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もの言わぬ彼らこそが、
「生きること」の意味を、私に教えてくれる――。

骸骨考―イタリア・ポルトガル・フランスを歩く―

養老孟司/著

1,620円(税込)

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発売日:2016/12/22

読み仮名 ガイコツコウイタリアポルトガルフランスヲアルク
雑誌から生まれた本 考える人から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 158ページ
ISBN 978-4-10-416008-2
C-CODE 0095
ジャンル 歴史・地理・旅行記
定価 1,620円
電子書籍 価格 1,620円
電子書籍 配信開始日 2016/12/30

ポルトガル南部、爆破事故の被害者の納骨堂を、神父がひとり、守り住む。イタリア北東部、アンリ・デュナンが赤十字の着想を得た1859年の戦禍の地に、兵士の頭骨が壁に並ぶ礼拝堂がある。解剖学を志して以来、世界中の数奇な墓を巡り、「死者」と格闘した末に到達した、著者の新境地。【48頁カラー写真満載の奇書】。

著者プロフィール

養老孟司 ヨウロウ・タケシ

1937年、鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。1995年より同大学名誉教授。著書に『からだの見方』(サントリー学芸賞受賞)『形を読む』『解剖学教室へようこそ』『日本人の身体観』『唯脳論』『バカの壁』『養老孟司の大言論I〜III』など。「身体の喪失」から来る社会の変化について探究しており、前作『身体巡礼』では、ドイツ、オーストリア、チェコを、『骸骨考―イタリア・ポルトガル・フランスを歩く―』はイタリア、ポルトガル、フランスを舞台に、その思索を深めようと試みている。

書評

身も蓋もありません

高橋秀実

 前作『身体巡礼―ドイツ・オーストリア・チェコ編―』と、その続編である『骸骨考―イタリア・ポルトガル・フランスを歩く―』を一気に読み、私はヘンな夢を見たような心地に包まれた。
 ヨーロッパに出かけたはずなのに、出てくるのは骸骨ばかりという夢。そこに養老孟司先生が現われ、ぶつぶつ何かをつぶやいている。その一つひとつに私は感銘を受けるのだが、何を言われたのかよく覚えていない。しまった、きちんとメモを取っておけばよかったと後悔するのだが、幸いこれは夢ではなく本なので再読できる。そこで冒頭からまた読み直してみるのだが、夢の中で夢を見るようで、どうやらこれは旅行記というより、読者の意識を非意識の世界に組み替えていく、一種のだまし絵のようなのである。
 両書ともヨーロッパのお墓への巡礼の記録なのだが、そもそもなぜヨソ様の墓を巡るのかというと、ご本人曰く「どうしてこんなこと、始めちゃったのかなあ。自分でもよくわからない」。目的は無視。目的とは物事を意識化することで、先生が追究するのは意識ではなく身体性なのだ。意識を排除しているのか、先生はパリのサン・ドニ大聖堂(フランス歴代の国王の墓所)でも、内部を一巡したものの、「驚くべきことに、ほとんどなにも覚えていない」。ミラノの納骨堂で骸骨の山を見ても「なにもいうことがない」と言い切ったりする。室内装飾のすべてが人骨でできているローマの骸骨寺では「私が訪問するのはたしか三度目だが、だからどうしたというようなもので、何度行っても、変なところだなあ、で終わる」とつぶやく。終わっちゃうの? と意識的な私は驚いてしまうのだが、確かに私も旅で何かを発見することなど滅多になく、意識的に「あった」フリをするだけなのである。
 大体、意識っていうヤツは、という具合に先生の意識批判は四方八方に炸裂する。イエズス会、忠臣蔵、ノーベル賞、数学、ホテルのサービス、「愛してます」のウソ……。STAP細胞騒動についても、論文のタイトルの中にあった「記憶を消去し初期化する」という一節をコンピュータ用語だと指摘する。「実体より、解釈や比喩が明らかに先行」しており、生物をコンピュータと似たようなものとして扱う「意識」の思い上がりだと糾弾するのである。「現代人の悪癖」は「なにごとも理解でき、説明可能」だと思うこと。そもそも世界に筋など通っておらず、筋が通っているように思うのも「意識」の勘違い。「世界は意識的にコントロールできる」などという発想こそ「最悪の癖」なのだ。先生ご自身も論理性が高い学問などは「脳の中でしか成立しないはず」なので信用できず、だから虫捕りに励み、一万頭ものゾウムシの標本をつくったりしているらしい。
 それで骸骨? と私は思った。骸骨は人なのに意識がなく身体そのものかと思いきや、そうではない。骸骨は「情報を象徴している」という。意識が扱えるのは情報のみだが、先生の定義によると「情報」とは「時間とともに変化しない」もの。いうなれば固定化された過去であり、骸骨も過去だとするなら、そこから離れることが「すなわち生きることである」と気がつくのである。「いまごろ『生きる』ことに気が付いても遅いわ」と自嘲しつつ。
 ちなみに養老先生によると、自分が死んだとは意識できないから一人称には死がない。私たちは生きている限りずっと生きているわけで、その「生きている」というのも意識である。身体があって意識がある。意識が身体を意識する。ということは私たちが考える「身体」も情報のひとつではないかと私は思ってしまうのだが、それを言うと身も蓋もない。しかし「身も蓋もない」とは器がないということで、それで骨壺もなく露出した骸骨だったのかもしれない。
 ともあれ、身体や意識について考えることは生身の人間には本当に面倒くさいですね。養老先生も早く虫捕りに行きたいようだし、さしたる目的もなく生きている私は「それでいいに決まってる」と太鼓判を押してもらったようで、だから先生の本を読むとハッピーな夢見心地になるのだろう。

(たかはし・ひでみね ノンフィクション作家)
波 2017年1月号より

目次

第一章 死者は時間を超越する
ひたすら現場を歩く
遊びをせんとや生まれけん
「時間とともに変化しない」もの
第二章 イタリア式納骨堂
だれだっていずれは骨になる
生者と死者のあいだ
第三章 ウソ学入門
二重底の菓子折
ロヨラの天井画
第四章 フィレンツェと人体標本
用もないのに行くところ
歴史とはなにか
アルファべットの世界
ムラージュとゾウムシ
美しいものを求めるのは
第五章 ポルトガルの納骨堂
『リスボンに誘われて』
欧州の辺境
納骨堂の新しさ
第六章 王の最後の姿
崩れゆく肉体を
三つの王墓
死の舞踏
死は失敗か
第七章 墓とはなにか
「使った地図が古かった」
ソルフェリーノの納骨堂
骨はなにも語らない
第八章 感覚の優位
感じる自由
遍在する心
世界を感覚でとらえる
写真の場所について

あとがき

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