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あの子を笑わせたい、何かをしてあげたい。
青春小説の傑作が誕生!

君が夏を走らせる

瀬尾まいこ/著

1,620円(税込)

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発売日:2017/07/31

読み仮名 キミガナツヲハシラセル
装幀 中島梨絵/装画、新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 286ページ
ISBN 978-4-10-468603-2
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,620円

金髪ピアスでろくに高校も行かずふらふらしている俺が、先輩の小さな子どもの面倒をみる羽目になった。泣きわめかれたり、ご飯を食べなかったり、最初は振り回されっぱなしだったけど、いつしか今まで知らなかった感覚が俺の心を揺り動かしていた――。16歳の思いがけない奮闘を描いた、感涙必至の新しい青春小説。

著者プロフィール

瀬尾まいこ セオ・マイコ

1974(昭和49)年、大阪府生れ。大谷女子大学国文科卒。2001(平成13)年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年単行本『卵の緒』で作家デビュー。2005年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞を、2008年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞を受賞する。他の作品に『図書館の神様』『優しい音楽』『温室デイズ』『僕の明日を照らして』『おしまいのデート』『僕らのごはんは明日で待ってる』『あと少し、もう少し』『春、戻る』など多数。

書評

大田君、逢いたかったよ。

あさのあつこ

 大田君にまた、逢えた。
 中学校駅伝大会で市野中学陸上部の2区を走った選手である。
 小学校のときから、名うての悪ガキで、中学に入学してもろくに授業にも出ず、体育館裏やテニスコートで煙草をふかしていた少年でもあった。前作、『あと少し、もう少し』で初めて出逢った大田君は、絵に描いたような不良少年でありながら、強い個性を放ち、独特の雰囲気を纏っている。もっとも、これは、大田君に限ったことではない。市野中学陸上部の面々は誰もが、個性的で独特だ(わたしは、4区の走者、渡部くんのややこしい優しさが好きでした)。さらに言うなら瀬尾まいこの手法とは、大きなストーリーの中に人を投げ入れるのではなく、作家としての彼女がじっくりと丁寧に捉えた人間、一人一人を描くことで、いつのまにか人間の物語を形作っていくもの……と、わたしは勝手に感じていた。
 それは、10年ちかく前に、デビュー作『卵の緒』を読んだ時から、一貫して変わらない。派手な場面があるわけでも、特異な出来事が起こるわけでもない作品の中で、瀬尾まいこの生み出した人間は、ひっそりとしかし、強靭に立っている。真夏の、真昼のグラウンドにくっきり刻まれた若い影のように鮮烈に、そこにある。
 大田君もそうだった。
 分数でつまずいて、自分を落ちこぼれと自分で決めつけているこの少年は、しかし、実に哲学的でありながら現実的な思考をする。現実に即して問題を解決していきながら、解決していくたびに生きていくために必要な小さな糧、思考力とか希望とか知識とか情報とか他人との結びつき方を学んでいくのだ。したたかで、知的で、寛容で、順応能力に長けて、優しい。
 まさに、子育てにはうってつけの資質だ。
 大田君に1歳10カ月の愛娘鈴香を託した中武先輩は、そこまで見抜いていたのか、それとも、野性(?)のカンで託するに値する相手と察知したのか。
『君が夏を走らせる』。このタイトルと大田君の登場で、わたしはてっきり、これは高校生ランナーの物語だと思い込んだ(もともと思い込みは人一倍強い)。しかし、違った。作品の中には一度も陸上の試合は出てこないし、部活の風景もほとんどない。唯一、公園での中学陸上部との走りがあるだけだ。全編、ほぼ、大田君の鈴香を相手にした奮闘ぶりが綴られている。
 16歳の少年が、2歳前の幼児の母親代わりをする。遊び相手になり、食事を作り、公園に連れ出し、オムツを換える。
 正直、読みながらはらはらした。3人の子育てを曲がりなりにも体験した者からすれば、大田君の子守りは、はらはらどきどきの連続なのだ。
 大田君、そこで抱っこしてやらなくちゃ。そんなに焦っちゃ駄目だよ。もうちょっと小まめにオムツ交換して。ウンチをしたら女の子は前の方もきれいに拭いてやらないと云々。もう、はっきり言ってお節介な姑状態である。
 人が人を育てるのは自然でありながら至難だ。まして、16歳の少年だ。あー、危なっかしい。あー、心配だ。
 しかし、鈴香のお母さんが言ったとおり「大田君なら大丈夫」だった。彼は人としてちゃんと人を育てられる人だった。しかも、一方的に鈴香の世話をするだけでなく、鈴香から多くを学び、鈴香を通して多くを吸収していった。公園でのお母さんたちとの会話、子どもたちとの繋がり、中学の後輩たちとの走り。そこから彼が掴んだものが、読後、静かに胸に染みてくる。
 それで、理解できた。
 これは、人と人が本気で向かい合ったとき、何が起こるのか。それを描いた物語なのだと。大田君と鈴香、二つの個がぶつかり、結びつき、火花を散らし、風を招き、葉を茂らせる。たった一つの、どこにもない物語なのだと。
 最後、「ぶんぶー」と手を振る鈴香の仕草がせつない。大田君がせつない。大田君、鈴香はまだ2歳にもなっていないけれど、忘れないと思うよ。君が走った夏のことを幼い記憶の中にちゃんととどめているはずだよ。
 子どもって、すごいからね。

(あさの・あつこ 作家)
波 2017年8月号より

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