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妻も、読者も、騙される! 『悪人』の作家が踏み込んだ、〈夫婦〉の闇の果て。

愛に乱暴

吉田修一/著

1,728円(税込)

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発売日:2013/05/22

読み仮名 アイニランボウ
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 346ページ
ISBN 978-4-10-462806-3
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,728円
電子書籍 価格 1,382円
電子書籍 配信開始日 2013/11/08

これは私の、私たちの愛のはずだった――。夫の不実を疑い、姑の視線に耐えられなくなった時、桃子は誰にも言えぬ激しい衝動に身を委ねるのだが……。夫婦とは何か、愛人とは何か、〈家〉とは何か、妻が欲した言葉とは何か。『悪人』『横道世之介』の作家がかつてない強度で描破した、狂乱の純愛。本当に騙したのは、どちらなのだろう?

著者プロフィール

吉田修一 ヨシダ・シュウイチ

1968(昭和43)年、長崎県生れ。法政大学経営学部卒業。1997(平成9)年「最後の息子」で文學界新人賞。2002年『パレード』で山本周五郎賞、同年発表の「パーク・ライフ」で芥川賞、2007年『悪人』で大佛次郎賞、毎日出版文化賞を、2010年『横道世之介』で柴田錬三郎賞を受賞。ジャンルにとらわれない幅広い作風と、若者の心情をみずみずしく描き出す筆致の確かさに定評がある。ほかに『東京湾景』『長崎乱楽坂』『女たちは二度遊ぶ』『初恋温泉』『静かな爆弾』『さよなら渓谷』『元職員』『キャンセルされた街の案内』『平成猿蟹合戦図』『太陽は動かない』など著書多数。

目次

一 猫を捨てる人
二 愛、名誉ならびに権力
三 日陰の女
四 それぞれのパニック
五 高熱の夜
六 町医者の診断
七 ママと呼ぶパパ
八 不審火が続く
九 他のお客様もおられますので
十 猫の出入口
十一 夫の歩き方
十二 軽い。軽い。軽すぎる。
十三 桃子の日記
十四 助けて下さい!
十五 孫のお嫁さん
十六 私、聞いてたんです。
十七 深夜の帰宅
十八 警察呼びますよ!
十九 悪いのは俺
二十 ありがとう

インタビュー/対談/エッセイ

波 2013年6月号より [吉田修一『愛に乱暴』刊行記念特集] 【インタビュー】必然性とか衝動みたいなものは

吉田修一

『愛に乱暴』は何小説と呼べばいいのでしょうね。初瀬桃子という主婦が夫に不倫をされる、という設定の長篇小説なんですが、恋愛小説とか、そんな言葉があるのかどうかわかりませんが夫婦小説とか呼んでみても、間違いではないけれど、かなり違う味わいもあるし、内容もはみ出している。ミステリーの要素も大きいのですが、ミステリー小説とも呼びにくい気がする。そんなジャンル不明の小説になりました。
主人公の桃子が、書き手の目から、中々わかりづらい人だったということも原因のひとつかもしれません。今までの小説だと、登場人物の背中のすぐうしろに立っている、ような感じで書いてきたんです。人物の匂いが嗅げ、思考が読み取れるくらいまで接近して書いていた。でも桃子に関しては、二メートルくらい離れて書いたように思えます。
これは僕が桃子に興味や好意を持たなかったせいではなくて、作者が言うのもアレですけど、彼女はすごく気になる女性なのに、うまく理解しきれなかったからです。この小説を書き始めてすぐに、(あれ、彼女のことを理解できない)と気づいた。ということは、心情を書くと嘘になるわけだから、彼女の行動だけを追っていこう、と決めたんです。だから、例えばチェーンソーを買う場面でも、「何か気になって」というような心理を書かずに、ただ買う、という具合にしていった。おかげで、なぜ彼女がそんなものを買うのか、作者も深くわかっていないのだから、けっこう怖さが出た。「あ、このひと、チェーンソーを持って帰って、まず畳を切るんだな。怖いな」と桃子を追いかけながら、その場その場で作者も知っていく、そんな不思議な書き方になりました。もちろん、なぜ畳を切って、その次にはなぜあんなことをするのかという漠然たる理由は作者も持っているんですよ。でも、何と言うのか、必然性とか衝動みたいなものは作者ではなく、登場人物のそれを使ったのかもしれません。
一方で、桃子の旦那である真守のことはわかるんです。彼の性格や思考は想像できるから、かえって僕にはそれほど魅力がないし、あまり書くことをしなかった。桃子で一番わからなかったのは、なぜこの程度の男を結婚相手に選んだのか(笑)。
だから、やはり恋愛や夫婦関係がテーマではないんでしょうね。いろんな方向から、〈桃子の居場所〉あるいは〈居場所のなさ〉を書きたかったのだと思います。小説を書きながら桃子と長く付き合ううちにわかってきたのは、彼女は「全てには理由がある」と思ってしまう人なんですね。ここにいる理由、結婚する理由、家を出る理由……「理由なんてないんだ」と思えた方がもっと気軽に先へ進めるかもしれないのに。もうひとつ、地方出身で、仕事をやめ、子供もおらず、夫に不倫された専業主婦として、きちんとした〈肩書〉がなくなったことが彼女を不安定にさせたのかなとも思います。母でも妻でも娘でもない彼女には居場所がなくなってしまう。
桃子が住んでいるのは具体的に存在する街ではなくて、僕が昔住んでいた南荻窪と千歳烏山を足したようなイメージです。この小説の中で、自分に近い人物がいるとしたら、桃子の家近くの安アパートに住む李くんですね。彼は「ゴミの分別ができてない」と疑われるけれど、僕も絶対に疑われてたと思うんですよ(笑)。生活の時間帯やリズムが違うせいで、地域にあからさまに嫌がられていたんじゃないかと。当時は、こっちを嫌がっている人たちを、なんで自分たちが絶対的に正しいと思えるのか単純に不思議に思ってましたね(笑)。夜も早くから真っ暗な住宅街の中で僕の部屋だけが煌々と電気がついて友達が出入りしたりするのですから、「ヘンな人が住み始めて迷惑」と嫌がられて当然なんですけどね。
でも、こっちも歳を重ねてくると、当り前なんだけれど、嫌がる側の人たち、つまり一般的な方に寄っていて、寄ってみれば、そっちはそっちで決して悪い人たちではないし、実はさほど自信を持って暮らしているわけでもないとわかってくる。スカッと割り切れないそんな人たちが、どこの街にも大勢住んでいる。ごく普通のことです。でも、そんな街には居場所がないとふいに気づかされた女性がいたらどうなるのだろう、どんな行動を取るだろう――そんな桃子の戦いがどんな結末を迎えるか、『愛に乱暴』を読んでもらえたらと思います。

(よしだ・しゅういち 作家)

判型違い(文庫)

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書評

波 2013年6月号より

[『愛に乱暴』刊行記念特集]
泣いてくれて、よかった
宮崎香蓮



 吉田修一さんは長崎出身で、そのせいか映画になった『横道世之介』の主人公・世之介も長崎から大学へ入るために上京してくる。私も長崎(吉田さんは長崎市、私は島原市)なので、世之介には何だか親近感を持って大いに肩入れしてしまった。読者の身勝手と言えば身勝手なのだけれど、そういうのって人情みたいなもので仕方がない。地方出身者ならみんな覚えのあることじゃないかな、と思う。
 私が生まれる前には亡くなっていたが、祖父は宮崎康平といってモノを書く人だったから、家には古い本が沢山あったし、母が熱心な本読みだしで、私も自然と本を手に取るようになった。ふらっと目についた書店に入り、文庫本を買い漁り、バッグにはいつも一冊は入れている。母は上京してくると、飛行機で読んだ本を私に貸してくれ(荷物になるから娘が本好きなのを幸いに置いて帰る、と言うべきかも)、おかげでいろんな作家を知ることができた。GWに私の様子を見に来て、村上春樹さんの『多崎つくる』を東京に置いていってくれたところだ。私はお風呂でゆっくり読書をする癖があって、繰り返し読む愛着のある本ほど湿って(たまには湯槽に落として)ぺこぺこになってしまうのが残念なのだが、これも本好きなら多くの人が経験することだろうと思う。
 で、吉田さんの新しい長篇小説『愛に乱暴』だ。真ん中あたりで、「え、あああ!」とゲラの束を湯槽に落しそうになった。ネタばれになるので詳しく触れてはいけないだろうが、吉田さんにうまいこと騙されていたのだ。吃驚。愕然。衝撃。作者が読者にバンッとボールを激しく投げつけて逃げ、読者はあたふた驚いて満足する、みたいなタイプのミステリー小説があって、そういうのも好きだけれども、『愛に乱暴』はそこではまだ終わらない。大きな〈騙し〉が作者によって明かされた後、小説の後半は人間の魂の奥へと入っていく。これは読むのをやめられない。食いしんぼう丸わかりの比喩で恥ずかしいのだが、おいしいラーメンを食べている途中にラー油とか酢とかを入れて、ひと皿なのに味が変わって、深まって、二度愉しい、お得、みたいな感覚。
 これも本好きならありがちのことか、私は好きな本の登場人物には会ってみたくなる。世之介に会いたいし、他の作家の方の作品だと、『神様のボート』の母娘や『死神の精度』の死神など、彼らにぜひ会いたいと思いながら読んできた。『愛に乱暴』の主人公の初瀬桃子さんにも会ってみたくなったけど、このひとは裏表もあって、なかなか手ごわそうな感じの女性。実際、小説を読む限りでは友達が少なそうでもある。
 もっとも最初の方から、私は桃子に味方して読んでいった。吉田さんが巧みに桃子包囲網を張り巡らせているので、突飛な行動を取ったり意味の分からない自信を持ったりする彼女を、それでも応援せざるをえなくなるのだ。私は結婚も不倫も妊娠もしたことがないけれど、彼女の孤独がひりひりと伝わってくる。夫の真守は他の若い女性に走り、優しい舅は病に倒れ、姑はあくまで真守の味方しかせず、以前勤めていた職場に行くとたまらなく嫌なことを聞かされ、しかもどうやら真守の不倫相手は身ごもったらしい。だんだん桃子は追い詰められていき、彼女に感情移入して読んでいる私たちはどんどん胸苦しくなっていく。近所の奥さんの噂話を同情半分野次馬気分半分で聞いている感じだったのが、後半ではもう桃子の肩を抱いて話を聞いてあげている気分になってきて、最後の方で気の強い彼女がついに泣き始めた時には、ああ泣いてくれてよかった、と心底思った。そして、読者も一緒に、潜水で長く泳いでいたプールからやっと浮かび上がって、大きな、気持のいい深呼吸をする感じのラストがやってくる。屈折し逃避していた桃子に変化が訪れて、光り輝いてくる。吉田さん、まったく女性の心理を追いかけていくのが上手いなあ。真に迫っていて、女性作家の方が書いたと言われても何の不思議もない。
 もうひとつ。冒頭思わせぶりに登場してから、しばらく出てこない李青年。あれ、彼は忘れられたのかなと思う頃、この人物が桃子の人生にさっと絡んでくる。この扱いの見事さ! 彼の言葉には桃子も、私たちも洗い流される。今まで読んできた中で最強の言葉のひとつ。
『愛に乱暴』というタイトルや、冒頭から現われる不倫あるいは夫婦関係の危機といった題材から、もっとドロドロした激情系の内容を想像していたのだけれど、これはとても美しい、主人公も読者も浄化される小説だった。きっと、母に貸してあげたら、大喜びするだろう。
(みやざき・かれん 女優)

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