ホーム > 書籍詳細:沈黙法廷

周囲で連続する不審死。被告人の女性は証言台で突然口を閉ざした。警察小説と法廷小説が融合した傑作。

  • テレビ化連続ドラマW 沈黙法廷(2017年9月放映)

沈黙法廷

佐々木譲/著

2,268円(税込)

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発売日:2016/11/22

読み仮名 チンモクホウテイ
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 559ページ
ISBN 978-4-10-455511-6
C-CODE 0093
ジャンル 文学賞受賞作家
定価 2,268円
電子書籍 価格 1,814円
電子書籍 配信開始日 2017/05/05

絞殺死体で発見されたひとり暮らしの初老男性。捜査線上に家事代行業の女性が浮上した。彼女の周辺では他にも複数の男性の不審死が報じられ、ワイドショーは「またも婚活殺人か?」と騒ぐ。公判で無実を訴える彼女は、しかし証言台で突如、黙秘に転じた。彼女は何を守ろうとしたのか。警察小説の雄が挑む新機軸の長編ミステリー。

著者プロフィール

佐々木譲 ササキ・ジョウ

1950(昭和25)年、北海道生れ。1979年「鉄騎兵、跳んだ」でオール讀物新人賞を受賞。1990(平成2)年『エトロフ発緊急電』で、山本周五郎賞、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞を受賞。2002年『武揚伝』で新田次郎文学賞を受賞。2010年、『廃墟に乞う』で直木賞を受賞する。著書に『ベルリン飛行指令』『ユニット』『天下城』『笑う警官』『駿女』『制服捜査』『警官の血』『暴雪圏』『警官の条件』『地層捜査』『回廊封鎖』『代官山コールドケース』『憂いなき街』『犬の掟』などがある。

佐々木譲の備忘録 (外部リンク)

書評

都市と女性が鮮やかに立ち上がる

川本三郎

 ミステリは時代を反映する。作家は物語のなかに現代を投げ込む。佐々木譲の新作は、格差社会と呼ばれるようになってすでに久しい現代を犯罪によって鮮明にとらえている。
 東京の北区赤羽の古い住宅地で六十四歳の一人暮しの男性が殺害される。リフォーム工事のセールスマンによって死体が発見されたところから物語が始まる。
 佐々木譲は、犯罪が起る場所に敏感な作家だが、本作では近年、いい居酒屋が多い町として知られるようになった東京の北の盛り場、赤羽周辺が舞台になる。事件が起きた家は、正確には、北区岩淵にある。ちょうど秩父から流れてきた荒川が隅田川と分岐する岩淵水門のあたり。二十三区内で唯一の酒蔵、小山酒造がある。古い町と分かる。戦災にも遭わなかった。銭湯がある。クリーニング店がある。
 佐々木譲は、ミステリは都市小説であり、犯罪が起る場所が肝要と思い定めている。佐々木譲の小説では、つねに町が生活感を持ってとらえられてゆく。佐々木譲の小説を愛読している理由はそこにある。
 被害者、馬場幸太郎の家は瓦屋根の古い一戸建て。父親の代までは荒物屋だった。幸太郎は勤め人となり、リタイヤした。二度結婚したがどちらもうまくゆかず、現在は一人暮し。幸い不動産(アパート、マンションなど)をいくつか持ち、暮しには困らない。
 赤羽警察の刑事が事件を追う。一人暮しの老人の私生活が徐々に明らかになってゆく。この七月に発表された厚生労働省の調査では一人で暮す六十五歳以上の高齢者(「独居高齢者」)の数は二〇一五年の時点ではじめて六百万人を超えたという。被害者の幸太郎は六十四歳だがほぼこの「独居高齢者」の一人といっていいだろう。それが殺された。まさに時代を反映している。
 幸太郎は小金持なので金にはさほど不自由していない。赤羽駅周辺にある「無店舗型性風俗業」(平たくいえばデリヘル)から若い女性を呼ぶ。また、家事をしてもらうために家事代行業(ハウスキーパー)の女性を家に入れる。「独居高齢者」の暮しぶりが浮き上がり興味深い(ちなみに、評者も「独居高齢者」のひとり)。
 幸太郎はデリヘルの女性に料金の他に一万円のチップを渡す。老人のほうが若者より金を持っている。現代の格差社会があらわれている。だから刑事の一人は述懐する。「このところ若い犯罪者を取り調べていて、年配者への憎悪をよく聞く。若い犯罪者たちは、ほぼ例外なしに年寄り世代が金持ちだと信じている」。実際は、「下層老人」という言葉があるように年寄り世代のほうが、貧富の差が若い世代より極端にあらわれているのだが。
 警察の捜査が進む。幸太郎の家に家事代行として働きに来ていた女性が、有力な容疑者として浮かび上がる。山本美紀という三十歳になる女性。
 証拠はないが、彼女の周辺ですでに二人、老人の不審死があったことが決め手になった。折りから、独居高齢者を相手にした結婚詐欺、不審死事件が連続していた。それが不利に働き、彼女は状況証拠だけで逮捕される。かなり強引な逮捕である。裁判員裁判が始まる。
 物語の中盤から、この女性が不幸なヒロインとして鮮やかに立ち上がってくる。山梨県の出身。両親が離婚し、高校を中退した。一度、結婚したが、幼ない子供が事故死したのをきっかけに離婚した。
 これまで、ホテルのベッドメーキング、ビルの清掃、農家の手伝いなどをして生きてきた。格差社会の底辺にいる。なんの資格も持たない彼女にとってハウスキーパーの仕事は有難かった。誠実に働いてきた。
 地味な女性で、性を感じさせない。あまり友達がいない。裁判が始まる。弁護士はなんとか無罪に持ち込もうとするが、もともと口べたな上に、貧しい育ちで人にいいたくない恥しい過去のある彼女は、自分をうまく語ることが出来ない。
 佐々木譲は、この地味な女性に親身になって寄り添う。格差社会の底辺にはこんな女性がたくさんいる。佐々木譲の初期の傑作『新宿のありふれた夜』のベトナムのボートピープルの少女を思い出させる。裁判の結果をここで書くのは控えるが、裁判の過程が丹念に描かれてゆくので、判決に納得する。
 安い賃金で働くハウスキーパーの彼女が、ようやく十条の木造賃貸アパートから板橋のオートロック付きのマンションに引越すことが出来たのを喜んだというくだりはホロリとする。台所のコンロが二つあるのがうれしいと。


(かわもと・さぶろう 評論家)
波 2016年12月号より

インタビュー/対談/エッセイ

逮捕から始まるドラマを書く

佐々木譲

――『沈黙法廷』は、警察小説と法廷ミステリーが融合した意欲作です。
佐々木 警察小説をずっと書いてきた身として言えば、警察小説では、真犯人の逮捕で事件が解決し、主人公の刑事たちもそれで達成感が得られます。しかし、現実の事件を見ていけば、決して犯人の逮捕で事件が終わるわけではないと気づいてきたのです。誰かが殺されたという事実があって、犯人が逮捕され起訴されたとしても、法廷で適用される法律は必ずしも殺人罪とは限らないし、冤罪という可能性もあります。特に否認事件の場合は、裁判という場でもう一度解決しなければならない。逮捕のその先のドラマを書いてみたいと思いました。

――裁判を小説で書くことに、以前から関心があったのでしょうか。
佐々木 二十年以上前になりますが、東海銀行秋葉原支店不正融資事件の裁判を傍聴したことがあります。バブル期の金融犯罪を法廷小説として書けないかと考えて、十回くらい傍聴に通ったのですが、当時の裁判は一ヵ月に一度程度しか開かれなくて、なにしろ時間がかかるし、こちらもだんだん飽きてくる。結局、書きませんでした。

――それで『沈黙法廷』が初めての法廷小説になったわけですね。
佐々木 二〇〇九年から裁判員裁判が始まって、日本の裁判も欧米型、劇場型の裁判に近づいてきています。それなら公判の様子を正確に臨場感をもって描き出して、面白い小説にできるのではないかと考えたのです。アメリカのTVドラマ『ロー&オーダー』が好きで、ずっと見ていますが、あのように前半が警察の捜査、後半が裁判という二部構成にすることで、今なら書けると思いました。

――新たに裁判の傍聴や取材もされたのでしょうか。
佐々木 都内で起きたある殺人事件の公判を、第一回から判決言い渡しまで、ほぼ全部、傍聴しました。ほかの事件も見ましたので、全部で二十回以上、法廷に行っているでしょう。取材をして驚いたのは、日本の裁判では公判前整理手続で非常に綿密にストーリーが作られるということです。弁護側と検察側の駆け引きはここから始まっていて、実際の公判より面白いかもしれないとさえ思いました。

――『沈黙法廷』でも、公判前整理手続の場面が一つの見せ場になっていますが、そこで裁判の大筋が決まってしまうと、小説としては困りますね。
佐々木 そこで最後まで話が見えてしまっては、小説、とりわけミステリーにはならない(笑)。しかし、検察側が出してくる証拠に対して、弁護側が別の意味を発見できれば、それを材料にして被告の犯人性を否定することができます。公判前整理手続では手の内を見せずに証拠を出させておいて、公判で引っ繰り返すことが可能です。現実の裁判でも、そうした場面を目のあたりにしました。

――現実でも小説でも、やりようによってはドラマチックにできると。
佐々木 野球にたとえれば、検察側と弁護側が一イニングごとに逆転する試合でないと面白くない。もちろん、検察側も弁護側も、論理性、合理性の戦いです。証人尋問から最終弁論まで、検察側の勝ちか、それとも弁護側が正しいのか、表と裏で論理の逆転を作っていかなければなりません。全部そうはならなかったかもしれませんが、一イニングごとの逆転をできるかぎり意識して書いたつもりです。検察側の質問は検察側になりきって書き、弁護側の場面は百パーセント弁護側になりきろうと努めました。

――弁護側の立役者になる矢田部弁護士にはモデルがいるのでしょうか。
佐々木 風貌や経歴を詳しくは書いていません。長身でスーツが似合うというくらいしか描写していませんが、モデルはいます。いくつかの公判でその活躍を見て、この人なら小説のモデルになると確信しました。その人のイメージを借用しています。

――被告となるのは、経済的に厳しい境遇に置かれてきた、三十歳の家事代行業の女性です。
佐々木 近年、若い世代がとてもひどい状況に置かれています。職がない、あっても非正規で、展望が見えない……。私が若い頃には考えられなかった状況です。エンターテインメントを書くからには、そうした若い世代の貧困を正面から取り上げないわけにいかない。テレビのワイドショーのように、本当は信じてもいない倫理観に拠って、貧しい人を頭ごなしに叩く風潮には我慢ならないのです。シングルマザーやひとり暮らしの女性の犯罪がセンセーショナルに報道されますが、そのような状況にまで追い詰められてしまった女性の足跡を描いてみたかった。自分の周囲にバリアを作って、その内側で身を固くして生きている女性を描いてみたいと思いました。

――有罪か無罪か、判決が下ったあとの彼女の姿がとても感動的です。今後も法廷小説を書く予定は?
佐々木 警察小説では、ある種のファンタジーが読者との間に共有されていると思います。だから、警察機構の描写が現実と多少違っていても納得してもらえる。しかし、法廷小説にそのようなファンタジーは共有されていません。厳格な法律と手続に従わなくてはならない世界、大きな嘘は書けないし、逃げが通用しない世界です。日本の裁判を正確に描くのは、とても負荷が高い仕事だとわかりました。同時に、とてもやりがいのある世界ではあると思います。これで回答にさせてください(笑)。


(ささき・じょう 作家)
波 2016年12月号より

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