ニッポンジンヨ
日本人よ!


イビチャ・オシム 長束恭行

日本人と日本サッカーの未来について、全てを話そう。世界初の独占手記!

「サッカーとは人生である。どちらもいつ何が起こるかわからないからだ」「成功するためには、頭脳とちょっとした自信が必要だ」代表監督に就任して一年、稀代の名将は日本と日本サッカーに何を思い、これからどうしようとしているのか。すべての日本人に贈る、新しい勝利へのメッセージ!

発行形態 : 書籍
判型 : 四六判
頁数 : 190ページ
ISBN : 978-4-10-505571-4
C-CODE : 0075
発売日 : 2007/06/29

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新・オシム語録

イビチャ・オシム
Osim,Ivica

サッカー日本代表監督。1941年サラエボ生まれ。1962年サラエボのFKジェリェズニチャール・サラエボでプロデビュー。旧ユーゴスラビア代表のフォワードとして、1964年の東京五輪に出場し、1968年の欧州選手権では準優勝を果たす(大会ベストイレブンに選出)。1978年、フランスのRCストラスブールを最後に現役を引退。その後、古巣ジェリェズニチャールの監督を経て、1986年旧ユーゴスラビア代表監督に就任。1990年イタリアW杯でベスト8に導く。また、1991年には当時兼任していたパルチザン・ベオグラードの監督として来日し、日本代表と親善試合を行う。その後、ギリシャやオーストリアのクラブ監督として実績を残し、2003年1月ジェフユナイテッド市原(当時)の監督に就任。2005年、同チームをナビスコ杯優勝に導く。2006年7月、日本代表監督に就任。



長束恭行 
プロローグ
第一章 日本人とサッカー
第二章 代表が意味するもの
第三章 監督という仕事
第四章 進化するJリーグ
第五章 敵か味方か
エピローグ


波 2007年7月号より

新・オシム語録
長束恭行

オシム監督が海外メディアと本書取材で語った名言を初公開。ここから我々は何を学ぶのか。

「個人的には我々が成功することに疑いを持っていない。何が成功かは主観的な評価に関する事柄だが、私の考えでは、どんなメダルであっても獲得すれば『成功』と言えよう。もちろん、私たちには義務があるし、金メダルを目指して戦うつもりだが、他の者だって同じ願望を持っている」
(一九六四年十月 ユーゴスラビア〈クロアチア〉/スポルツケ・ノヴォスティ紙)

――東京五輪直前の選手としてのオシムのコメント。客観性を重視する彼の性格が当時から垣間見える。オシムは強豪国ハンガリーと開催国の日本相手にそれぞれ二ゴールを決めるも、ユーゴスラビアはメダルを獲得できずに終わった。

「サッカーは政治ではないし、政治にしてはいけないものだ。私は政治家ではない。ユーゴスラビア代表は最高の選手たちが集まったグループである。代表は現在の国情よりも上に位置すべきものであり、今は全員が同じ課題を持っている。私たちのサッカー、そして私たちの国をより良くアピールするため、全てをやらなくてはならないのだ」
(一九九〇年五月 ユーゴスラビア〈クロアチア〉/ヴェチェルニ・リスト紙)

――五月二十日にW杯代表メンバーを発表した記者会見にて。会見は一時間に及び、噴出する民族問題に関連した質問も飛んだ。オシムの思いもむなしく、直後にクロアチアのザグレブで行われたオランダとの親善試合では、ホームのユーゴスラビア代表にブーイングが浴びせられた。

「これは私の個人的な決断だ。しかし、何のためかを話すつもりはないし、説明するつもりもない。なぜなら、君たちがそれを良く分かっているからだ。ほかに何もできないのならば、辞任はあの街のために私ができる唯一のことだ。私がサラエボで生まれたことは君たちも覚えているだろう。何が起こっているか君たちはご存知だろう……」
(一九九二年五月 ユーゴスラビア代表監督辞任会見)

――故郷サラエボがセルビア人勢力に包囲され、無差別砲撃を受けていることに対し、オシムは一九九二年五月二十三日、ベオグラードで記者会見を開いてユーゴスラビア代表監督辞任を発表した。のちにUEFAは国連制裁に倣って、同国の欧州選手権出場停止の処分を決めた。

「愛国心をモチベーションにすることはあるだろうが、行きすぎてしまっては醜いだけだ。選手たちは自国のユニフォームに袖を通した時に、自ずと自分の中にモチベーションが湧き上がることは分かっている。けれども、愛国心を誇張したり、あるいは、逆方向に選手たちが誘導されてしまったりしては、プレーそのものができなくなってしまう。『負けてしまったならば、もう日本人でもなければ愛国者でもない』なんて後々考えてしまう状況に選手たちを導いたら、それはもう悲劇なのだよ」

――自らの経験から「愛国心は操作されるだけに危険なものだ」と語るオシムは、「愛国心で自己証明する必要は日本にはない。日本は歴史を通してその段階を通り過ぎたのだ」と述べ、日本が世界の見本になるよう訴えた。

「ああ、私の戻る家がどこか判ったならばね……」
(二〇〇五年九月 クロアチア/スポルツケ・ノヴォスティ紙)

――友人でもあるクロアチアのジャーナリスト、サモヴォイスカ氏に「故郷に戻ることをしばしば考えたりするか?」と聞かれた時のコメント。

「ジャーナリストは自分の仕事をし、それで彼らが生活していることを人々が時々忘れてしまうことも問題だ。忘れようなら、ジャーナリストは色々と書き立てる。他にやることは無いのだ。新聞を売るためにも、彼らはそのように書かねばならないのだよ。しかし、我々は何かと自分のことを書き立てられ、失望させられるものだ。けれども、そういうものなのだよ。書き立てられることで酷く落ち込むことや、衝撃を受けることが私にもあるとはいえ、我を失う必要はない。国民は新聞を読んでいる。しかしながら、ジャーナリズムに従事している者たちに服従することは許されないのだ」

――海外組招集に関してメディアが批判していることを尋ねると、「そんなことはユーゴ時代に経験済みだ」と一蹴。一九九〇年W杯の直前を「ベオグラードでは全ての新聞が私に対して批判的だ。クロアチアでも。ジレンマがないほど、批判一色だった」と振り返った。

(ながつか・やすゆき クロアチア語通訳・ジャーナリスト)
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