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命もいらず、名もいらず――
西郷隆盛が、すべてを賭けてこの国に遺したかったものとは。

遺訓

佐藤賢一/著

2,052円(税込)

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発売日:2017/12/22

読み仮名 イクン
装幀 大竹彩菜/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 430ページ
ISBN 978-4-10-428003-2
C-CODE 0093
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 2,052円

西南戦争前夜。沖田総司の甥で、天然理心流の遣い手である沖田芳次郎は、西郷の身を案じた旧庄内藩の家老たちから彼の護衛を命じられる。卓越した剣の腕を振るう芳次郎だったが、西郷と過ごすうち、武力に勝る強さがあることを知る――。青年剣士の成長と挫折を描き、戦いの果てにある「武士の本懐」に迫る感動の時代長篇。

どういう本?

タイトロジー
(タイトルの意味)
「ええ、あの西郷隆盛が、今や叛徒、朝敵ですからね」
 大々的に打ち出すのは、憚られる。それでも庄内鶴岡の人たちなら、『南洲翁遺訓』を完成させるだろう。のみならず、いついつまでも読み継いで、十年後か二十年後か、それが五十年後、百年後であったとしても、必ずや広く世に問うだろう。(本書424ページ)

『南洲翁遺訓』は、元藩主酒井忠篤をはじめ旧庄内藩士らが、西郷から直接受けた教えをまとめ、1890年に刊行された。

著者プロフィール

佐藤賢一 サトウ・ケンイチ

1968年山形県鶴岡市生まれ。山形大学教育学部を卒業後、東北大学大学院文学研究科で西洋史学を専攻。1993年『ジャガーになった男』で第6回小説すばる新人賞、1999年『王妃の離婚』で第121回直木賞を受賞。2014年には『小説フランス革命』(全12巻)で第68回毎日出版文化賞特別賞を受賞した。主な著書に『傭兵ピエール』『双頭の鷲』『カエサルを撃て』『オクシタニア』『新徴組』『黒王妃』『かの名はポンパドール』『ラ・ミッション 軍事顧問ブリュネ』『ハンニバル戦争』『ファイト』などがある。

書評

「遺訓」は今も生きている

島津義秀

 鹿児島は今、2018年への期待に沸いている。言うまでもなく、「明治維新百五十年」とNHK大河ドラマ「西郷せごどん」である。県内でのロケは順調に進み、11月のおはら祭では、西郷隆盛役の鈴木亮平氏ら主要キャストが参加する姿も報じられた。私が宮司を務める精矛くわしほこ神社でも撮影が行われ、舞台裏を垣間見ることができた。実際のドラマでどのような形で登場するのか楽しみである。
 書店では特設コーナーが設けられ、西郷関連本がずらりと並ぶ。新潮文庫の海音寺潮五郎作品『西郷と大久保』『江戸開城』のカバーが大胆に変わったのには驚いたが、装画が鹿児島県出身の井上雄彦氏ということで合点がいった。そして本誌()で連載していた佐藤賢一氏の『遺訓』も、いよいよ単行本として発売されるという。鹿児島でも意外に知られていない薩摩藩と庄内藩の関係や、西郷の死後に庄内鶴岡で「南洲翁遺訓」がまとめられた経緯に光が当てられており、私も教えられるところが多かった。西郷が晩年を過ごしたたけ屋敷跡には、庄内藩中老菅実秀と西郷が対面する姿を表した「徳の交わり」という銅像があるが、実はこれとまったく同じ銅像が山形県酒田市の南洲神社にもある。『遺訓』を読んだうえで、ぜひ両地を訪ねてほしいと願っている。
「南洲翁遺訓」は決して歴史の中に置かれた「遺物」ではない。生きた言葉として、今なお人々を動かし続けている――。それを強く意識させられた出来事があった。
 記憶がやや曖昧であるが、確か1998年の師走であったと思う。私は当時、島津家本家が管理運営する仙巌園の広報企画担当をしていた。仙巌園は桜島や錦江湾を庭園の景観に取り込んだ島津家の別邸で、島津斉彬公がこよなく愛したことでも知られる。その仙巌園の奥にある茶室「秀成荘」で、近く四元義隆氏が茶会を開くので、薩摩琵琶を持って出席するようにとの連絡が入ったのである。以前、新潮新書として上梓した『薩摩の秘剣―野太刀自顕流―』にも書いたが、私は薩摩琵琶の師匠を通じて20代の頃から四元氏と接点があり、四元氏が帰鹿された際に呼ばれて何度か琵琶を弾いたことがあった。
 四元氏は学生時代に井上日召に感化され、「血盟団事件」に連座した人物である。恩赦で出所後は近衛文麿総理の私設秘書となり、後には吉田茂の陰の参謀として終戦時に鈴木貫太郎を推薦した。以来、田中角栄を除く小渕内閣まで全ての総理の陰の指南役とされてきた。細川護熙氏に若い頃から期待をかけ、1993年の連立政権発足に際して強く後押ししたことでも知られる。武村正義氏を内閣官房長官に推したのも四元氏であり、細川政権瓦解後の自社さ連立による村山富市政権発足にも一役買ったと聞く。
 さて、薩摩琵琶を手に私が秀成荘に出向くと、そこにはまさしく村山元総理と武村氏の姿があった。このほか島津家本家関係者や、西郷隆盛の曾孫(愛加那との子・菊次郎の孫)隆文氏も同席。やがて「義秀君、ないか何か琵琶歌を……」とこちらに声がかかる。四元氏は西郷家とも血縁関係があり、ことに南洲翁を敬愛されていたこともあり、西郷の最期を描いた名作「城山」は滅多に所望されることはない。この日は「迷悟もどき」を弾じた。島津日新公(忠良。島津家中興の祖で、戦国期の義久・義弘ら兄弟の祖父。後の郷中教育の精神的支柱となった「いろは歌」を作った)が青少年たちに吟弾させ、その教えを覚えさせようとした歌である。四元氏は琵琶を聴く際には結跏趺坐を組み、頭を垂れて聴き入る。そして弾奏が終わると、「うーん」と唸って暫く沈黙の後、日新公いろは歌の教えがいかに南洲翁の心に刻まれ、リーダーとしての資質を育んでいったかを訥々とではあるが熱く語る。
 この日は、四元氏が「南洲翁遺訓」の一節、「万民の上に位する者、己れを慎み、品行を正くし、驕奢を戒め、節倹を勉め、職事に勤労して人民の標準となり、下民其の勤労を気の毒に思ふ様ならでは、政令は行はれ難し……」を切り出し、政治家の心得を説いた。これに武村氏が「私も『西郷南洲遺訓』は志を抱いた時から今日に至るまで常に携帯して読んでいます」と応じる。すると村山氏が柔和な笑顔で、「私も若い時から何冊読み潰したかな。これで十冊目くらいかな」と、背広の内ポケットから表紙がボロボロになった岩波文庫の『西郷南洲遺訓』を取り出したのである。「佐藤(栄作)さんは十三冊読み潰したと言っていた」と村山氏が明かすと、武村氏も「佐藤さんは若い政治家にどんどん遺訓を配っていましたからね」と返す――。
 西郷南洲の「遺訓」が、主義主張や政治的立場を超え、今なお志ある政治家の懐に常に携行され続けていることを目の当たりにし、深く感じ入った瞬間であった。

(しまづ・よしひで 薩摩琵琶弾奏者・精矛神社宮司・加治木島津家第十三代)
波 2018年1月号より

現代社会に風穴をあける西郷隆盛の“遺訓”

末國善己

 2018年は、明治維新から150年の節目であり、NHKの大河ドラマが西郷隆盛を主人公とする「西郷どん」に決まった。その影響もあり、幕末維新ものの歴史小説が続々と刊行されている。西洋史を題材にした歴史小説を得意とする佐藤賢一が、7年ぶりの日本ものに挑んだ『遺訓』は、西郷らが下野した政変が起こった明治6年から、西南戦争終結後の明治11年までをたどることで、西郷が後世に伝えようとした“遺訓”とは何か、近代日本とは何かに迫る傑作である。
 山形県鶴岡市出身の著者は、2010年に、新選組の沖田総司の義兄で、江戸を警備する庄内藩(現在の鶴岡市)預りの新徴組隊士だった沖田林太郎を軸に幕末を捉えた『新徴組』を発表している。『新徴組』の続編ともいえる本書は、西郷の護衛役を務めた林太郎の息子・芳次郎を主人公に、西南戦争を清廉な武士の時代の終焉と位置付けている。
 戊辰戦争後、西郷は降伏した庄内藩に寛大な処置を行い、庄内藩士は西郷を敬愛するようになる。だが新政府の高官は、佐幕派の酒田県(旧庄内藩)を信頼しておらず、特に西郷が下野してからは、西郷と酒田県の連携を恐れていた。
 こうした状況もあり、酒田県には明治政府の密偵が入り込んでいたが、カンの鋭い芳次郎は簡単に密偵を見抜いていた。ある日、芳次郎は、薩摩藩士が得意とする示現流を使う凄腕の密偵と剣を交えるが取り逃がしてしまう。
 この示現流の男と芳次郎は宿敵となり、2人が何度も繰り広げる対決が物語を牽引していくことになる。特に、密命を帯びて清に渡った庄内藩の英雄・酒井玄蕃の護衛をする芳次郎が、馬車で進んでいるところを、気球に乗った示現流の男に襲われ、敵の爆撃に対処する方法を考える迫力の戦闘シーンは圧巻で、前半のクライマックスとなっている。
 ちなみに、フランス革命政府が、気球を使って偵察を行う世界初の航空部隊を作ったのは1794年のこと。本書の気球を使った空前絶後のアクションは、西洋史に精通する著者だからこそ書き得たアイディアといえるだろう。
 西郷は明治6年の政変に敗れて下野するが、これは鎖国を続ける韓(朝鮮)を武力で開国させるべきとする西郷を、日本の国力では対外戦争は行えないとの現実路線を唱える大久保利通らが排除したことで起こったとされてきた。
 ただ著者は、西郷の主張はあくまで武力を背景にした韓との外交交渉だったとする。そして大久保が真に排除したかったのは、三権分立など先進的な政策を思い付く江藤新平だったというのだ。大久保は、戊辰戦争の時、河井継之助との会談を決裂させ悲惨な戦争を引き起こした交渉下手の岩村高俊を、不満が高まる佐賀県の権令にする。これが、佐賀士族の決起を早める謀略だったとする解釈には説得力がある。
 江藤の才能に嫉妬し、江藤の改革案で既得権が奪われることも恐れた大久保は、自分のようなエリートが権力を持ち続けるためには、「私を顧みることなく、天下を憂い、正義を貫き、そのために命を賭して戦う覚悟と、果敢に行動する力を持つ」存在、つまり武士を根絶やしにする必要があると確信。武士の中の武士である盟友・西郷の排除も決意する。
 現代の日本人は、お上の方針に従っていれば幸福になれると考えている人が多いように思える。これは西南戦争に勝利した大久保らが作った官僚による独断的な政治「有司専制」が今も続いているからではないか。著者が、私利私欲に走る役人を批判し、格差を広げる弱肉強食の世を改めるために立ち上がった西郷の物語を書いたのは、このまま明治時代に作られた古い制度を続けるのか、それとも西郷たちのように、上が間違えたらそれを糺すため声を上げる社会を作るべきなのかを、問い掛けるためだったように思えてならない。
 さらにいえば、酒田県は、開拓した土地に換金性の高い茶畑と養蚕のための桑畑を作る殖産興業に力を入れる。だが中央集権化で地方の活力を削ぎたい大久保は、地場産業を興す地方自治体を警戒する。ここには地方創生とは名ばかりで、明治時代に出来た国家体制を疑いもせず、中央集権を維持しようとしている現代の政治家、官僚への批判も感じられた。
 国の舵取りをするなら「天道」を考える。勝つ負けるを作らない。これら西郷が残した“遺訓”は、明治時代に一部のエリートが作った国家体制が限界を迎え、閉塞感に満ちている現代社会に風穴をあけるヒントを与えてくれるのである。

(すえくに・よしみ 文芸評論家)
波 2018年1月号より

目次

第一部 明治政府
一、鶴岡
二、密偵
三、武村
四、征韓論
五、反乱
六、江藤
七、来客
八、大手門前
九、私学校
十、松ヶ岡
十一、清国
十二、北京
十三、天津
十四、夜行
十五、談判
十六、吉野開墾社
十七、開拓使出張所
十八、人材
十九、遺志
二十、試合
第二部 西郷暗殺
一、東北巡察
二、桑畑
三、蚕室
四、山形県
五、東京からの噂
六、事件
七、鹿児島処分
八、秘策
九、再会
十、伊集院
十一、不穏
十二、東獅子
十三、夜
十四、朝
十五、疑念
十六、蜂起
十七、急行
十八、待ち伏せ
十九、追跡
二十、武器
二十一、対決
二十二、結論
第三部 西南の役
一、電報
二、予定外
三、閣議
四、兆し
五、畑仕事
六、軍議
七、遣い
八、証
九、雨
十、田原坂
十一、小舎
十二、城山
十三、長崎
十四、赤坂仮御所
十五、紀尾井坂
十六、遺訓

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