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歓楽の灯りが海辺を染める頃、ありえたかもしれない自分を想う。『脊梁山脈』で「戦後」を描き、大佛賞に輝いた著者の「現代」小説。

トワイライト・シャッフル

乙川優三郎/著

1,512円(税込)

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発売日:2014/06/20

読み仮名 トワイライトシャッフル
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 286ページ
ISBN 978-4-10-439306-0
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,512円

宝石のような時間もあった。窮屈な現実にも追われた。まだ思い出に生きる齢でもないが、やり直せないところまで来てしまったのか。房総半島の街で自己を見失いかけ、時に夢を見、あがく、元海女、落魄したジャズピアニスト、旅行者、女性郵便配達人、異国の女……「これぞ短篇」「珠玉」としか言いようのない滋味あふれる13篇。

著者プロフィール

乙川優三郎 オトカワ・ユウザブロウ

1953年東京生まれ。外資系ホテル勤務などを経て1996年小説家デビュー。2001年『五年の梅』で山本周五郎賞、2002年『生きる』で直木三十五賞、2013年、初の現代小説『脊梁山脈』で大佛次郎賞、2016年『太陽は気を失う』で芸術選奨文部科学大臣賞、2017年『ロゴスの市』で島清恋愛文学賞。著書に『トワイライト・シャッフル』『麗しき花実』など。『R.S.ヴィラセニョール』はパッションを抱き、挑むことを怖れぬ人々を描いた長篇小説である。

書評

波 2014年7月号より [乙川優三郎『トワイライト・シャッフル』刊行記念特集]  この艶。大山脈を母として  

平松洋子

昨年、長編小説『脊梁山脈』に耽溺した一読者として、意外な驚きとともに短篇十三作を編んだ本書を手に取った。
『脊梁山脈』は、敗戦後の日本を彷徨する男を主人公に据え、日本人の精神性を真正面から問いながら独自の歴史観を提示した重量級の作品である。私などいまだに余韻に浸りこんだままで、またしても再読の愉しみに耽ろうと思っていた矢先だったから、十三篇のうち十の題名が欧文カタカナ表記の『トワイライト・シャッフル』に少々戸惑ったのだった。
ところが、ほどなく「あっ」と息を呑み、納得させられた。十三篇の舞台は、いずれも房総半島の海辺の街。つまり『脊梁山脈』の大団円、主人公が根を下ろした土地なのである。そうだったのか。著者の意図は歴然としている。私はがぜん膝を乗りだした。
さまざまな男と女が登場する。老いた海女。夫に先立たれ、異国の海辺のテラスで岬を眺めながら暮らす女。夏の三ヶ月だけ半島の小さなホテルでボサノバを弾くジャズ・ピアニストの男。長年の関係を解消しようと足掻く男女。移住してきた画家に雇われ、裸婦のモデルを務める郵便局員の女。交通遺児として育ち、額に汗して造園に精出してきた男。または、馴染んだ男へいましも別離を告げようとするリオ育ちの女……ある者はこの土地に生を受けて暮らし、ある者はほんの数日かりそめに滞在し、ある者は闖入者として訪れ、そして去ってゆく。まるで似たところのない男や女でありながら、しかし彼らはどこかですれ違い、ふとしたとき会話を交わす間柄であったかもしれない。そう思い至れば、潮風を孕む情景を写しだす十三篇は、ときにほの暗く、官能的に響き合うのだった。
場面に陰影を醸す会話の妙は、映画的なダイアローグを連想させもする。たとえば海の見えるホテルのバーで(「オ・グランジ・アモール」)。
「(前略)自分なりに一生の夢を追いかけているつもりだったが、あるときから窮屈な現実ばかり見てきたような気がする、一枚の絵ができたら次の絵に向かえばよいものを、同じ絵にしつこく塗り重ねて息苦しいものにしてしまったらしい、ジョビンに敵うわけがない」
「それはわたしも同じです、ボサノバが胸に沁みるのは身に覚えのあることや、口に出せないことや、ひとりでは重たいことを軽く囁いてくれるからでしょう」
過去に拘泥するピアニストの自嘲を、柔らかな言葉で包みこむ女の心情がじわりと沁みる。
乙川優三郎が描きだす人物像の艶に、たまらなく惹かれる。その筆が描きだすのは、もう若くはない、現実に疲弊した市井のひとびと。古風とみえて、人並みの計算や見栄や損得勘定、世間体や出世欲ももちろんある。しかし、悲哀や自己憐憫を押しのけて生きる力を鼓舞しようとするとき、人物それぞれの存在感が増幅し、にわかに艶めく。暗闇を抜けてぽっと光明が射し込む心地に、読む者はどれほど励まされることだろう。
夫の失踪以来四年、読書と酒で自分を支えてきた女の手元に、知らぬうち溜まったメモがある(「ビア・ジン・コーク」)。そのなかの一枚は、チェーホフのこんな言葉だ。
「煎じつめればこの世のことは何もかも美しいのであり、美しくないのは生きることの気高い目的や自分の人間的価値を忘れたときの私たちの考えや行為だけである」
おもえば、乙川優三郎の視点に通底しているのは、チェーホフの書く「気高い目的」「人間的価値」を旨としておこなう洞察にほかならない。一貫した試みと挑戦に思いを馳せれば、そもそも小説の手法や時代設定に何ら戸惑う必要などなかった。
脊梁山脈が土地の分水界となる大山脈であるとすれば、本書に収録された十三篇は、その大山脈を母として生まれた幾筋もの豊かな水脈。戦後から現在にいたるまで、房総半島を縫うようにして滔々と流れ続けてきた音は、地層の奥まったところにくぐもってひそやかだが、しかと耳を澄ませば、その響きの激しさにたじろぐはずだ。

(ひらまつ・ようこ エッセイスト)

[→][乙川優三郎『トワイライト・シャッフル』刊行記念特集インタビュー]乙川優三郎/挑戦、習作、現代、房総――

目次

イン・ザ・ムーンライト
サヤンテラス
ウォーカーズ
オ・グランジ・アモール
フォトグラフ
ミラー
トワイライト・シャッフル
ムーンライター
サンダルズ・アンド・ビーズ
ビア・ジン・コーク
366日目
私のために生まれた街
月を取ってきてなんて言わない

インタビュー/対談/エッセイ

波 2014年7月号より [乙川優三郎『トワイライト・シャッフル』刊行記念特集インタビュー] 挑戦、習作、現代、房総――  

乙川優三郎

――『むこうだんばら亭』『露の玉垣』『麗しき花実』などですでに時代小説の第一人者でありながら、去年『脊梁山脈』で初めて第二次世界大戦後を題材にし、大佛次郎賞に輝きました。新作『トワイライト・シャッフル』も現代小説です。なぜ時代小説から移行したのでしょうか。
乙川 五十代の後半になって、何か新しいことに挑戦しなければならない、そう思うようになりました。思い切るにはどこかで線を引かなければなりませんので、六十という年齢をその区切りと考えました。長生きしたとしても小説を書くには気力と体力の問題がありますから、結果として今挑戦して良かったと思っています。作家としての渇望で、時代小説が嫌になったということではありません。

――『脊梁山脈』は木工や古代史、戦時中の上海など歴史小説と同様か、それ以上に調べ事が多かったのでは。
乙川 そうですね。資料がたくさんあって助かる反面、記述が違った場合にどれを信じるかという問題も出てきます。終戦直後ではありませんが、私も戦後生まれなので、ある部分では近しい世界をこれほど調べることになるとは思いませんでした。およそ知っていることでも確認しなければなりませんから、その作業が大変でした。

――『トワイライト・シャッフル』収録の短篇はすべて平成の物語で、房総半島の海辺の街が主要舞台です。
乙川 昭和とひと口に言っても、戦前から戦後、高度経済成長を経て社会が変化するわけですから、どの年代にするかで小説も変わってきます。今回は平成が舞台ですが、昭和を無視することはできません。私は東京生まれの千葉育ちですから、房総半島を郷土と思っていますし、外房の昔も今も知っています。小説を書く時に心がけて大切にしているのは景色が見えるということで、見えていないと、でたらめを書くことになりかねません。現代小説の短篇は初めてでしたから、習作の意味もあって、見えている場所を舞台にしましたが、『脊梁山脈』にしても、ほとんど行ったことのある場所を書いています。

――原稿用紙三十枚前後で人ひとりの半生や心の綾などを描き尽す筆致は、とても習作とは思えない水準の高さです。
乙川 時代小説の短篇はたくさん書いてきましたが、これほど少ない枚数で書いたことはありませんから、挑戦という意味では習作です。十数年前の新人の頃、五十枚で書いたものを編集者に読んでもらったところ、「藤沢周平なら三十枚で書きますよ」と言われ、頭ではわかりましたが、当時の私には書けませんでした。向田邦子さんの短篇も三十枚あるかないかでしょうが、ひとつの言葉や一行に情感が凝縮されて鮮やかです。同じことを少ない枚数で書けるなら、その方が良質な小説になると思います。

――家計を支えるため、裸婦のモデルになる女性(「ムーンライター」)や異国から移り住み、伴侶をなくした女性(「サヤンテラス」)、都会の暮らしを清算する男女(「トワイライト・シャッフル」)など、地元の住民や来訪者などが登場します。彼らに共通するのは、ここが自分の居場所かどうか自問していることのようにも思えます。
乙川 それぞれの主人公は、私の経験から身近に感じる人をモデルにしています。その意味では「景色が見える」のと同じです。外房は東京から近く、かつては病人が転地療養する土地でもありましたが、今はリゾートホテルや別荘があり、他県の人が終の棲家を建てたり、外国人が暮らしたりしています。都会から見れば田舎ですが、多種多様な生活と人生があります。

――この短篇集には現在の心境を仮託したものや、行く末を想像した私小説風の作品もあるような気がしたのですが。
乙川 この歳ですから、さすがに死は意識しますが、自分の生活の跡が小説に残るのは好きではなく、出来れば、全部消していなくなりたいです。何かしら残したくて書くのではなく、佳いものを書いて、ああ、これならいいだろうと、自分で納得して満足したいだけですね。

――アントニオ・カルロス・ジョビンの曲がほろ苦く、甘美に響く「オ・グランジ・アモール」など作品名はほとんど欧文ですが、これまでの時代小説に近い味わいもあります。また全十三篇のうち、男性主人公は二篇で、あとは女性主人公です。
乙川 時代小説と現代小説で私は文体をあまり変えていませんので、違いを感じさせないとしたら、理由は文章にあるのかもしれません。会話はもっと乱暴な現代風にしてもよいところもありますが、きれいな言葉遣いは今も生きていて、そういう女性の方が美しく見えますよね。いざ書こうとすると、女性の像が浮かび、自然に女性を主人公にしていたようです。これが時代小説となると、女性が生きてゆく環境は現代と違いますから、彼女たちの精神構造にも時代考証が必要になってきます。小説家や読者の中には、昔も今も人は変わらないと捉えている方もいるようですが、江戸時代の人には今の私たちのようには出来なかったことがあることを念頭に置いた方がいいように思います。

――『トワイライト・シャッフル』には、時代を超えて通じる情感や情景が描かれています。
乙川 初めて素晴らしいと思った短篇が井伏鱒二の「山椒魚」で、教科書ではなく、たまたま書店で買って読みました。いつの時代かわからず、主人公も人間ではありませんが、「山椒魚は悲しんだ。」という冒頭の一行通り、感情を持った、人の話ですよね。私の目標は「山椒魚」のように短い、優れた短篇をひとつ書き上げることです。

(おとかわ・ゆうざぶろう 作家)

[→][乙川優三郎『トワイライト・シャッフル』刊行記念特集]平松洋子/この艶。大山脈を母として

判型違い(文庫)

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