験したひと夏を描く物語です。
中脇 もう二十三年も小説を書いているんですね(笑)。自分でも驚きました。デビュー作もこの小説も、決して四万十川流域が舞台と特定してないのですが、二十三年かけてぐるっと回って戻って来たような感じがしています。

――くも採り、川遊び、台風などの豊かな自然の姿と、お盆や宴会の様子などその土地に暮らす人々の生活、風習が活き活きと描かれます。この小説を書くきっかけは何でしたか?
中脇 自分にとっては当たり前の世界だけど、その土地に住んでいる人しか知り得ないことが、世界中にあります。その中の、自分が知っている土地の綺麗なもの、美しくて感動したもの、それらを今そこに「ある」間に書きたかったんです。

――方言の語り口も印象的です。
中脇 高知県西部、幡多地方の言葉です。この地方は、高知県中東部とは異なる文化を持っています。言葉も、いわゆる高知の土佐弁とは違います。言語は使用人口が十万人を切ると廃れていくらしいのですが、もう十万ギリギリで。そういう失われていきつつある言葉というのは、日本中、世界中にあります。そのひとつの豊かさを伝えたいと思いました。

――大学で学ばれた民俗学を生かし、現在も昔話をわかりやすく書き直した再話も行っていらっしゃいますが、今作では高知県の昔話もエピソードとして活かされていますね。
中脇 昔話だけでなく、怪談や、「えんこうにひかれる」とか「のつごが来るぞ」といった、ちょっとした言い伝えをふんだんに盛りこみました。同じ土地で暮らす人たちの間で共通して語られるこれらの伝承が、その土地の人々の世界観を形作ります。この小説では、舞台となる小さな部落「ひかげ」での世界観です。主に幡多地方の伝承をもとにしていますが、土地により伝承は異なり、世界観も変わってきます。私は日本の各地を歩いて、その土地に暮らす人たちにお話を聞かせてもらうことが多いのですが、どこへ行っても、その土地なりの伝承があります。ただ、都市化してこれらの伝承が共有されなくなると、同じ土地で暮らしても、共通の世界観は失われます。「ひかげ」は、崩壊を控えている理想郷なのです。

――主人公のさわは幼少時からピアニストを目指すという設定で、随所でピアノが効果的に使われていますね。
中脇 実は私はピアノは弾けないし、楽譜も読めないんです。できないから、知らないからこそ惹きつけられるのかもしれません。音楽というものは、目に見えず、後にはなにも残りません。各地を歩いていると、お祭りでお囃子や歌を聞かせてもらうことがあります。一年に一回、お祭りのときだけみんなが集まってきて、笛を吹いたり太鼓を叩いたりする。プロの演奏家ではない人たちの音楽ですが、そのときにそこに行かないと聞けない音であることは同じです。その土地の言葉や言い伝えもそうですね。その時間と空間にだけ存在する――「ある」もの。その儚さと美しさを描きたいと思いました。

――二〇一二年に刊行された『きみはいい子』は児童虐待をテーマとした小説で、翌年の本屋大賞第四位になり、坪田譲治文学賞も受賞されて大変話題になり、次作の『わたしをみつけて』は施設で育った子供たちのその後を描いた小説です。この二作を読んだ人は、本作にとても驚かれるのでは?
中脇 その二作とは全然違いますし、私が恋愛を描くということだけでも意外に思われるかもしれない。でも予想外の展開に裏切られるというのも読書の醍醐味だと思いますし、それを楽しんでもらえればとも思いますが、一方で、まだ幼い読者がまちがって手に取らないように、帯などの惹句を検討していただきました。
最近は特に、どうしても伝えたいことをなるだけ多くの方に、誤解なく届くようにと願って書いていますが、今回は自分の書きたいことを書きたいように書いてみました。デビュー作もそうなので、久しぶりに戻って来た感じですね。

――今後はどのような作品を書く予定ですか。
中脇 今書いているのは、日本と中国と韓国の来し方を辿る物語です。でも大きな物語ではありません。私は大きな声ではなくて、いつも小さな声に耳をすましていたいと思います。小さいけれど、日本中、世界中で囁かれているかもしれない声に耳をすまし、これからも書いていきたいと思います。

(なかわき・はつえ 作家)

[→][中脇初枝『みなそこ』刊行記念特集]重松清/生者と死者の帰郷の物語

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