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いつも前を行く彼と、やっと対等になれるはずだったのに──。待望の最新長篇小説。

  • 受賞第2回 河合隼雄物語賞

私のなかの彼女

角田光代/著

1,620円(税込)

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発売日:2013/11/29

読み仮名 ワタシノナカノカノジョ
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 295ページ
ISBN 978-4-10-434605-9
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,620円

「もしかして、別れようって言ってる?」ごくふつうに恋愛をしていたはずなのに、和歌と仙太郎の関係はどこかでねじ曲がった。全力を注げる仕事を見つけ、ようやく彼に近づけたと思ったのに。母の呪詛。恋人の抑圧。仕事の壁。祖母が求めた書くということ。すべてに抗いもがきながら、自分の道を踏み出す彼女と私の物語。

著者プロフィール

角田光代 カクタ・ミツヨ

1967(昭和42)年神奈川県生れ。魚座。早稲田大学第一文学部卒業。1990(平成2)年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1996年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、2005年『対岸の彼女』で直木賞、2006年「ロック母」で川端康成文学賞、2007年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、2011年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、2012年『紙の月』で柴田錬三郎賞、『かなたの子』で泉鏡花文学賞、2014年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞を受賞。著書に『真昼の花』『キッドナップ・ツアー』『人生ベストテン』『おやすみ、こわい夢を見ないように』『ドラママチ』『三月の招待状』『森に眠る魚』『くまちゃん』『空の拳』『平凡』『坂の途中の家』『拳の先』など多数。

書評

波 2013年12月号より 『私のなかの彼女』刊行記念特集 物語は傷つけ、そして救う

中島京子

八〇年代後半から九〇年代を舞台にした、女性の話だ。この時期に二〇代、三〇代を送る彼女の恋愛・結婚・妊娠・出産・キャリアに関する悩ましい選択のすべてが描かれる。そして小説は教えてくれる。これらの選択は個人的で、繊細で、時に人に深い傷を負わせると。けれど、深手を負いながらも選び取ることで、その人自身が作られるのだとも。
一九八五年、本田和歌は東京の大学で一つ年上の内村仙太郎と出会う。芸術家肌の仙太郎は、在学中にイラストレーターとして活躍を始める。垢抜けず自信のない和歌にとって、彼は自慢の恋人であり、新しい世界への扉を開いてくれる大切なパートナーだった。仙太郎との結婚を夢見ていた和歌は、それをやんわりとかわされて、彼のアドバイスに従って就職するが、満たされない思いを抱えていた。そんなある日、実家の土蔵で、母方の祖母・山口タエが書いた小説を発見する。粗削りだが艶めかしく魅力ある作品が、和歌の心に潜む「私も書きたい」という気持ちに火をつけた。小説を書き、新人賞を受賞し、会社を辞め、自分を満たしてくれる仕事を見出すのだが、いつのまにか仙太郎との関係が変わってしまう。そして、予期せぬ時に妊娠が発覚する――。
和歌はつねに抑圧される。娘が物を書くのを忌み嫌い、結婚・出産という幸福を選択せよと迫る母によって。そして他ならぬ恋人の仙太郎によって。仙太郎と和歌の同棲の描写は凄まじい。世界が広がり忙しくなる和歌と、もてはやされなくなってくる仙太郎。部屋に埃が、シンクに洗い物がたまってしまうのは仕方がないとしても、そこで生まれてくる微妙な空気の中、繊細な芸術家同士が、針のような言葉を投げつけあうからだ。こういう二人でなければ、気にしないとか、気づかないとかいったおおらかな人生航海術をもって対処できるかもしれないのに、いちいち傷つけあうのが痛ましい。
殊に、和歌を生涯抑圧し続けた母に乗り移られたかのような仙太郎が、和歌を責めさいなむ場面は、〈母と娘〉を書き続けてきた作家ならではの迫力だ。
一方、祖母・タエがどんな人物だったのかは謎である。昭和初期に上京し、桐島鉄治という作家に師事して小説を書き、その後田舎へ帰って結婚したらしいことはわかっても、何を思い、どんな経験をして結婚・出産の途を選んだのかはわからない。しかし作家だった祖母を持つという事実は、自信のない和歌にとって、「書く」ことを支える核となっていく。タエと桐島の関係を想像し、タエの物語を作り、修正を重ねることによって、和歌は自分と仙太郎、ひいては自分と書くことの関係を計ろうとする。和歌にとって、タエの物語を想像/創造することは、自分の物語を作ることなのである。
それでは、和歌にとっての仙太郎の物語は、どんな意味を持つのだろう。それは、時の流れの中、物知らずの和歌を庇護して導く兄の話から、和歌の能力を低く見積もって足を引っ張る疎ましい男の話に変わって行く。小説の終盤で和歌は仙太郎に「私たちって、なんで出会う必要があったのかな」と言う。しかしこの二人くらい必然性のある出会いもない。自分の欠損を埋める物語を、お互いの中に見たのだから。
多くの場合、人の欲望を抑圧するのは、その人自身だ。国家が思想弾圧でも始めない限り、抑圧者は個人の外側ではなく「なか」にいる。親や恋人や夫に抑圧されているという物語を生きる自分自身を、自分の手で解放してやらない限り、人はそこから出て行かれない。
私たちは物語に傷つけられ、物語に助けられる。「私のなかの彼女」や「彼」と出会い、別れ、和解することによってのみ、前に進むことができるのである。

(なかじま・きょうこ 作家)

[→][角田光代『私のなかの彼女』刊行記念特集]中村文則/シンプルな図式化を許さない圧倒的なリアル

波 2013年12月号より 『私のなかの彼女』刊行記念特集 物語は傷つけ、そして救う

中島京子

八〇年代後半から九〇年代を舞台にした、女性の話だ。この時期に二〇代、三〇代を送る彼女の恋愛・結婚・妊娠・出産・キャリアに関する悩ましい選択のすべてが描かれる。そして小説は教えてくれる。これらの選択は個人的で、繊細で、時に人に深い傷を負わせると。けれど、深手を負いながらも選び取ることで、その人自身が作られるのだとも。
一九八五年、本田和歌は東京の大学で一つ年上の内村仙太郎と出会う。芸術家肌の仙太郎は、在学中にイラストレーターとして活躍を始める。垢抜けず自信のない和歌にとって、彼は自慢の恋人であり、新しい世界への扉を開いてくれる大切なパートナーだった。仙太郎との結婚を夢見ていた和歌は、それをやんわりとかわされて、彼のアドバイスに従って就職するが、満たされない思いを抱えていた。そんなある日、実家の土蔵で、母方の祖母・山口タエが書いた小説を発見する。粗削りだが艶めかしく魅力ある作品が、和歌の心に潜む「私も書きたい」という気持ちに火をつけた。小説を書き、新人賞を受賞し、会社を辞め、自分を満たしてくれる仕事を見出すのだが、いつのまにか仙太郎との関係が変わってしまう。そして、予期せぬ時に妊娠が発覚する――。
和歌はつねに抑圧される。娘が物を書くのを忌み嫌い、結婚・出産という幸福を選択せよと迫る母によって。そして他ならぬ恋人の仙太郎によって。仙太郎と和歌の同棲の描写は凄まじい。世界が広がり忙しくなる和歌と、もてはやされなくなってくる仙太郎。部屋に埃が、シンクに洗い物がたまってしまうのは仕方がないとしても、そこで生まれてくる微妙な空気の中、繊細な芸術家同士が、針のような言葉を投げつけあうからだ。こういう二人でなければ、気にしないとか、気づかないとかいったおおらかな人生航海術をもって対処できるかもしれないのに、いちいち傷つけあうのが痛ましい。
殊に、和歌を生涯抑圧し続けた母に乗り移られたかのような仙太郎が、和歌を責めさいなむ場面は、〈母と娘〉を書き続けてきた作家ならではの迫力だ。
一方、祖母・タエがどんな人物だったのかは謎である。昭和初期に上京し、桐島鉄治という作家に師事して小説を書き、その後田舎へ帰って結婚したらしいことはわかっても、何を思い、どんな経験をして結婚・出産の途を選んだのかはわからない。しかし作家だった祖母を持つという事実は、自信のない和歌にとって、「書く」ことを支える核となっていく。タエと桐島の関係を想像し、タエの物語を作り、修正を重ねることによって、和歌は自分と仙太郎、ひいては自分と書くことの関係を計ろうとする。和歌にとって、タエの物語を想像/創造することは、自分の物語を作ることなのである。
それでは、和歌にとっての仙太郎の物語は、どんな意味を持つのだろう。それは、時の流れの中、物知らずの和歌を庇護して導く兄の話から、和歌の能力を低く見積もって足を引っ張る疎ましい男の話に変わって行く。小説の終盤で和歌は仙太郎に「私たちって、なんで出会う必要があったのかな」と言う。しかしこの二人くらい必然性のある出会いもない。自分の欠損を埋める物語を、お互いの中に見たのだから。
多くの場合、人の欲望を抑圧するのは、その人自身だ。国家が思想弾圧でも始めない限り、抑圧者は個人の外側ではなく「なか」にいる。親や恋人や夫に抑圧されているという物語を生きる自分自身を、自分の手で解放してやらない限り、人はそこから出て行かれない。
私たちは物語に傷つけられ、物語に助けられる。「私のなかの彼女」や「彼」と出会い、別れ、和解することによってのみ、前に進むことができるのである。

(なかじま・きょうこ 作家)

[→][角田光代『私のなかの彼女』刊行記念特集]中村文則/シンプルな図式化を許さない圧倒的なリアル

判型違い(文庫)

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