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ようこそ、九界湖ホテルへ。
ここは笑いと愛のニルバーナ!

湖畔の愛

町田康/著

1,620円(税込)

本の仕様

発売日:2018/03/22

読み仮名 コハンノアイ
装幀 有山達也/装幀、辻川奈美/装画
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 254ページ
ISBN 978-4-10-421503-4
C-CODE 0093
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 1,620円

龍神が棲むという湖のほとりには、今日も一面、霧が立ちこめて。創業100年を迎えた老舗ホテルの雇われ支配人の新町、フロントの美女あっちゃん、雑用係スカ爺のもとにやってくるのは――。自分もなく他人もなく、生も死もなく、ただ笑いだけがそこにあった。響きわたる話芸に笑い死に寸前! 天変地異を呼びおこす笑劇恋愛小説。

著者プロフィール

町田康 マチダ・コウ

1962年大阪府生まれ。1996年に初小説「くっすん大黒」を発表、翌年ドゥマゴ文学賞、野間文芸新人賞を受賞。2000年「きれぎれ」で芥川賞、2001年『土間の四十八滝』で萩原朔太郎賞、2002年「権現の踊り子」で川端康成文学賞、2005年『告白』で谷崎潤一郎賞、2008年『宿屋めぐり』で野間文芸賞を受賞。他の著書に『夫婦茶碗』『パンク侍、斬られて候』『人間小唄』『ゴランノスポン』『ギケイキ 千年の流転』『ホサナ』『生の肯定』『猫にかまけて』シリーズ、『スピンク日記』シリーズなど多数。

OfficialMachidaKouWebsite (外部リンク)

書評

笑いの涅槃を描き出す新しい宗教文学

若松英輔

 世のほとんどの小説は、文字でのみ書かれているが、この小説の作者は、文字だけでなく、音律、響き、沈黙というさまざまな「言語」によって物語を描き出す。愉悦は、文字によって胸に、いつくしみは沈黙によって心へと運ばれる。体裁は小説なのだが、読後の実感は、これまでにない新しい詩歌にふれているようでもあった。
 本書を手にしながら、念頭を離れなかった2人の作家がいる。石牟礼道子と夏目漱石だ。舞台となる九界湖ホテルの由来が「苦界」あるいは『苦海浄土』の「苦海」さらには九つの次元が交錯する場所であることは、ページをめくるとゆっくりと感じられてくる。『こころ』が刊行されると漱石は、自ら次のような広告文を書いた。「自己の心を捕へんと欲する人々に、人間の心を捕へ得たる此作物を奨む」。この言葉は、そのまま本作の広告文になる。
「心」は、本作を読み解く重要な鍵となる言葉だ。登場人物は、あるときから「真心のみで意味のない言葉」を話し始める。この真心語ともいうべきものを解明したのは、このホテルを訪れたある会社の経営者だった。この人物は、真心語を探究することになったきっかけをこう語る。
「責任ある立場の人が会見などで、心よりお詫び申し上げます、と言ったときそこに心がまったくもないことだ。そこで私は言葉の意味というものをいったんすべて排除して、気持ちだけで喋ったらどうなるだろうか、と思った」。たとえば「ずいじゃーの?」が「大丈夫ですか?」という風に真心語は「一般語」しか知らない人には理解できない。しかし、このホテルで働くスカ爺は、最初からそれをある程度――本人は完璧だと信じているのだが――理解できた。スカ爺は愚者だが、さもしいところがない。それが真心語を理解する条件らしい。
 だが、真心語を理解する人は、「一般語」に潜む毒素も強烈に感じてしまう。スカ爺は、ある有名女性誌のライターをつとめる女性の心ない言葉を聞き流すことができず、嘔吐してしまう。この女性は成功者だが、その高慢な姿は、スカ爺の眼にはほとんど醜悪にしか映らない。
 通常人は、言葉を頭から発し、頭で受ける。しかし、この物語ではそうした常識が、さまざまな出来事を機に崩壊していく。人々は「真心」から言葉を発し、「真心」で受けるようになり、ついには真心と対話するための「心内語」なるものすら用いるようになる。
 真心で生きている人は、知性とは異なる世界観をもっている。あるときスカ爺は「冥顕のすきまを突破していけばよい」と感じる。彼にとって「冥顕」すなわち死者の世界と生者の世界は地続きだった。また、ある人は伝説の鳳を目撃し、また、ある人は龍神に招かれる。その場面を描くとき作者は、「聴こえたんです、あの声が。荘厳ではありません」と「荘厳」という。
「荘厳」は彼方の世界からの呼びかけを意味する石牟礼道子の文学を象徴する一語だが、この言葉をそっと差し込みながら、描き出すのはそれとは異なる世界だといってみる。しかし、「雨女」と称され、見る者の目をくぎ付けにする女性の姿を描き出す筆致は、作者が『苦海浄土』の作者の後継者であることを如実に示している。
「……圧岡に借りたホテルの制服を着た恵子はさほどに美しかった。そしてそれは、人の苦しみと悲しみを自分の苦しみと悲しみとしている人の美しさだった」。悲しみと美は不可分に存在している。悲しみを知らない美は、真の美ではない、それが石牟礼道子の確信だった。
 この作品を論じ、笑いを素通りするわけにはいかない。この作品は「笑いニルバーナ」、笑いの涅槃を描き出そうとした、まったく新しい宗教文学でもあるからだ。
「おもしろいとか、おもしろくないとか、そういう次元の話ではなかった。脳が痺れたようになり、笑い声はもはや悲鳴であった。意識はもはやなかった。全員が涙と涎を垂れ流し、腹を押さえてのたうち回っていた。自分も他人もなく、生も死もなく、ただ笑いだけがそこにあった」。
 この一節は、そのまま本作の光景を表現している。久しく笑いを忘れているという人、悲しみは、愛しみ、美しみと書いても「かなしみ」と読むという心情の秘義を知りたい人、さらには信じるとは何かを感じ直してみたい人も、この物語の世界を旅するとよいと思う。探している何かに出会うはずだ。

(わかまつ・えいすけ 批評家)
波 2018年5月号より
単行本刊行時掲載

何かからかけ離れていく心地よさ

戌井昭人

『湖畔の愛』は、湖畔に建つホテルが舞台の物語だ。私事で恐縮だが、この小説と同じように、湖畔に建っているホテルの息子が友達にいて、そのホテルで毎年恒例のディナーショーが行われるとき、人手が足りず、何度か手伝いに行ったことがある。もう20年以上前だが、ある年は、冠二郎のディナーショーだった。自分は、冠二郎のファンだったわけではないが、「どうぞどうぞ」と本人から色紙のサインをもらい、以来、いつでも冠二郎が気になって仕方がない。ちなみに当時は町田町蔵+北澤組のライブによく行っていた。このように、『湖畔の愛』を読んでいたら、いろんなことが蘇ってきた。冠さんは、わたしのようなアルバイトにもサインをくれるような、人に気を使う人だったが、自我まるだしの感じもある不思議な人だった。さらに日清パワーステーションの町田さんのライブに興奮しまくっていた自分や、ホテルの従業員が個性的な変な人たちが多かったのを思い出した。
 この小説は湖畔のホテルで働く新町という男を軸に3編の物語からなっている。新町は、誰も見ていないと、ひとりで笑ったり、踊ったり、変テコな独り言を発したりしている。わたしが手伝っていたホテルにも、やたらニコニコしている従業員がいたが、彼が壁に向かい、ものすごい形相でぶつぶつ言ってるのを見たことがあった。彼も新町も、仕事のストレスで、そんな風になってしまったのだろう。客商売はストレスが溜まる。とくにホテルは大変だ。
「湖畔」という最初の一編は、ホテルに初老の客がやって来る。新町はにこやかに「いらっしゃいませ」と出迎えたが、その客は無言で突っ立っている。そこで新町は思う、「こういう客が一番困るんだよなー。なんてことを思うかあ、ぼけっ。お客様は大事なんだよ。それはカネとか儲けとかそういうことじゃないんだよ。お客様がいらっしゃってくださって嬉しい、と心から、というかもう、腹から思う気持ちが、それだけが俺たちの仕事の根幹の本質の肝の要なんだよ、バカンダラ。」
 新町さん、だいぶ葛藤している様子だ。さらに初老の客は、その後、言葉を発しはじめたものの、「わしゃいろげでむこのでわしゃいろげであいざいだいやたたらふし」と、何を言っているかわからない。それでも真摯に対応しようとする新町であったが、やはり訳がわからず、初老の客が怒りはじめる。そこにホテルで働いている、というか、いつもウロウロしているスカ爺がやってくる。スカ爺は、なんなく彼と会話ができた。彼は太田といって、真心を研究するため、言葉を排除して気持ちだけで喋ったらどうかと思い、それを実践する旅に出ていたのだ。なんだかもう、わたしたちの想像や予想を遥かにぶち超えている。
「雨女」は、嬉しいことがあると雨を降らしてしまう雨女と、彼女を好きになってしまった男のロマンスだ。そこに女性誌のいけすかない編集者、カメラマン、龍神まで出てきて民話のような趣もあるが、ただのロマンスや民話では終わらない。ここでもスカ爺が活躍する。
「湖畔の愛」では、ホテルの経営者が代わり、新町は支配人から降格させられている。スカ爺は湖に落ちて死んでしまった。そんなこんなで、ホテルの雰囲気が以前とは違う。だが新町は働いている。そして、あいかわらずのストレスだ。そこに大学の演劇研究会の者共がやってきて、てんやわんやの大騒動。出てくる人々は、とんでもない美女や、彼女にふりまわされている美女2人、同じく美女にふりまわされている演劇研究会の男2人、そこにホテルで働く老人や、そいつを追いかける男たち、などなど、誰が誰を巻き込んでこんな騒動が起きているのか、わからなくなってしまうくらい、ぐっちゃんぐちゃんになっていく。
 しかしながら、このような調子で、てんやわんやを描きつつも、ぐいぐい進んでいくのがこの小説の醍醐味であり面白さだ。それでいて細かいところに目配りが行き届き、メチャクチャだけれど骨組みがしっかりしている。最初のボタンの掛け違いから、1万年経っても気づかずに掛け違っていて、いや気づいているのに、もう構わねえやって感じ。町田さんの小説は、何かからかけ離れていく心地よさを味わわせてくれる。
 ストレスばかり溜まる世の中です。それならば、もう構わねえやって感じでゴロゴロ転がっていくしかない。だって、明日は湖に落ちて、死んでしまうのかもしれないのだから。

(いぬい・あきと 作家)
波 2018年4月号より
単行本刊行時掲載

目次

湖畔
雨女
湖畔の愛

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