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レコードばかり聴いていた1986年の冬、忽然と現れ、忽然と消えた女性デュオがいた。

ソラシド

吉田篤弘/著

1,836円(税込)

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発売日:2015/01/30

読み仮名 ソラシド
雑誌から生まれた本 から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 294ページ
ISBN 978-4-10-449104-9
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,836円
電子書籍 価格 1,469円
電子書籍 配信開始日 2015/07/10

むかし写真誌のレイアウター、今は文筆業のおれは、ふと手にした古い雑誌の記事に惹きつけられる。その二人組は愛してやまないアルバムと一番好きな曲が自分と一致し、片割れはかつてのおれと同じくダブル・ベース弾きだった。彼女たち=ソラシドの断片を掻き集め、おれは紡いでゆく――。クラフト・エヴィング商會の物語作者が描く、失われたものの小説。

著者プロフィール

吉田篤弘 ヨシダ・アツヒロ

1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、クラフト・エヴィング商會名義による著作とデザインの仕事を行っている。おもな小説作品に『フィンガーボウルの話のつづき』『つむじ風食堂の夜』『空ばかり見ていた』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『圏外へ』『パロール・ジュレと紙屑の都』『なにごともなく、晴天。』『うかんむりのこども』『電氣ホテル』など。

インタビュー/対談/エッセイ

波 2015年2月号より 本当のこと

吉田篤弘

かれこれ十年ほど前に、新潮社から『針がとぶ』という小説を上梓した。その連作短編集は、表題どおり、レコードの針がとぶように、ところどころ話がスキップして詳細が語られない。意図的にそのような書き方をしたのだが、今回、十年を経て、あたらしい小説を執筆するにあたり、担当編集者のTさんに、「今度は、針がとばない小説を書いてください」と、あらかじめ念をおされた。
じつは、『針がとぶ』に限らず、自分の書いてきた小説は、本来、書かれてしかるべき情景や思い、といったものをスキップさせているものが多い。スキップしないと、自分の「本当のこと」が必要以上に露呈しそうになるからだ。
とはいえ、小説の芯には「本当のこと」というか、隠しておきたいあれこれがドクドクと脈打っているべきで、読者として他人の本を読むときは、「もっとそいつを曝してくれ」と野次を飛ばしている。なのに、いざ、作者の立場になると、「今日はこのへんで」と尻込みしてしまう。本来の自分の一人称は「おれ」なのに、「ぼく」や「私」といったかしこまった自分を楯にして、なるべく恥部を曝さないよう、ごてごてと着込んできた。
が、今回はいわば薄衣一枚で舞台に立ちなさい、というリクエストなので、覚悟を決めて、一人称を「おれ」に定め、自分の経験を、日記をひもとくようにして書いた。舞台は一九八六年と二〇一〇年代の前半=現在である。
一九八六年に自分は二十四歳で、来る日も来る日もさまざまな雑誌のレイアウトの仕事をしていた。世はバブル景気に突入して賑やかだったが、そのころの自分の日記には、華やかな空気から逃げ出して、ひたすら街の路地裏をうろついていた日々が書きなぐってある。毎日、レコードばかり買っていた。そのころは街の至るところにレコード屋があり、出来たてのレコードが世界中から路地裏の少々怪しげな小さな店に届けられた。音楽の世界はインディーズが興隆して成熟期に至り、まったく得体が知れず、何の情報もない未知のレコードを勘だけを頼りに買いあさっていた。そして、日記にもたびたび書いてあるが、とにかくなにしろ路地裏はひどく寒かった。一九八六年は一年中冬みたいで、何よりその冷えた空気をこの小説に書いた。
ところで、タイトルの「ソラシド」は、その一九八六年の冬の空気の中で、人知れず活動をしていた女性二人組ミュージシャンのユニット名である。こう書くと、いかにも実在していたかのようだが、あくまで、この小説の中にだけ存在する架空のユニットだ。
小説の中でも、最初は幻のように実体がなかった。主人公の「おれ」が、わずかな手がかりを頼りに探ってゆくと、次第に幻の輪郭があらわれ、やがて、二人の女性が寒空の下で吐く息までも感じられるようになる――。
それは小説の中の出来事なのに、書きすすめるうちに現実の側にしみ出してきて、終盤を迎えるころには、あの当時、本当に「ソラシド」という名の二人組が誰にも知られることなく音楽をつくっていたのだ、と信じられた。
念頭に置いた「針がとばない小説」は「忘れられたものを取り戻す小説」に発展し、幻であった「ソラシド」をこちらへ引きずり出したことで、ひとまず、リクエストに応えられたのではないかと思う。
が、書き終えたいま実感するのは、こうして輪郭を得て息づいている「ソラシド」の向こうに、名も知れぬ、まったく姿かたちの見えないミュージシャンたちが無数にいたという事実だ。連載の最終回を書き終え、自然と足が向いたのは行きつけの中古レコード屋で、あのころ買いそびれていた未知のシングル盤を見つけて迷わず購入した。知らないバンドの知らない曲だ。針を落として聴いてみると、あてずっぽうで買ったのに、ものすごくいい曲で、気持ちよく聴いていたら、キズがついていたらしく、途中で針がとんだ。
「本当のこと」をめぐる探求は、まだ始まったばかりなのだと教えられた。

(よしだ・あつひろ 作家)

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