ホーム > 書籍詳細:エストニア紀行―森の苔・庭の木漏れ日・海の葦―

祖国への変わらぬ熱情を静かに燃やし続けてきた人々の魂に触れた紀行。

エストニア紀行―森の苔・庭の木漏れ日・海の葦―

梨木香歩/著

1,512円(税込)

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発売日:2012/09/28

読み仮名 エストニアキコウモリノコケニワノコモレビウミノアシ
雑誌から生まれた本 考える人から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 196ページ
ISBN 978-4-10-429907-2
C-CODE 0095
ジャンル 歴史・地理・旅行記
定価 1,512円

エストニアの人々が歌う「我が祖国」とは、生れた土地のこと。そして、それは地球そのもの――スカンジナビア半島の対岸、バルト海に面したエストニア。首都タリンから、古都タルトゥ、オテパーの森、バルト海に囲まれた島々へ――端正な街並みと緑深い森、他国による長い被支配の歴史を持つこの国への九日間の旅の記録。

著者プロフィール

梨木香歩 ナシキ・カホ

1959(昭和34)年生れ。小説に『西の魔女が死んだ』『丹生都比売(におつひめ)』『エンジェル エンジェル エンジェル』『裏庭』『からくりからくさ』『りかさん』『家守綺譚』『村田エフェンディ滞土録』『沼地のある森を抜けて』『ピスタチオ』『僕は、そして僕たちはどう生きるか』『雪と珊瑚と』『冬虫夏草』『海うそ』『岸辺のヤービ』など、またエッセイに『春になったら莓を摘みに』『ぐるりのこと』『渡りの足跡』『不思議な羅針盤』『エストニア紀行』『鳥と雲と薬草袋』などがある。

書評

波 2012年10月号より 旅の「心残り」を埋める

田中比呂之

列車に乗ったり、降りたり、車窓を眺めたりする旅は、回数を重ねるだけ「心残り」を蓄積していく。列車に乗ることを目的としている旅の宿命ともいえる。乗り換えのために降りた町が意外に居心地が良くて、いつかじっくり歩いてみようなどと思う。車窓から草地の丘が見えると、いつかあの丘の上に立ってみたい、いつかあの砂浜に寝そべろう……、いつか、しかし「その時」はやってこないまま現在に至っている。
国内ほどではないが、海外にもそんな「心残り」がいくつもある。バルト海に面したエストニアも「心残り」のひとつ。首都タリンにわずか一泊だけだったが、旧市街も市内電車も居心地が良かった。
何年かぶりにエストニアを思い出したのは、昨年『考える人』に梨木香歩さんの「エストニア紀行」が掲載されたからだ。日本ではほとんど話題になることはないエストニアについてどんなことをお書きになっているのだろう。「心残り」が疼いた。
一九九八年の夏、『鉄道ジャーナル』という鉄道趣味誌が企画したツアーで、世界最北端の駅をめざした。世界最北端の鉄道駅は、ロシアのムルマンスク駅ということになっている。フィンランドのヘルシンキから始まった列車の旅は、サンクトペテルブルグを経てムルマンスクへ。サンクトペテルブルグから約三十時間の列車の旅、北緯六十八度の北極圏にある。車窓に見える北欧の自然、線路、ロシアの電車、駅舎、ホームなどなど、初めて見るヨーロッパの景色は刺激的だった。
ヘルシンキまでの帰路に寄ったのがエストニアだった。世界最北端の駅に行ったあとでは、「おまけ」感は否めなかった。しかも蒸気機関車が現役で活躍しているとか、スイスや北欧のように美しい自然の中を鉄道が走っているとか、鉄道マニアを惹きつける要素にも乏しい。
夜行列車でタリンに到着後、私たちが向かったのは、タリン駅に隣接する機関区(機関車や客車などが待機している車庫)。プロジェクターまで使って、エストニアの鉄道について丁寧な説明を受けた。収入の九十パーセントが貨物輸送であるとか、ここ十年は新しい車両を製造していないとか、乗客が減り続けているなどあまり景気のいい話ではなかった。それよりも通訳をしてくれた若い日本人女性の機関銃のようなエストニア語が妙に印象に残った。語順が日本語と同じだと聞いていたが、そんなことはまったくわからなかった。
午後は、トラムを乗りつぶすか、旧市街を歩くかで迷ったが、先に中世そのままの旧市街を歩いた。石畳の道、坂、店、教会、住宅、角を曲がるたびに、路地に迷い込むたびに感動した。
梨木さんはこの旧市街で地下トンネルを訪れている。のんきな鉄道マニアは、石畳の街に感激して満足していたが、そもそも訪れるところが違うし深い。十六世紀にスウェーデンが旧市街を占領したときに、対ロシア軍対策で掘ったものであるらしいが、そんな“歴史遺産トンネル”があるとは一言も聞かされなかった。夕食後は深夜まで市内を走るトラムを乗りつぶした。
タリンというところはエストニアの中では本当に突出した、それをもってしてエストニア全体を語るなんてことは絶対にできない……、梨木さんはタリンについてそうお書きになっているが、私はそのタリンのうわべをなぞっただけだ。
タリンから郊外へと続く旅で、梨木さんは古代から中世の気配の濃厚さに圧倒される。タリンしかしらない私が想像だにしなかった自然豊かなエストニアがある。コウノトリや茸や自然と共生する人々の話が綴られていて、紀行文には大切な要素、書き手が心の底から楽しんでいる様子が伝わってくる。
私には梨木さんのような豊かな旅をする自信はないが、バルト海の小国に残してきた「心残り」を少しでも埋めるべく、梨木さんの旅をなぞってみたくなった。
もちろん車窓をながめながらの列車の旅が必須条件だが。

(たなか・ひろし 編集者)

判型違い(文庫)

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