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命をはぐくみ、あるいは奪う、水の静けさ、こわさ、あたたかさ。響きあう九つの物語。

海と山のピアノ

いしいしんじ/著

1,836円(税込)

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発売日:2016/06/30

読み仮名 ウミトヤマノピアノ
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 282ページ
ISBN 978-4-10-436304-9
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,836円
電子書籍 価格 1,469円
電子書籍 配信開始日 2016/12/02

山で人が溺れた日から半年、グランドピアノとともに町に流れ着いた一人の少女。子守唄、海の歌、重なってゆくピアノと人びとの歌声、そして訪れる奇跡――。全篇をとおして音楽が鳴り響く「海と山のピアノ」。四国という土地がたっぷりと抱き込んだ命の泉に浸されるような「ふるさと」など、豊かな物語性にみちた水にまつわる短篇集。

著者プロフィール

いしいしんじ イシイ・シンジ

1966(昭和41)年大阪生れ。京都大学文学部仏文学科卒。1996(平成8)年、短篇集『とーきょーいしいあるき』刊行(のち『東京夜話』に改題して文庫化)。2000年、初の長篇『ぶらんこ乗り』刊行。2003年『麦ふみクーツェ』で坪田譲治文学賞受賞。2004年『プラネタリウムのふたご』、2006年『ポーの話』、2007年『みずうみ』が、それぞれ三島賞候補に。その他の小説に『トリツカレ男』『四とそれ以上の国』、エッセイに『いしいしんじのごはん日記』『熊にみえて熊じゃない』『遠い足の話』など。現在、京都在住。

「いしいしんじのごはん日記」更新中 (外部リンク)

書評

ほんものの豊穣

井上荒野

 たとえば「秘宝館」。
「なんでも屋」と思われる主人公の男が、兄貴分に呼び出されて仕事に出かける。「ボロボロ屋敷」で見つけたトランクを運ぶように命じられ、ゴージャスなマンションの一室、森のそばの製材所を経て、湖に浮かぶ「秘宝館」へ辿り着くという物語。
「ボロボロ屋敷」の中は「猛獣の皮を無理矢理ひきはがした現場みたい」にちらかっていて、やたらと鏡が置いてあり、爬虫類に似た男女が黙々と洗濯物をたたんでいる。マンションの部屋は「蚕の繭みたいな、ふわふわのクロス」で覆われていて、応対に出た老女が奥に引っ込むと、「なにか堅いもので、やわらかなものを打つ音」と、動物の悲鳴に似たものが聞こえてくる。製材所には「月を腹に収めたみたいな巨大な笑みを浮かべ」る髭男がいて、怪しい自家製なめたけをふるまう。そして秘宝館に無事、トランクを収めた帰り道、主人公は思いもかけない光景に遭遇する……。
 あるいは「川の棺」という一編。
 仕事でガーナのアクラという町にやってきた主人公が、街中でビール瓶、エビ、飛行機のかたちをした棺を見かけたことをきっかけにして、「川の棺」を探しに行く。お供は、始終何かを食べていないと昏倒してしまう博物館助手と、「ほんとうはダンサー」だと言い張るタクシー運転手。川の棺があるという村アシャンを訪ねて、彼らは川を下る。ようやく見つけたその村で、「ふだん直視することを許されていない、さまざまなものの揺れ動く影」を見る……。
 子供の頃、面白い本を読むと興奮して、すぐに真似をして書きたくなった。あの気分を思い出した。こんなふうにわくわくする、ぞっとする、深くて遠くて賑やかで行き止まりがないみたいな世界を、自分でも作り出してみたい、と熱望したのだ。
 もちろん大人になり、小説家となった今は、豊かな細部、物語にだけ奉仕する理屈、自由奔放に飛び跳ねる言葉の先に示されるもののことまで考えざるを得ないから、そんな無謀な真似はしないけれど。ただ、どうしたらこんなふうに書けるんだろうと、嫉妬するのみだけれど。
 そういえば、表題作「海と山のピアノ」の中に、こんな一節がある。主人公の「僕」が、父親を回想する場面。居場所がない人間を見れば誰彼構わず家に連れて帰ってきた彼を「父さんは穴があいたみたいな人だった」と「僕」は思い返して、「ほんもののおとなって、ほんもののこどもと、ほんものってことにおいては同じなんだ、きっと」と言うのだ。
 ああ、これは「父さん」が書いた小説なのかもしれないなあ、と思う。
 あるいはまた、「ほんもの」について考えてみたりもする。「ほんもの」ってなんだろう、と。大きな災害のあと、いろんなものを失った子供たちが空想した「見えない犬」のことだろうか(「ルル」)。鳥の声に導かれ、ときどきその場所を変える村のことだろうか(「ふるさと」)。人生に行き暮れた人々の前に突然あらわれ、海賊に勧誘する船長だろうか(「海賊のうた」)、それとも船が魔界に迷い込んだとき、その身を削って船員たちに食べさせて勇気づけた船長こそがそうだろうか(「野島沖」)。
 わからない。わからないし、時間をおいてこの本を再読したときには、またべつの「ほんもの」を見つけることになるのかもしれない。答えではなく「ほんもの」ってなんだろう、と考えたことだけを、いつまでも覚えているのかもしれない。
 本書の中で、海と山とは溶け合っていて、それらと人ともまた溶け合っている。人と、人でないものも溶け合っていて、海のこちらとあちらも、この世に生きているということの、こちらとあちらも溶け合っている。
 ああそうなんだよな、と頷くけれども、「教えられた」とは思わない。著者は教えようとなどはしておらず、ただ、彼がそう信じていることを感じる。信じている、ということを書いているのだと。人間は豊穣なものだと私は知っているけれど、そこにさらに豊穣なものが流れ込んできて、クラクラするほどの豊穣になり、私はそこに迷い込み、(もしかしたら「秘宝館」の主人公のように、自分ではそれと気付かずに、声を出して)笑っている。

(いのうえ・あれの 作家)
波 2016年7月号より

目次

あたらしい熊
ルル
海賊のうた
野島沖
海と山のピアノ
秘宝館
川の棺
ふるさと
浅瀬にて

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