帝銀事件が世を騒がせた昭和23年。安城清二の警察官人生が始まった。配属は上野警察署。戦災孤児、愚連隊、浮浪者、ヒロポン中毒。不可解な「男娼殺害事件」と「国鉄職員殺害事件」。ある夜、谷中の天王寺駐在警官だった清二は跨線橋から転落死する。父の志を胸に、息子民雄も警察官の道を選ぶ。だが、命じられたのは北大過激派への潜入捜査だった。ブント、赤軍派、佐藤首相訪米阻止闘争、そして大菩薩峠事件。任務を果たした民雄は、念願の制服警官となる。折にふれ、胸に浮かぶ父の死の謎。迷宮入りとなった二つの事件。遺されたのは、十冊の手帳と錆の浮いたホイッスル。真相を掴みかけた民雄に、銃口が向けられる。殉職、二階級特進。祖父と父の死の謎は、三代目警視庁警察官、和也にゆだねられた。本庁遊軍刑事となった和也が辿りついた真相とは――。
騒然たる世相と警察官人生の陰翳を描く、第一級エンターテインメント。 |
――今回、戦後まもない闇市の時代から全共闘、そして現代まで、東京の谷中を舞台に、警察官三代の人生が描かれていますが、初代と二代目は駐在警官です。なぜ駐在という設定にしたのですか。
佐々木 以前から、警察官の人生をトータルに、時代と重ね合わせて描いてみたいという気持ちがあったんです。それも、カッコイイ刑事が派手に活躍する物語ではなく、地域の制服警官の姿を書きたかったんですね。たまたま、私の自宅が台東区谷中にあるんですが、近所に山の手線内唯一の駐在所があって、取材してみると名物の駐在さんがいることも分かってきて、小説化できる手応えを掴んだのです。
――刑事と駐在ではどんな点が違うのですか。
佐々木 全く違う存在ですね。刑事は正式には捜査員と言いますが、犯罪を捜査し犯人を検挙することがその使命です。一方、駐在は地域の治安を預かる警察官です。両者は使命も任務も異なるし、キャラクターも違う。さらに言えば、倫理観のありようまで違ってくると思います。
――あえてカッコイイ刑事を書かなかった理由は?
佐々木 うーむ。何というか、カッコイイ刑事を描くのは、どうも照れてしまって……。例えば、アルマーニを着て、高級車に乗って派手な消費生活をしている刑事を描くなら、そういう生活をしている理由を書くことが必要だと思う。そもそも地方公務員の給料でそんな生活が可能なのか、と考えてしまうんです。警察官のカッコよさというのは、そんな消費生活に現れるものではないはずです。それは、自分の原則をいかなる場合でも保持できるかどうかだと思います。警察機構という保守的な組織の中で、どれだけ自分の信条を貫けるか。あるいは組織を逆手に取れるか。そこに、警察官の矜持が滲むのではないか。その点、駐在警官は管轄区域に対してたった一人で責任を持たねばなりません。ここに、組織人でありながらも運用や裁量をする場面が出てくる。小説の主人公たり得るドラマ性も人間的魅力も生まれてくるんですね。
――時代や世相も色濃く影響するでしょうね。
佐々木 そうですね。戦後、市民のための警察を合言葉に出発した警察機構が、時代を経てどんな風に変容したのか。最近の警察官の不祥事を見るにつけ、警官三代の人生を通じて、戦後警察の歩みを検証してみたいという思いもありました。
――それは、父から息子への物語でもありますね。
佐々木 警察官の父親にとって、息子が自分の職業を理解してくれているという喜びは、相当深いと思います。実際、警察官の世界では、息子が警察官になると「あの父親は立派な教育をした」と称えられるんです。その血脈と誇り、そして人々が生きた証しや悲劇の記憶を、大きなうねりとして描き出したかった。三代目が吹き鳴らすホイッスルの音に、その心情を込めたつもりです。