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オオワシ、ワタリガラス、ヒヨドリ……。鳥の渡りの先の大地にはいったい何があるのだろうか。

  • 受賞第62回 読売文学賞

渡りの足跡

梨木香歩/著

1,404円(税込)

本の仕様

発売日:2010/04/30

読み仮名 ワタリノアシアト
雑誌から生まれた本 考える人から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 188ページ
ISBN 978-4-10-429906-5
C-CODE 0095
ジャンル エッセー・随筆
定価 1,404円

近所の池や川に飛来するカモたちも、命がけで渡りをし、奇跡的に辿り着いている。住み慣れた場所を離れる決意をするときのエネルギーは、どこから湧き起こってくるのか。渡りは、一つ一つの個性が目の前に広がる景色と関わりながら自分の進路を切り拓いてゆく、旅の物語の集合体。その道筋を観察し、記録することから始まった最新エッセイ。

著者プロフィール

梨木香歩 ナシキ・カホ

1959(昭和34)年生れ。小説に『西の魔女が死んだ』『丹生都比売(におつひめ)』『エンジェル エンジェル エンジェル』『裏庭』『からくりからくさ』『りかさん』『家守綺譚』『村田エフェンディ滞土録』『沼地のある森を抜けて』『ピスタチオ』『僕は、そして僕たちはどう生きるか』『雪と珊瑚と』『冬虫夏草』『海うそ』『岸辺のヤービ』など、またエッセイに『春になったら莓を摘みに』『ぐるりのこと』『渡りの足跡』『不思議な羅針盤』『エストニア紀行』『鳥と雲と薬草袋』などがある。

書評

波 2010年5月号より 本物のネイチャー

加藤幸子

著者の梨木さんと知りあってまもないころ、どういう話の流れからだったか、「私はネイチャー・ライターになるつもりです」と真剣な表情で言われ、思わず「大丈夫?」という変な応答をしてしまった。原因は私の中に以前からしこっていた“偏見”にあった。日本では本物のネイチャー・ライティングは受けいれられないのではないか、という……。その“偏見”をもっと拡大すれば、日本人はとりわけ自然に対する感受性が優れている、という国際的通念も打ち毀したくなる。むしろ日本人は自分たちの細やかな、言い換えれば狭い感受性に共鳴する自然だけを選択しつづけ、そこからはずれる多様な自然は拒否してきたのだ。この感覚の長い伝統に漬かってきた現代の日本人も、季節をひといろに塗りこめる桜花は愛でても、家の内外に生える雑草の花は余計者として仮借なく抜き棄てる。
梨木さんが念頭に置かれていたネイチャーが、そのような限られた自然でないことは明らかであり、それが私のせつなの危惧につながったのだろう。
そのころ梨木さんは『水辺にて』という本を出されていた。澄んだ水のような文体で、カヤックから、ゆるやかに移りゆく風景や生物を描いている。そこでは自然と人の世界の境界に身をおいた心が微妙に揺れていた。野蛮なエネルギーを使って、自然界の扉をこじ開けることへのためらいがあったのかもしれない。
でも新著『渡りの足跡』では、そのためらいは払拭されていた。著者は子供のころから魅せられていた鳥たちと出会うため国内国外へ移動する。自分の体で“渡り”を体験する。内にひそむ衝動の熱っぽい希求に応えるようなかなりハードな旅である。野生の鳥に託して自然の本質を探る旅ともいえる。カヤックに固定された視点ではなく、飛ぶ者の視点から。
「渡りは、一つ一つの個性が目の前に広がる景色と関わりながら自分の進路を切り拓いていく、旅の物語の集合体である。(中略)次に取るべき行動は(引き返すという選択も含めて)最善の方向を目指すため、今出来ることを(中略)ただ実行してゆくことだけで、鳥に嘆いている暇などはない」
このような洞察を得るためには、自分も野生の生物の位置につかねばならない。身体の場所ばかりではなく、意識や感覚のあり所まで。それは“人間性”にかたくなにこだわる者には不可能な業である。でも著者は、旅=移動することによって、ほとんど鳥たちと一体化することができた。
「自分を案内するものが、実は自分の内部にあるもの、と考えると、『外界への旅』だとばかり思っていたことが、実は『内界への旅』の、鏡像だったのかもしれない、とも思える」 
本質を見極める作業の一方で、著者は野生の鳥たちに出会い、観察する喜びを素直に味わい、その幸福を読者に分けあたえてくれる。
カムチャツカの島で、日本からはほとんど姿を消したオロロン鳥やエトピリカやツノメドリの群れを見たときの情景は臨場感にあふれ、その後「群れ飛ぶ鳥たちの中に、一羽、大柄の鳥がいる。肩付近にかかった白いケープ、堂々とした飛び姿は紛れもないオオワシだ。ああ、本当! オオワシ!」という箇所では、私まで著者と一緒にわくわくしたのである。
全編七章の中で「渡りの先の大地」という章は、先の戦争でヒトが“渡り”をした同類に対して、いかに苛酷であったかの証明として印象が強い。いったい人間にとって“渡り”の意味は何だろうか。ふたたび私の“偏見”であるが、人間は自然性として旅=移動をする傾向をもっていると考えている。戦争の時代に“渡り”が有害なものとして排除されたのは、国家という人工的機構強化のためだった。そして人間の戦争は国家間の勢力争いで、個の継続を願う鳥たちのテリトリー争いとは異質である。
本書を読んでいるうちに、自然と人の世界の境界がいつのまにか消えていた。野外を歩きまわっているときのように、快く安定した気分になった。梨木さんは本物のネイチャー・ライターだ、とはっきり思った。

(かとう・ゆきこ 作家)

目次

風を測る
囀る
コースを違える
鳥が町の上空を通過してゆく
渡りの先の大地
案内するもの
もっと違う場所・帰りたい場所

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判型違い(文庫)

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