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風聞き草墓標

諸田玲子/著

1,980円(税込)

発売日:2016/03/22

  • 書籍

父は何者だったのか。元禄の繁栄を築いた勘定奉行の突然の死と20年後の相次ぐ変死。史実に基づく歴史ミステリ。

大地震や富士の大噴火が続くなか、佐渡島の鉱山開発、貨幣改鋳の断行など財政の舵取りを担った荻原重秀。辣腕勘定奉行は解任され、その翌年、落命した。二十年の時を経て、その死の実態を記した文書が出回る。荻原の近くにあった父に不信感を拭えず、娘のせつは佐渡を目指す。歴史の暗部と父子の葛藤を見事に描き切った超大作。

書誌情報

読み仮名 カゼキキグサボヒョウ
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 416ページ
ISBN 978-4-10-423515-5
C-CODE 0093
ジャンル 歴史・時代小説
定価 1,980円

書評

荻原重秀父子の奇怪な死の真相に挑む

村井淳志

 諸田玲子さんからメールをいただいたのは四年前。私のような無名の大学教師へ、著名な作家からのお便りに驚いたけれど、「用件は、荻原重秀のことかな」と察せられた。私も、『勘定奉行 荻原重秀の生涯』(集英社新書、2007年)を書いたとき、諸田さんの『其の一日』(講談社文庫、2005年)を読んでいた。全四篇のうち、荻原重秀を主人公にした一篇「立つ鳥」を収録した同書で、諸田さんは第二四回吉川英治文学新人賞を受賞している。
 荻原重秀は、元禄時代に貨幣改鋳を指揮した勘定奉行だ。小判に含まれるゴールドの割合を減らし、その分、発行枚数を増大させた。差額は幕府の収入となる。江戸時代は、初期を除いて、恒常的に貨幣が不足した時代だった。貨幣不足は金利上昇を招き、金利高は投資不足と失業を引き起こした。デフレが続き、大商人は年率一五%もの高利貸しで儲けるが、武士や庶民は借金地獄に苦しむ、という構図だった。
 対策の正解は、貨幣量の増加しかない。質はどうでもよろしい(紙でもいい)。逆に、政府(幕府)が倹約するなどもってのほか。デフレ期に緊縮財政を敷いたり、流通貨幣量を減らしたりしたら、事態を一層悪化させることくらい、今や高校生でも知っている。通常は美徳とされる「倹約」「貨幣の質の維持・向上」が庶民をひどく苦しめ、「浪費」「貨幣の質の低下」という悪徳(?)が、実は好景気と繁栄をもたらす。この逆説と政策対立が、『風聞き草墓標』の時代背景だ。
 五代将軍・綱吉時代に幕府財政を一手に握っていた荻原重秀は、1712年に失脚し、翌年、変死を遂げた。室鳩巣の手紙を編集した『兼山秘策』(早稲田大学蔵)は、重秀の死を、「●下ゆうかニテ死」(獄死)とか「断食仕候」といった、奇怪な死に方だったと伝えている。重秀の死後、新井白石によって高品位に戻した正徳小判が発行され、八代将軍吉宗の享保小判にもそのまま受け継がれる。しかし品位の高い小判発行=貨幣量の減少は、激しいデフレを引き起こした。都市も農村も疲弊し、享保の「改革」は実は大失敗だったのだ。
 そして二○年以上経った1736年にようやく、大岡越前の建議によって、再び元禄小判と同じ低品位の元文小判が発行される。『風聞き草墓標』の幕開けはその二年前の、享保一九年。秘蔵されていた『兼山秘策』が筆写され、写本が出回りだした時期だ。元文改鋳を計画していた大岡越前は、当然、前例の元禄改鋳について研究していただろうし、荻原重秀の業績や死亡の経緯にも関心を持っていたはずである。この大岡越前が、主人公・せつを訪ねるところから小説は始まる。
 せつは、諸田さんが造形したヒロインだが、実在の人物で、『寛政重修諸家譜』第八巻八一頁に記載がある。萩原美雅の次女で「根来平左衛門長時が妻」。父の萩原美雅は、荻原重秀の部下でありながら、重秀を失脚させたとされる人物(『折たく柴の記』)。いわば敵の娘なのだが、小説では荻原重秀の嫡男・源八郎の元許嫁という両義的アンビバレントな設定。彼女が探偵役となり、荻原重秀の死の真相を探り始める。せつが調査を進めると、佐渡奉行として佐渡赴任中の源八郎の周辺で、次々に奇怪な事件が起きる。源八郎の妻かずの急死、用人・青山友右衛門の変死(いずれも『佐渡国略記』)。せつは真相を追ううち、源八郎本人の身にも危険が迫っているにちがいないと、急峻な三国街道を佐渡へ向かう。当時、女性の旅行がいかに困難だったか、関所の通過など、細部の描写がリアルだ。
『風聞き草墓標』は、荻原重秀・源八郎父子の死の真相を、せつが謎解きしていく推理小説であり、同時に、時代小説家・諸田玲子さんによる、一連の奇怪な事件の真相はこうだ! という仮説の提示でもある。捜査は証拠に基づかなければならない。どこまでが史実として確定でき、どこからは不明なのか、その境界確定を、というご依頼を請け、少しお手伝いさせていただいた。身分のある登場人物の事跡・生死・居住地などは考証済みなので、「丸毛家は牛込御門を出て橋を渡った左手、外堀の西岸にある」(一八四頁)といった記述はすべて史実通り。読者はできれば江戸の切絵図を見ながら読まれると、登場人物の地理関係がよくわかり、一層興味深いと思う。
 諸田さん、新潮社の担当のお二人と、出雲崎や佐渡、江戸を実地に歩いたのは本当に楽しい体験でした。素晴らしい小説の誕生に立ち会えて、とても光栄です。

(むらい・あつし 金沢大学教授)
波 2016年4月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

諸田玲子

モロタ・レイコ

1954(昭和29)年、静岡市生れ。上智大学文学部英文科卒。外資系企業勤務の後、翻訳・作家活動に入る。1996(平成8)年『眩惑』でデビュー。2003年『其の一日』で吉川英治文学新人賞、2007年『奸婦にあらず』で新田次郎文学賞、2012年『四十八人目の忠臣』で歴史時代作家クラブ賞、2018年『今ひとたびの、和泉式部』で親鸞賞を受賞。「お鳥見女房」「あくじゃれ瓢六」「天女湯おれん」「狸穴あいあい坂」「きりきり舞い」シリーズの他、『女だてら』『麻阿と豪』など著書多数。

諸田玲子オフィシャルサイト (外部リンク)

判型違い(文庫)

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