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悲しい朝も口惜しい夜も、猫がニャアと鳴けば大丈夫。明日はきっといい日になる――。

深川にゃんにゃん横丁

宇江佐真理/著

1,620円(税込)

本の仕様

発売日:2008/09/22

読み仮名 フカガワニャンニャンヨコチョウ
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 255ページ
ISBN 978-4-10-442204-3
C-CODE 0093
ジャンル 歴史・時代小説
定価 1,620円

深川・寺町、幅一間足らずの長屋横丁は、近所の猫の通り道。白に黒いの、よもぎにまだらが昼寝をしたりあくびをしたり。それにひきかえ雇われ大家の徳兵衛は、今日も店子たちのお世話に大忙し。けれども無病息災、お茶を入れつつ猫に煮干をやれるなら、こんな日々も悪くない。下町の人情と暮らしをあたたかく描き出す連作集!

著者プロフィール

宇江佐真理 ウエザ・マリ

(1949-2015)函館市生れ。函館大谷女子短期大学卒業。1995(平成7)年「幻の声」でオール讀物新人賞受賞。2000年『深川恋物語』で吉川英治文学新人賞、2001年『余寒の雪』で中山義秀文学賞を受賞。著書に『無事、これ名馬』『恋いちもんめ』『夕映え』『深川にゃんにゃん横丁』『彼岸花』『おはぐろとんぼ』『富子すきすき』『寂しい写楽』『なでしこ御用帖』『雪まろげ―古手屋喜十 為事覚え―』、他に『幻の声』で始まる〈髪結い伊三次捕物余話〉シリーズ、〈泣きの銀次〉シリーズなどがある。

書評

波 2008年10月号より 猫と人のユートピアは涙で満たされている

梓澤要

ときどき斎藤月岑の『江戸名所図会』を見る。神社仏閣や旧跡についての詳細な文章もさることながら、長谷川雪旦の精密な挿絵が江戸の実風景を教えてくれる。切絵図を照らし合わせながら眺めれば、なお興味がつきない。
思わぬことを発見することもある。たとえば深川。深川といえば時代小説ファンがイメージするのは、富岡八幡宮とそれを囲むようにして縦横に走る運河、軒を連ねる町家。それもごみごみした長屋群ではなかろうか。風向きによってどぶ川の臭いと潮の匂いが入り混じる町、典型的な江戸の下町、人工の町である。だが、いざ名所図会の「深川の木場」の絵を見ると意外に思うはずだ。
そこに描かれているのは、のどかな水郷の風景なのだ。広々とした水路に筏が浮かび、それに乗って手鉤で操る川並鳶がいる。松や柳、楓の大木が青々と繁り、空地には屋根より高く材木や竹が井桁に組んで置かれ、材木商の家や別荘が点在している。凝った数寄屋造と庭があり、障子を開け放した座敷で談笑している様子がみえる。水路にかかる小橋、小舟でのんびり釣り糸を垂れる人、担ぎ売りもどこかゆったり歩いている。それと目と鼻の先に、大名家や旗本の下屋敷や寺社が広大な面積を占め、その隙間を埋めるように庶民が肩寄せ合って暮らす町がある。それが深川なのだ。
本書の舞台「にゃんにゃん横丁」はそんな場所にある。大抵は野良猫で、町内の住人がかわるがわる餌をやるから、どれも丸々肥えていて人を恐れない。人ひとりが通れる狭い路地に長々と寝そべっていたりする。次々に子が生れ、弱った仔猫を見かねて拾うものだから、大抵の家に飼猫がいる。「にゃんにゃん横丁」は現代人にとっては一種のユートピアであり、町内の人々はユートピアの住人である。
だが彼らは皆、厳しい現実をかかえ、息を喘がせて日々を生きている。棟割長屋の喜兵衛店の住人の大半が家賃もろくに払えない職人や川並鳶など、その日稼ぎとその家族である。酒びたりの絵師の亭主に愛想を尽かしつつ四人の子を抱えてがむしゃらに働く女髪結い。女房が子を連れて他の男に走り、娘に会えない寡男。母親が逃げて父子で暮す川並鳶の一家。儒者の弟子になって将来を嘱望されている自慢の息子を、人間としての筋を忘れるようでは俺の子ではないと義絶する大工もいる。大店の婿だった隠居は、若い頃、捨ててしまった恋仲の女の死が自分のせいではなかったか、いま一度考えたいと単身、移り住んだ。おなじ町内の常磐津の女師匠は、人相見もやって暮らしている。猫たちをいちばん親身に世話している猫好きである。佃煮屋の若旦那は大酒がたたって肝臓をこわし、まだ二十二歳の恋女房を残してこの世を去った。
彼らの悩みや苦しみはそのまま、わたしたちのものである。夫婦の亀裂、家族崩壊、親子の葛藤、親のいない子の寂しさ、思いもかけず襲ってくる死。誰もが自分自身や身の回りの人に同じような経験と痛みを味わっている。心の奥底に癒えぬ傷を抱えて生きている。それが生きることだと諦めてもいる。
だが、一つだけ、にゃんにゃん横丁には決定的に違うことがある。それぞれの事情を放っておかない人間たちがいることである。喜兵衛店の大家(オーナーではなく管理人)の徳兵衛、自身番の書役の富蔵、それに指物師の女房おふよ。幼馴染でもある彼らはたがいに毒づいたりからかいあったりしながら、住人たちのために頭を悩まし、奔走するのである。ことに町内のご意見番のおふよは口うるさいお節介屋で、筋が違うと思えば相手かまわず啖呵を切って皆を閉口させる。そのくせ涙もろくて情の濃やかな女なのだ。地廻りの岡っ引の岩蔵親分も面倒見のいい男で、猫の貰い手まで探してくれる。
できるだけ人との関わりを避けて生きるのが自分を守るすべだとわたしたちは思っている。それが傷つかないための最善の法だと。だから、さながらわが身から血を噴き出させながら啖呵を切るおふよに、胸を衝かれる。
徳兵衛は、猫も人間も同じだと思っている。自分たちも猫たちに囲まれて日々を生き、猫たちと同じようにやがて死んでいく。それでいいのだとしみじみ思っている。そう、それでいいのだ。

(あずさわ・かなめ 作家)

目次

ちゃん
恩返し
菩薩
雀、蛤になる
香箱を作る
そんな仕儀

判型違い(文庫)

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