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『日本・現代・美術』の著者が、モダン・アートの最先端を挑発する批評の冒険!

なんにもないところから芸術がはじまる

椹木野衣/著

2,160円(税込)

本の仕様

発売日:2007/07/25

読み仮名 ナンニモナイトコロカラゲイジュツガハジマル
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 270ページ
ISBN 978-4-10-421402-0
C-CODE 0070
ジャンル アート・エンターテインメント
定価 2,160円

飴屋法水が二十四日間籠っていた「暗室」の中身、大竹伸朗の「全景」展から見えた「貧者の栄光」とは? ウィーンの街に突き刺さるコンクリートの塊、会田誠の絶妙な「ヘタうま」法、「半刈り」でハンガリーに行った男・榎忠、昭和新山を所有した日曜画家・三松正夫――新しい芸術はいつも、無限の裂けと震えの中で胎動している!

著者プロフィール

椹木野衣 サワラギ・ノイ

美術評論家。1962年秩父市生まれ。同志社大学文学部文化学科を卒業後、東京を拠点に批評活動を始める。著書に『シミュレーショニズム』(ちくま学芸文庫)、『日本・現代・美術』(新潮社)、『黒い太陽と赤いカニ―岡本太郎の日本―』(中央公論新社)、『「爆心地」の芸術』(晶文社)、『戦争と万博』(美術出版社)、『美術になにが起こったか』(国書刊行会)他。手掛けた展覧会に「アノーマリー」(レントゲン藝術研究所、1992年)、「日本ゼロ年」(水戸芸術館、1999-2000年)、「太郎のなかの見知らぬ太郎へ」(岡本太郎記念館、2006年)等。2007年現在、多摩美術大学美術学部准教授。

書評

波 2007年8月号より 滲有無(にじうむ)。  椹木野衣『なんにもないところから芸術がはじまる』

宇川直宏

 いま、富良野に来ている。北海道・新千歳空港から3時間。その移動中の車の中で椹木野衣氏のNEW SHIT「なんにもないところから芸術がはじまる」を読んでいる。放送終了後に丸写しにされるカラーバーが、歪んだ地形に無理矢理マッピングされたような不自然この上ないラベンダー畑を横目で睨みながら、「希望のための、ささやかなテロ、のようなもの」を遂行した飴屋法水や、「半刈りでハンガリーに行ってしまった」榎忠や、「郵便局員で日本画家かつ火山研究者であった」三松正夫の奇特な行為を、この批評集から追体験しているのだ。“なんにもないところからはじまった”これらの伝説を、ある種の催眠効果を伴った芳烈な香りを放つラベンダー畑で、野衣氏からいま読み聞かされている。なんという神秘、なんという新奇、なんという神異!!!!!!!!!!! 何? 何? 何? うつつに忍ぶ異形のファンタジック・コアを大量に浴びながら、これは批評の山脈を上り詰めてしまったシャーマニズムなのだと開眼した。古くから芸術家にとって大切なパートナーはその物語をウルトラ・ラウドに増幅、拡声させ得る、DEEPな吟遊詩人だということは、歴史が証明しているが、野衣氏は既に吟遊詩人ですらなく、作家の魂から得体の知れない波動を受け取ることが可能な霊媒やイタコの類いなのだろう。怖い。怖い。怖いよぉおおおおお!!!!!!!!!!! ガクガクブルブルガクガクブルブル!!!!!!!!!!! 震え、震え、震え、そうこの“「震え」こそが、元来の文化が持つべき脅威であるはずだから”……そうか、震え……震えか……。
 そう言えば本書は『新潮』に二年にわたって連載された「文化の震度」という連載を纏めたものである。このタイトルが指し示すのは、地震にも似た強大な人間力とそれに対しての畏怖の念を独自の目差しで計り示そうとする著者の意志なのだろう。奇しくも自分が美術の領域から発表している連作アートプロジェクト「A Series of Interpreted Catharsis」のコンセプトもこれに近いものがある。「A Series of……」は、自然災害が人間の心理に及ぼす様々な影響について、地震や台風や雷や火山など、これら予測不可能な自然災害への潜在的な恐怖と、人智の及ばない強大なエネルギー、またそれによってリセットされるかもしれない現状への密かな批判と期待を、“研究”してゆくプロジェクトである。だとすれば、野衣氏が「文化の震度」という概念を通して研究しているのは、これら傍若無人に猛威を震うこの“エネルギー体”の正体を焙り出すことなのかもしれない。そしてその震源地からささやかな希望を見いだす行為なのだろう。そう、この書には“なんにもないところ”から生み出された、それらエネルギーと不可視な時空とが苛烈な震度を伴ったまま痙攣しながら封じ込められているのだ!!!!!!!!!!! ガクガクブルブルガクガクブルブル!!!!!!!!!!!
 ところで、自分がなぜいまラベンダーの開花最盛期に合わせて、富良野を訪れているかというと、実は原色のラベンター畑と、暗黒に身を纏った司祭“灰野敬二”との共演をビデオに収める為なのだ。このプロジェクトは、普段、密室の中で繰り広げられている灰野敬二の演奏を、太陽のもとに照らし出し、日本の風景と同化、もしくは異化させる運動である。掘り下げれば、灰野敬二という、ひとつの“自然”と、森羅万象とを共演させ観測することがこの映画のコンセプトだ。山・川・海・森、そして洞窟。今後様々な日本の魔窟に入り込む予定であるが、我々は「なにかがある」からこそ、此処に来ている。では野衣氏の言う「なんにもないところ」とは一体何処なのであろうか? 果たして「なんにもないところ」なんて本当に「ある」のであろうか? 例えばそれは“自然”の内奥なのであろう。そしてそれは我々の人間の内面の話でもある。究極に俯瞰すれば、おのずから存在してこの世界を秩序立てている全てのものたちの話だ。地球をはぐくみ恵みを与える一方、災害をもたらし、他者の介入に対して立ちはだかる全ての“ものたち”。奴ら“ものたち”は、果たして調和を保つのか? 混沌を呼び覚ますのか? 天変地異を起こすのか? ビッグバンを導くのか? そんな“ものたち”の活断層の呻きにチャネリングした、様々な観測結果がこの書には記されているのだ!!!!!!!!!!! そういえば数日前、また新潟中越沖で地震があった。「文化の震度」は6強……ガクガクガタガタガクガクガタガタ!!!!!!!!!!!



(うかわ・なおひろ アーティスト)

目次

第一章 希望のための、ささやかなテロ、のようなもの
第二章 K.K.の密室
第三章 「うまい」ことの煉獄
第四章 血染めのウィーン観光案内
第五章 火の山の麓で――三松正夫と昭和新山
第六章 バリ島、幽体離脱的文化ガイド
第七章 榎忠と「半刈り」の世界
第八章 真昼の星空、ラジオと彗星
第九章 二〇世紀の大きな振り子
第十章 文化における岩盤の露呈について
第十一章 大竹伸朗――寒さと残酷さからなる響きのブルースI
第十二章 大竹伸朗――寒さと残酷さからなる響きのブルースII
 裂けと震え――「あとがき」にかえて
収録図版データ
人名索引

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