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この国を惑わすあらゆる元凶を糾す!

一刀両断

櫻井よしこ/著

1,620円(税込)

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発売日:2017/05/18

読み仮名 イットウリョウダン
装幀 新潮社装幀/装幀
雑誌から生まれた本 週刊新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 286ページ
ISBN 978-4-10-425314-2
C-CODE 0095
ジャンル 政治・社会
定価 1,620円
電子書籍 価格 1,620円
電子書籍 配信開始日 2017/06/02

軍拡と挑発を続ける無法国家・中国の蛮行。独裁国家・北朝鮮の狂気。トランプ政権を生んだ大国アメリカの迷走。平和ボケ論者の絶対反対で遅々として進まぬ安保法制と憲法改正。原発再稼働をイデオロギーで差し止める裁判所に、迷走する沖縄・基地問題――。日本が対峙する喫緊の難題に、強き国として突き進む道を明快に指し示す!

著者プロフィール

櫻井よしこ サクライ・ヨシコ

ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業。「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局員、日本テレビ・ニュースキャスター等を経て、フリー・ジャーナリストとして活躍。『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』(中公文庫)で大宅壮一ノンフィクション賞、『日本の危機』(新潮文庫)を軸とする言論活動で菊池寛賞を受賞。2007年に国家基本問題研究所(国基研)を設立し理事長に就任。2010年、日本再生に向けた精力的な言論活動が高く評価され、正論大賞を受賞した。著書に『何があっても大丈夫』『日本の覚悟』『日本の試練』『日本の決断』『日本の敵』『日本の未来』(新潮社)『論戦』シリーズ(ダイヤモンド社)『議論の作法』(文春新書)『新アメリカ論』『「民意」の嘘』(共著・産経新聞出版)などがある。

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国家基本問題研究所公式サイト (外部リンク)

目次

はじめに
第1章 中国の脅威から目を逸らすな
人権派弁護士を弾圧する中国に強く抗議せよ
最先端治療を妨げる原子力規制委を監視せよ
チべットの悲劇、中国の蛮行を許すな
台湾新政権の支援は日本の国益に通じる
翁長知事完全敗北で見えてきた沖縄の新未来
奇才2人と、人工知能を語る
政府主導で明確な原子力行政の推進を図れ
千葉県沖に中国情報収集艦の脅威
第2章 新たな日米関係を築くために
日本人よ、最高裁判事に関心を抱こう
米国で「トランプ現象」が過熱した背景を探る
超高齢化社会に潜むリスクに備えよ
高浜原発運転差し止め仮処分決定に見る司法の危機
米中の闘い、中国は死に物狂いになっている
過激派テロの脅威は「アメリカ頼み」では解決できない
日本人にとっての4月の意味を知っていますか
「植民地は悪」という歴史観を正せ
第3章 日本は誇り高き道を進め
中国が流布する「慰安婦40万人説」はフィクションだ
朝日慰安婦報道の背景を分析する
トランプ政権誕生の真相を探る
宇宙空間にまで及ぶ中国の「強軍目標」とは
中国の暴走を抑止する日本の戦略
国を守る認識と覚悟を持つ時が来た
中国が展開する騙しの常套手段を見破れ
トランプよりも「自国第一主義の日本」でいいのか
第4章 国を守る気概を持て
共産党綱領を改めて読んでわかること
「EU離脱」国民投票がもたらす英国の衰亡
改めて見直せ、東シナ海の危機
日本を貶める“歴史問題”を創ったのは誰か
日本は南シナ海共同管理の先頭に立て
ASEANが中国に乗っ取られる前に
日本を考えるために是非読みたい2冊の本
中国の軍事力を過小評価するな
第5章 歴史を正しく知れば何も怖くはない
元自衛官が問う、「守るべき国とは何か」
膨張主義の裏にある中国人のコンプレックスを理解せよ
オバマ政権が対中国政策で残した負の遺産
映画「鬼郷」に見る韓国反日感情の虚構
拉致問題解決は「核・ミサイル」とは別立てで当たれ
憲法改正とTPPは国家と国民を守る最優先の課題
ユネスコに慰安婦登録などさせてはいけない
韓国人教授が否定した「慰安婦=性奴隷説」
第6章 世界が期待する日本の国力を示せ
中国が「宇宙制圧」を本格化させている
沖縄米軍用地を中国資本が買っていた
朴大統領の危機は日本の危機でもある
中国人の邦人惨殺、「通州事件」を学べ
天皇陸下のお言葉に応えるにはどうすべきか
日本軍人の真の姿を知ってもらいたい
時代の趨勢も、その本質も見ないメディアがある
プーチンが北方領土を返さない理由
現行憲法がある限り、「拉致」は解決できない

作家自作を語る

より良き日本を後世まで残すために、問題意識を共有して欲しい

【収録】2017(平成29)年5月

「はじめに」修正版

 国際社会の大変化を眼前にして、日本の立ち位置は、依然として、特殊で異様だ。にもかかわらず、戦後ずっと、私たちはそこに立ち続けてきた。
 2700年近い長い歴史の中で、大東亜戦争以降の日本人は、自国民の命、領土、領海、領空を守る責務のすべては自国にあるという国際社会の摂理を、忘れ去ってきた。アメリカ依存の安穏の構図に浸りきって、北朝鮮のミサイル攻撃の脅威も、中国の日本侵略の脅威も、日米安保条約の誓いの下で基本的にアメリカが対処してほしいと、頼ってきた。日本の叡智を結集し、死力を尽くす覚悟も国難を乗り越える気概も喪ってきた。

 こんな状況に日本が陥ったのは戦後のことだ。そしていまもずっと、基本的に、その政治風土の中に沈み続けている。広い国際社会を見渡しても、国力の強弱にかかわらず、こんな国は日本だけだろう。
 しかし、歴史を振りかえれば、日本人はどんな時にも立派な国を創ろうと、ひたむきに努力する人々だった。7世紀初頭には「十七条の憲法」を定め、中華文明とは対照的な大和文明の国造りを目指した。
 7世紀半ばの663年、天智天皇2年には朝鮮半島での白村江の戦いに数多くの船を送った。日本は完敗した。しかしこの戦いは「日本が情誼に基づいて百済を援けた」戦いであり、「筋を通した義戦だった」。その結果、日本の独立は広く承認された。その余波として、朝鮮半島のもうひとつの国、新羅も唐と戦って半島の独立を勝ち取るに至った(『白村江の戦』夜久正雄、国文研叢書)。白村江の戦いは、実は日本と朝鮮半島の背後に控える唐との戦いだったのだ。夜久氏はこう書いている。
「当時、南北支那を統一して世界国家として宇宙に君臨した隋や唐と対等の国家として交際しようといふこと(日本国の意志)が、破天荒のことである。東アジアの文明成立以来のことではなからうか」
 日本は聖徳太子の時代以降、隋、唐と対等の国であることを宣言し、百済を助けて唐と戦った。敗北はしたが、日本はその後、唐・新羅連合軍の侵攻に備えて国内の体制固めを進めた。国防の気概を強める日本の姿を見て、最も刺激を受けたのが前述の新羅だった。如何に彼らが日本の在り様に発奮させられたかは、彼らが唐と共に日本に迫るべきときに、逆に唐に反抗したことからも明らかだ。新羅はこのとき、日本を蔑称の「倭国」と記さず、「日本」と記したのである。
 夜久氏はこれを「7世紀後半の東アジアの大事件」と形容した。日本は国力の強弱にかかわらず、他国の支配の下には入らないという気概に支えられて、どの時代にも、誇りある独立国として身を処してきたのである。そのような誇り高い歴史を有する日本でありながら、世界の動乱期といってよい現在、大東亜戦争敗戦の後遺症か、わが国は今も、アメリカ依存の心地よさの中に眠り続け、無策を続けようというのか。

 国際政治が目の前で大激動しているのである。勇気を振るって、100年に一度の大変化の中で、戦後日本の在り方を検証し、国と国民を守り通す確かな道を確保したい。国際政治のプレーヤーたち、とりわけ日本にとって重要なアメリカ、中国の動きを観察し、そこに生じている本質的な変化を読みとろう。大国のあらゆる思惑が交叉する中で、いまほど日本が自らの長所短所を冷静に精査し、国益中心に戦略を磨くべきときはない。前向きに挑戦するとき初めて、どんな事態が起きても自らの足で立ち続けることのできる国に立ち戻れる。それができなければ新しい国際秩序構築のプロセスで、日本の国益は激しく損なわれるだろう。

 アメリカは2016年の大統領選挙戦から、ドナルド・トランプ氏の大統領就任後4か月がすぎても深刻な政策のブレを見せ続けている。トランプ氏の「アメリカ第一主義」は、アメリカの国益を軸とする余り、国際社会に対する責任放棄につながる排他的外交や安全保障政策が目につく。トランプ政権の外交政策は多分に短期的視点に基づく傾向が強く、世界のリーダーとしてのアメリカの力に疑問符をつけざるを得ない。
 政権発足以来、そのような好ましからざる印象を与えていたトランプ政権が、しかし、17年4月6日(アメリカ東部時間、以下同)、突然、大変身した。アメリカが世界の為に立ち上がり、パックスアメリカーナの国際社会を再現するかのように、シリア攻撃に踏み切ったのである。
 シリアのバッシャール・アル・アサド大統領は2013年にも化学兵器を使用して国民を殺害した。同じことは繰り返さないと、国際社会に公約したにもかかわらず、17年4月4日、再び化学兵器を使用し、約90名の命を奪い、数百名に深刻な被害を与えた。トランプ大統領は、シリアの化学兵器使用の報告を受けてからわずか53時間半で、シリア内陸部の空軍基地、シャイラートへの攻撃を命令した。

 59発の巡航ミサイル、トマホークによる電光石火の攻撃は、他国の紛争や戦争には介入しないとしていたトランプ氏が方針の大転換に踏み切り、オバマ政治と訣別し、強いアメリカをよみがえらせた瞬間であるかに見えた。
 その4月6、7両日にトランプ政権下で初の米中首脳会談が行われた。首脳会談の予定が組まれたとき、アメリカのシリア攻撃が勃発するとは誰も予測しなかった。当初、国際政治の専門家らは、米中首脳会談でトランプ大統領は習近平国家主席に対して劣勢に立たされると危惧した。閣僚人事こそ固まったものの、局長級、部長級のポストにはまだ空席が目立つのがトランプ政権だったからだ。
 一方、習氏の側にはどうしても対米外交を成功させなければならない理由があった。8月には中国共産党の長老たちが集う重要な北戴河会議が河北省の避暑地で開かれる。秋には党大会だ。習氏はいま党組織改革を目論んでおり、2016年秋、自身を毛沢東に匹敵する「党の核心」と位置づけた。今年の組織改革では政治局常務委員会を無力化し、習氏一人に権力を集中させる「中央委員会主席」という役職を新設すると報じられている。
 21世紀の中国を20世紀の個人崇拝の時代に引き戻すかのような時代錯誤の大目標に向かって、習氏は突き進む。長老の反対論を抑え、党大会で了承を得て一連の国内政治課題を達成するまで、アメリカとの間に問題を起こす余裕は習氏の側には全くない。
 習氏にとって対米外交での「成功」は国内問題を捌く力につながる。トランプ氏と対等の立場に立ち、あわよくばアメリカに対する優位を内外に確立したい。そう考えて、習氏は首脳会談に臨んだことだろう。だが、59発のトマホークが状況を決定的に変えた。トランプ氏を呑み込もうと考えていたであろう習氏が、トランプ氏の気勢に呑み込まれた局面だった。
 トランプ氏はオバマ政権以来のアメリカの負のイメージを、シリア攻撃で大逆転させた。断固たる軍事力が国際政治を動かす要因であることをシリアへの攻撃は明確に示した。日本の論理とは程遠い次元で世界は動いている。
 シリア攻撃の立案、実行に貢献した中心人物は、ジェームズ・マティス国防長官、ハーバート・マクマスター国家安全保障問題担当大統領補佐官らであった。レックス・ティラーソン国務長官は、これらベテランの軍人とピッタリ呼吸を合わせて外交を取り仕切った。

 テロリスト勢力とイスラム教の異なる宗派が対立し合い、ロシアとイランが実戦に介入して大きな影響力を行使し、サウジアラビアなどアラブ諸国の思惑も入り混じる複雑な中東の紛争地を攻撃すること自体、深刻な反応を引き起こす。不必要なことは一切しない。望まない摩擦は最大限回避する。4月6日の攻撃は計算され尽くしたものだった。
 少なくともアメリカは、この攻撃で強いアメリカを再生させるとば口に立った。そのことを可能にした先の3名を、国家基本問題研究所の田久保忠衛氏は「手練れ」と呼ぶ。伝統的な共和党路線への回帰を見せる手練れのつわものとトランプ大統領との間には、しかし、大きな違いがある。
 シリアでの化学兵器使用をトランプ氏が知らされたのは、4月4日午前10時30分、日々行われる大統領への情勢報告の席でのことだった。この時点でのトランプ氏は卑小な発想に囚われた未熟な大統領だ。氏は声明で、化学兵器使用の残虐さを非難し「アサド政権の極悪非道の行動は過去の(米国の)政権の不決断と弱腰が招いた結果だ」と述べた。アサド大統領とその背後にいるウラジーミル・プーチン・ロシア大統領を非難するのではなく、前任者のオバマ氏を攻撃した。そこにはシリア問題を如何に国際政治のダイナミズムにつなげ、失われつつあったアメリカの威信回復をはかるかという国家戦略も世界戦略も見てとれない。
 だが、トランプ氏は「学習能力」を発揮したと「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙(WSJ)は論評した。氏はアメリカが取り得る選択肢を直ちにまとめさせ、翌5日朝の議論を経て、早期に決断を下した。5日にはホワイトハウスにヨルダン国王、アブドラ2世を迎えて共同記者会見を行ったが、その席で早くも決意を語っている。
「昨日、罪もない人々、女性や子供たち、小さな赤ちゃんたちを、シリアが化学兵器で攻撃した。実に恐ろしい。多くの人の命を奪ったことは人道主義への侮蔑である。アサド政権の極悪非道の行いは許せない。アメリカは、この恐ろしい攻撃を、そしてその他の全ての恐ろしい攻撃を罰するために、地球上の全ての同盟国と共に立つ」
 他国のためにはもう戦わないとした「アメリカ第一」の姿勢を大転換させ、「地球上の全ての同盟国と共に立つ」と、一八〇度の転換を宣言してみせたのである。
 翌6日、習氏との首脳会談に臨むためにトランプ氏は南のホワイトハウス、フロリダ州のマール・ア・ラーゴに到着した。午後4時、華麗なる別荘の、高度のセキュリティが担保された一室で今一度、国家安全保障会議(NSC)を開き、シリア攻撃の命令を発した。
 大統領命令からわずか3時間40分後、地中海東部に展開中の駆逐艦2隻が59発のトマホークを発射した。所要時間5分。ミサイルは1時間後に着弾し始め、59発中57発が正確に目標をとらえた。
 副大統領のマイク・ペンス氏を筆頭にティラーソン氏、マティス氏、マクマスター氏らが米議会の主要人物及び外国首脳らに事後報告の電話をかけ始めたのはこの頃だ。内外の反応は概ね、大きな驚きの中にも、軍事行動を支持するものだった。アメリカの関与を国際社会が望み、秩序形成とその維持をアメリカに期待したのである。

 トランプ氏が習近平氏に事後報告したのもこの頃だった。チョコレートケーキのデザートを前にトランプ氏は「説明しなければならないことがある」と切り出したという。大統領の説明に、習氏は、10秒間、沈黙した。息詰まるような間を置いて、「もう一度、説明してほしい」と語ったそうだ。シリアへの突然の攻撃は、北朝鮮への攻撃をも示唆する。同時に北朝鮮を擁護し続けてきた中国への警告である。習氏の驚愕は大きかったはずだ。
 少し息をついたあと、習氏はトランプ氏の報告に「謝意」を表明した。次に女性や子供たちを化学兵器で殺すことに対してのアメリカの攻撃を「理解する」と語った、と発表された。
 習氏がトランプ氏に圧倒されたのだ。
 中国共産党にとって国家主席は、日本の天皇陛下のように重みのある地位だといわれる。中国最高位の人物の行動は、それがメディアを通して報道される場合は、とりわけ注意深く演出される。権威を貶めないための配慮はレッドカーペットの長さへの注文にまで及ぶ。「産経新聞」の矢板明夫記者は、習氏は背も低くてはならず、各国首脳との写真では、習氏が相手首脳より低く見えないように中国メディアは身長を修整するのが常だと指摘する。
 笑い話のようなことが真剣に行われる程、中国はイメージにこだわる。最高位の人物が、シリア攻撃というトランプ大統領の方針大転換について何も知らないまま、アメリカのステーキやワインに付き合っていた事実は耐え難い程に屈辱的なはずだ。だが、習氏は「理解する」と言ってしまった。この時点では、トランプ外交はアメリカの大勝利だった。

 米中関係は、しかし、外交の常として、まるで狐と狸の化かし合いのようである。シリア攻撃は、確かに、トランプ氏の立場を劇的に優位に引き上げた。だが、習氏もまた、国際政治やアジアの歴史に疎いトランプ氏を巧く嵌めた可能性がある。
 シリア問題におけるロシアの役割と北朝鮮問題における中国の役割には共通点がある。ロシアも中国も、本気でシリア及び北朝鮮の暴走を止める気はないという点だ。ティラーソン氏は4月9日のCBSニュースとのインタビューで、「シリアが化学兵器による攻撃を実施できたのは、シリアが国際社会に約束した化学兵器の廃棄をロシアが十分に管理監督しなかったせいだ」とロシアを非難した。トランプ氏は、中国には北朝鮮の核・ミサイル開発を阻止する力があるにもかかわらず、十分に影響力を行使していないと、中国に注文をつけた。
 北朝鮮は核弾頭20個、ノドン型ミサイルと改良型スカッドミサイルを合わせて800基保有すると見られる。金正恩朝鮮労働党委員長は、シリアが攻撃されたのは、シリアに核も反撃能力もないからだという冷徹な国際原理を理解し、遮二無二、核・ミサイルの開発を続行するだろう。
 自ら核・ミサイル開発をやめることは決してないと思われる金正恩委員長に対して、トランプ大統領は「あらゆる選択肢を排除しない」と強気の姿勢を崩さないが、アメリカの選択肢は少ない。ティラーソン国務長官は3月15日からの日韓中3か国訪問で、「過去20年間のアメリカの政策は誤りだった」「戦略的忍耐の政策は終わった」と語る一方で、日本政府に「優先事項は軍事攻撃だ」と伝えている。
 他方、アメリカの専門家の間には、武力行使で北朝鮮を阻止する段階はすでに過ぎたとの見方が少なくない。北朝鮮の核施設は岩山の深い洞窟の中も含めて広く分散しており、報復能力も無視できない。同盟国の韓国と日本に凄まじい戦禍を広げることも最大限避けたい。
 こうした状況の中で、軍事力を最大限の抑止力としつつも、トランプ政権が最も現実的な北朝鮮抑止策だと見るのが、中国による経済的締めつけである。米中首脳会談で習氏にこう告げたと、4月13日、WSJの単独インタビューで、トランプ氏自身が語っている。
「(大幅な対中貿易赤字をアメリカは許容するつもりはない)だが、君はデカイ取引をしたいだろ? 北朝鮮問題を解決しろよ。それができれば赤字も許せる。それができれば、本来考えていた程の好条件で貿易問題が解決できなくてもいい」
 北朝鮮問題を解決せよと命令口調である。トランプ氏はまた、北京は北朝鮮問題を簡単に解決できるだろうと、習氏に言ったそうだ。そのとき、習氏は中朝の幾千年にわたる歴史と、度重なる戦いについて説明したという。その内容をトランプ氏は次のようにWSJに語っている。
「朝鮮は中国の一部だったんだ」
「(習氏の説明に)10分耳を傾けたところで、事はそう簡単ではないとわかった」
 朝鮮が中国の領土だったことなど一度もない。問題はトランプ氏の知識不足である。トランプ氏は習氏の嘘が真実であるかのように感心しており、さらにこう語っている。
「我々の合性は抜群だ。私は彼がとても好きだ。彼の妻もすばらしい」「冒頭の初顔合わせは10分か15分の予定だった。それが、3時間も話し込んだ」「翌日、また10分の予定を、2時間、会話した。本当に気が合うんだ」
 首脳会談を経て、トランプ氏は大統領選挙戦当時の反中姿勢から融和姿勢に転じた。
 マール・ア・ラーゴでは、トランプ氏の予想外の攻勢にたじろいだ習氏だが、中国外交はしたたかだ。米国側は東シナ海、南シナ海、国際ルールの遵守と非軍事化、貿易不均衡、北朝鮮の核開発などについて、中国との対立点を埋めることはできていない。南シナ海の非軍事化を迫るトランプ氏に対し、習氏は譲るどころか、南シナ海の人工島に造った滑走路は「居住用だ」と、白々しく言い逃れた。
 中国の対米外交の基本は、米中が対等の立場に立つ大国同士であることをアメリカに受け入れさせることだ。「新型大国関係」という言葉に凝縮されるこの二大国構想の特徴は、核心的利益の相互尊重に尽きる。チベット、ウイグル、台湾、南シナ海、そしてわが国の尖閣諸島を、絶対に譲れない中国の核心的利益と定義し、これを尊重せよとアメリカに要求する。そのかわり、中国もアメリカの核心的利益を尊重し、大国同士、相互尊重の精神に基づき、干渉しないという内容だ。中国は、アメリカを新型大国関係の枠内に誘い込むべく、長年働きかけてきた。
 この中国の罠に嵌まったかに見える発言を、ティラーソン国務長官がしている。3月18日、氏は中国で王毅外相と会談し、米中関係は「相互尊重」や「ウィンウィンの協力」を指針としてきたと発言した。中国が新型大国関係の構築を迫るときに必ずと言ってよい程使う用語だった。そのために、国務長官の発言はワシントンで物議を醸した。
 北朝鮮の核・ミサイル開発阻止で中国の協力が得られない場合、アメリカ単独で対処すると習氏にすごんだトランプ大統領まで、「相互尊重」と口走った。ニクソン大統領の研究で名高い先の田久保氏は、一連の表現の背景に駐米中国大使、崔天凱氏の働きかけがあったと指摘する。
「ティラーソン氏が3月に日韓中を歴訪する前に、崔大使がクシュナー氏に働きかけていたのです」
 ジャレッド・クシュナー氏は36歳、不動産業が本業で中国資本との縁も深い。トランプ氏の長女、イヴァンカ氏の夫、トランプ氏の身内として、義理の父に強い影響力を有する。
「ニクソン政権時代、中国はキッシンジャー氏に接近して自国の国益につなげました。その事例に見られるように、中国はホワイトハウス、つまり大統領に影響を与える人脈作りに努力を惜しみません」と、田久保氏は指摘する。
 崔大使はクシュナー氏に接近し、まず、2月9日の米中首脳の電話会談を実現させた。会談は、その少し前に生じた「ひとつの中国政策」をめぐる米中の溝を埋めるのが目的だった。電話でトランプ氏は米中間の40年来の政策である「ひとつの中国政策」を尊重する旨を習氏に伝え、見返りに、北朝鮮への強いコントロールと貿易赤字削減を中国に要求した。「台湾と北朝鮮のバーター」ともとれるトランプ氏の戦略なき「ディール」外交の危うさが露呈した。その先には、すでに触れたように、マール・ア・ラーゴでの首脳会談で、中国が北朝鮮をコントロールすれば、貿易赤字問題についてもあまりこだわらないというアメリカ側の譲歩がある。
 一方で、興味深い変化が起きていた。首脳会談からわずか5日後、米中首脳が再び約1時間にわたり電話で会談したのだ。習氏は北朝鮮問題でアメリカの期待に応えるべく、石炭を積んだ北朝鮮の船が中国の港に入ろうとしたのを拒否したと、トランプ氏に報告した。
 アメリカ政府も日本政府も、日本海を数十隻の北朝鮮船籍の船が忙しく往来していることを把握している。年間累計で三桁に上るこれらの船のほとんどが、船籍は北朝鮮だが2年契約で中国にチャーターされている。それらが荷を積んで北朝鮮と中国間を往来している事実は、中国が密貿易で北朝鮮に物資を供給し続けていることを意味する。2016年の5度目の核実験を受けて国際社会は制裁を強化し、中国は、北朝鮮の主な収入源である石炭の輸入停止を発表した。だが、彼らは国際社会を騙していたのだ。ロシアがシリアの化学兵器の備蓄や製造を見逃し続けたように、中国は金正恩氏の核・ミサイル開発を事実上容認して、日本海を舞台に密貿易を許し続けていた。そのことをアメリカも十分知っていた。
 この電話会談で重要なのは、中国がアメリカの意向を受けとめたことを、習主席がトランプ大統領に直接伝えたことである。さらにトランプ氏が習氏に、国連の安全保障理事会でのシリア決議で協力を要請し、4月12日の国連安保理で、習氏がそれに応えたことである。
 中国は過去6回、ロシアと共に拒否権を行使してシリアを守ってきたが、今やアメリカに従う姿勢だ。中露間に隙間が生じ、米中は、その分、接近したことになる。

 わが国が自覚すべきことの第一は、中国の脅威の凄まじさである。本書でも触れたが中国は「偉大なる中華民族の復興」の名の下に、21世紀の地球の覇者になるべく、ひた走る。「一帯一路」構想は、大東亜戦争後にアメリカが施したマーシャル・プランの実に12倍の規模である。アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立と相俟って、一帯一路構想で中国は地球の経済構造、政治構造を中国を軸として作り変える野望を抱いている。毛沢東、鄧小平に続く偉大なる指導者として、習近平氏は中国を国際社会のあらゆる面で求心力を持つ存在に押し上げようと画策する。影響力を及ぼすために世界を網羅する中国圏を、世界の港を拠点としてネットワークを作ることによって実現しようとする。彼らはギリシャの港、ピレウスを2億8000万ユーロ(340億円)で購入した。セーシェル、ジブチ、パキスタンの各港へとつながる中国支配の地政学は、商取引の次元から、俄かに強力な軍事的性格を帯びるものとなった。
 中国はまた「宇宙軍」も創設した。宇宙での支配を確立して空を制し、空を支配して陸と海を制する目論見である。アメリカが北朝鮮問題で中国に猶予を与えた間に、中国は4月20日、初の宇宙貨物船の打ち上げに成功した。次世代運搬ロケット、「長征7号」が打ち上げた無人の宇宙貨物船は「中国独自の技術」だと彼らは自信をひけらかす。2030年までに米露と並ぶ宇宙強国となるために、中国だけの宇宙ステーションも建設中だ。
 日本や米欧露が共に維持する国際宇宙ステーションは、2024年以降の運営方針が未定である。仮に国際宇宙ステーションの運営が経済上の理由などで打ち切られれば、中国の宇宙ステーションだけが残る。中国の宇宙開発は明確に軍主導で行われているために、中国の軍事力が世界を支配することになる。
 21世紀の諸国の国力は人工知能とスーパーコンピューターが支える。一旦達成すればどの国も挑戦することすらできない一大強国を出現させるのが、人工知能とスパコンによる「シンギュラリティ」(特異点)である。その水準に、中国が2~3年で到達するかもしれない。そのとき日本はどうするのか。中国は他のどの国よりも日本を敵視している。尖閣諸島に迫り、日本の国土を買収し、軍事力を背景に物理的に日本を支配する可能性もある。
 日本人の精神を打ち砕くために、彼らは執拗な歴史戦も仕掛け続ける。トランプ氏に朝鮮の歴史をゆがめて伝えたように、中国は国を挙げて日本の歴史を歪曲し捏造する。歴史戦と、日本を貶めることに注ぎ込まれる中国政府の異常な情熱を見るとき、日本が中国共産党の憎しみの対象となっていることを痛感せざるを得ない。隣りに邪悪な意図を抱く共産党支配の国がある。だからこそ、日本は賢くつよい国にならなければならない。
 もう一点自覚すべきことがある。わが国の大戦略が日米同盟の最重要視にあるのは明らかだが、北朝鮮有事が近い現在、同盟重視にとどまらず、国民救出の力を強化すべきなのは国家として当然だ。しかし、有事において、わが国は自衛隊を派遣して横田めぐみさんをはじめ拉致被害者の救出に当たらせることはできない。このような日本の在り方を放置してきた私たちは、拉致被害者の家族の皆さんの切迫した想いを理解できていないと言われても仕方ない。

 ペンス副大統領は、「平和は力によってのみ初めて達成される」と安倍首相に語った。4月24日時点で朝鮮半島に向けて航行中の米海軍、原子力空母カール・ビンソンとわが国海上自衛隊は西太平洋で共同訓練を行った。訓練も体制の整備も十分に行うべきだ。だが、現行憲法と現行法の下では、北朝鮮への経済封鎖の一環としての海上封鎖でさえ、わが国は十分にはできない。自衛隊は北朝鮮の船舶検査を船長の同意なしには実施できず、北朝鮮の船長が日本による船舶検査を許すはずがないからだ。また、たとえ船舶検査を実施しても不審な積み荷の押収及び武装解除はできない。できるのは航路や目的地変更の要請のみだ。できないことだらけの日本が対北朝鮮海上封鎖の穴になりかねない現実がある。このような現状こそ、日本の危機である。
 アメリカは現在、日本にとってどの国にも代え難い同盟国だが、かと言って同盟関係は永遠ではない。永遠なのは国益のみである。アメリカも中国も国益に基づいて行動する。歴史を振りかえれば、米中が結び日本が疎外され、困難な状況に陥った事例も少なくない。だからこそ日本は急いで自力で立てる普通の国にならなければならない。アメリカを頼る一方であってはならず、アメリカにとっても信頼できる同盟国になるのだ。

 5月27日、イタリア南部のタオルミナで主要国首脳会議が閉幕した。日米欧の主要7か国(G7)はかつてない結束の亀裂を露呈した。アメリカ国内でロシアとの不透明な関係、「ロシアゲート」を追及され続けているトランプ大統領が、外交における積極攻撃で支持率低下を挽回する姿勢かと論評するメディアは少なくなかった。明らかにG7の結束は揺らいでいる。一方で「中国とロシアが入らないG7が生産的か、アメリカは見極める」と米ホワイトハウス高官が語っている。国際政治と力学が根本から変化し始めているのである。
 世界情勢が大変化する可能性も、大きな混乱が生ずる危険性も否定できない。

 いま、私たちが最重要事として問うべきは、アメリカの動向でも中国のそれでもないだろう。両国の動きを注意深く監視しながら、私たち自身、日本の未来をどこに導くかを、祖国に対する責務として、決めなければならない。国際社会は現在の日本国を覆っている価値観とは程遠い次元で動いている。国際社会の行動原理を直視し、100年に一度の大変化を日本再生に活かすのだ。国際政治を動かす力、力の活用法を見届けるこのうえない機会が眼前にある。歴史上わが国は幾度も外来の文化や制度を受け入れて大きな変化を体験してきた。その度に国の土台は強くなった。いま再び私たちは雄々しく変わるときだ。
 アメリカ、中国、ロシア、朝鮮半島と、広く世界を見渡せば、日本が自力で自国民と国土を守るにはどうすればよいかが自ずと見えてくる。日本の力と価値を取り戻すために、国の形を変えること、即ち、憲法改正が必要である。5月3日、安倍晋三首相が、憲法9条1項、2項をそのままにして、自衛隊の存在を書き込むことを、自民党総裁として提言した。日本は本来どんな国だったのか。日本の国柄を理解することがとても重要である。そのうえで日本国民と日本国を守る力としての海上保安庁を強化し、自衛隊を真っ当な国軍にしなければならない。100年に一度の大変化に国際社会全体が直面しているのである。急ぐのがよい。急がなければならない。国際社会は決して待ってはくれない。憲法改正を軸に、しっかりした国を構築するのだ。一日の遅れが日本の未来を危うくすると心に銘ずるときだ。

平成29年5月29日

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櫻井よしこ
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