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忘れがたい面影とともに、あのときの私がよみがえる――。

1950年のバックトス

北村薫/著

1,620円(税込)

本の仕様

発売日:2007/08/22

読み仮名 センキュウヒャクゴジュウネンノバックトス
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 255ページ
ISBN 978-4-10-406606-3
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,620円

一瞬が永遠なら、永遠もまた一瞬。過ぎて返らぬ思い出も、私の内に生きている。秘めた想いは、今も胸を熱くする。大切に抱えていた想いが、解き放たれるとき――男と女、友と友、親と子、人と人を繋ぐ人生の一瞬。「万華鏡」「百物語」「包丁」「昔町」「洒落小町」「林檎の香」など、謎に満ちた心の軌跡をこまやかに辿る二十三篇。

著者プロフィール

北村薫 キタムラ・カオル

1949年埼玉県生まれ。早稲田大学ではミステリ・クラブに所属。母校埼玉県立春日部高校で国語を教えるかたわら、1989年、「覆面作家」として『空飛ぶ馬』でデビュー。1991年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞を受賞。小説に『秋の花』『六の宮の姫君』『朝霧』『スキップ』『ターン』『リセット』『盤上の敵』『ニッポン硬貨の謎』(本格ミステリ大賞評論・研究部門受賞)『月の砂漠をさばさばと』『ひとがた流し』『鷺と雪』(直木三十五賞受賞)『語り女たち』『1950年のバックトス』『いとま申して 「童話」の人びと』『慶應本科と折口信夫 いとま申して2』『飲めば都』『八月の六日間』『太宰治の辞書』『中野のお父さん』『遠い唇』などがある。読書家として知られ、『詩歌の待ち伏せ』『うた合わせ 北村薫の百人一首』『謎物語』『ミステリは万華鏡』『読まずにはいられない 北村薫のエッセイ』『書かずにはいられない 北村薫のエッセイ』『愛さずにいられない 北村薫のエッセイ』など評論やエッセイ、『名短篇、ここにあり』『名短篇、さらにあり』『とっておき名短篇』『名短篇ほりだしもの』『読まずにいられぬ名短篇』『教えたくなる名短篇』(宮部みゆきさんとともに選)などのアンソロジー、新潮選書『北村薫の創作表現講義』、新潮新書『自分だけの一冊 北村薫のアンソロジー教室』など創作や編集についての著書もある。

書評

波 2007年9月号より 2007年の巴投げ  北村 薫『1950年のバックトス』

桜庭一樹

 その昔、北村薫という人は、覆面作家だった。『空飛ぶ馬』でデビューして、円紫さんシリーズが人気になったころ、わたしはちょうど高校を卒業した辺りで、ヒロインと年が近かった。少女小説を卒業して大人向けの本ばかりを読み始めたころで、自分と年齢の近いヒロインに感情移入できるこのシリーズにすぐ飛びついた。
 若い女性の繊細な心のうつりかわり、そのさりげなくもかわいらしい描写の数々に、果たして覆面作家の北村薫は、男か女か、そのころは誰もわからず、読みながら、みんなしてああでもない、こうでもないと考えていたように思う。わたしはというと、じつは、女の人じゃないかなぁ……と思っていた。彼の人が描写する、女性の心理や、静かで凜とした生き方は、異性から望まれる“女としての魅力”とは隔たった、わたしたちだけが知っていて、こっそりと大事にしているはずのものだった。話の輪に異性がいるときは見せない、女どうしで静かに話しているときや、自分ひとりでいるときだけの姿が書かれていた。だから、女の人だろうなぁと思っていたのだけれど、一方で、でも男の人だったらいいナァ……、ともちょっと考えた。だって、素敵じゃないか。そういうふうに女性がよく見えてる人が、もしもいたら。
 やがて、この覆面作家が実は男性だとわかって、わたしは密かに、ヤッタ、と思った。でも学校の先生だとわかって、じつはちょっと、エー、と思った。(わたしは学校の先生がけっこう苦手だった。でも、こんな先生もいるんだ、と思うことにした)そのうち覆面作家シリーズも始まり、『スキップ』や『ターン』も出た。以来、彼の人の長編小説と連作短編をずっと読み続けてきた。なにしろ登場人物が魅力的なので、その愛すべきキャラクターを追いかけるようにして、長い物語もどんどん読み進めてしまうのだ。
 おや……、短編が……すごいぞ、読むべし読むべし、と気がついたのは、非常に遅ればせながら、つい昨年のことだった。短編集『紙魚家(しみけ)崩壊』を読んで、静かな恐ろしさに、心の底からぞくぞくしたのだ。こ、これは、たいへんだ……と思っていたら、今年になってこの『1950年のバックトス』が出た。一九九五年から今年まで、さまざまな媒体で書かれた二十三篇を集めた短篇集だ。
 北村薫の短編からは、真夜中の匂いがする。夏の、丑三つ時。生温かい風が、二階の花柄のカーテンを揺らしている。虫の音。階下から漏れ聞こえる、誰かの囁き声。二階の、窓が開いて、なにかが入ってくる――。
 読むととてつもなく怖い思いをするけれど、それは紛れもなく、小説の怖さなのだ。映画や、漫画や、音楽や、ほかのジャンルにはけっしてできない、小説だけがもつ力だ。作家のもとを、万華鏡を手にした女がフラリと訪ねてくる「万華鏡」。海で夫が溺れて以来、追跡恐怖症になったM夫人を追跡しようとする「秋」。あくまでも静かな筆致から、夜の魔物のような、形のないモワモワしたものが立ち昇って、本から、読んでいる自分に乗り移り、首を締めつけてくるようだ……。小説の穴に転がり落ちるような、素晴らしい読書体験。
 一方で、孫の少年野球を見学したことから、祖母の青春時代が熱く蘇る表題作「1950年のバックトス」。娘が独り立ちし、一人暮らしになった壮年女性の静かな日常を描いた「ほたてステーキと鰻」は、長編ではすっかりお馴染みになっている、女性キャラクターの魅力に引っぱられて、おぉ、わたしの知っているあの子達が、元気に年を取って、壮年に、老年になっているみたいだ、がんばれ、とうれしくなる。宮部みゆき氏との会話から発生した日常の謎を、秋月りす氏の漫画をヒントにヒョイと解き明かしてみせる、落語仕立てのミステリー「真夜中のダッフルコート」も、楽しくて仕方ない。
 しかし、どれか一篇を選びなさい、と言われたら、迷わずこれを選ぶ。片目が不自由だという噂だけで、会ったことのない女に恋したS***氏を巡る物語「眼」だ。これだけ短い枚数で、一本取られて、びっくりした。武道の達人にふいに巴投げされて、知らないうちに床にのびたような気持ちのよさだ。それに、この筆致。むせるほどに濃い、真夜中の湿った匂い。北村薫はすごぅく怖い……。これがいっとう好きだ。



(さくらば・かずき 作家)

目次

百物語
万華鏡
雁の便り
包丁
真夜中のダッフルコート
昔町
恐怖映画
洒落小町
凱旋


手を冷やす
かるかや
雪が降って来ました
百合子姫・怪奇毒吐き女
ふっくらと
大きなチョコレート
石段・大きな木の下で
アモンチラードの指輪
小正月
1950年のバックトス
林檎の香
ほたてステーキと鰻

判型違い(文庫)

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