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二番目の妻と出会う前に、いっそ死んでしまえばよかった――文豪が最も愛した妻の物語。

ヘミングウェイの妻

ポーラ・マクレイン/著、高見浩/訳

2,592円(税込)

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発売日:2013/07/31

読み仮名 ヘミングウェイノツマ
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 458ページ
ISBN 978-4-10-506471-6
C-CODE 0097
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 2,592円

1920年代パリ。若きヘミングウェイと、物心両面で夫を支える最初の妻ハドリーは、貧しくとも愛に溢れた日々を送る。だがフィッツジェラルド夫妻ら裕福で奔放な友人との交遊のなかで、やがてふたりの絆は葛藤と裏切りに塗れてゆく……。史実と文学的想像力が美しく融合した、全米120万部のドラマティックな恋愛長編。

著者プロフィール

ポーラ・マクレイン Mclain,Paula

1965年、カリフォルニア州生まれ。両親が育児を放棄したため、二人の姉妹とともに、さまざまな里親のもとを転々としながら育つ。看護助手やピザ配達などで生計を立てながらミシガン大学で詩作を学び、1999年に最初の詩集を出版。自伝『Like Family:Growing Up in Other People's Houses』、詩集『Stumble,Gorgeous』、小説『A Ticket to Ride』を発表したあと、本作がベストセラーとなり、映画化も決定している。現在は家族とともにクリーブランドに住み、ニュー・イングランド・カレッジで詩作を教えている。

高見浩 タカミ・ヒロシ

1941年、東京生まれ。出版社勤務を経て翻訳家に。主な訳書に『羊たちの沈黙』『ハンニバル』『ホット・ゾーン』『ヘミングウェイ全短編』『日はまた昇る』『武器よさらば』『サラの鍵』『父と息子のフィルム・クラブ』『ヘミングウェイの妻』『思い出のマーニー』など。著書に『ヘミングウェイの源流を求めて』がある。

書評

波 2013年8月号より 妻目線の『移動祝祭日』

鴻巣友季子

「綺麗な女の子とデューク・エリントン以外は要らない。あとはみんな醜いから」と書いたパリの作家ボリス・ヴィアンはアメリカとジャズに憧れたが、1920年代のアメリカのアーティストたちは逆に狂騒のパリを目指した。そんな「パリ時代」の光景は、最近ではウディ・アレン監督の「ミッドナイト・イン・パリ」に描かれたとおり。この映画の中で、未来から来た小説家志望の男は夜の街でT・S・エリオットと出くわし、カフェではヘミングウェイにゴマをすり、ガートルード・スタインに習作を読んでもらう。
そんなに次々と大物に出遭えるわけがないと言うなかれ。当時のパリでは、ピカソ、ダリ、マン・レイ、ブニュエル、コクトー、ジョイス、ベケット、エズラ・パウンド、フィッツジェラルド夫妻、コール・ポーターらが、〈ル・ドーム〉でお茶を飲み、〈ミショー〉で牡蠣を食べ、〈シェイクスピア書店〉に寄ったりしていたのだ。
この輝ける交歓図については、そもそもヘミングウェイが『移動祝祭日』という自伝的作品に綴っていて名高いが、本書『ヘミングウェイの妻』は作家の一人目の妻ハドリー・リチャードスンの視点でこの時代を描きだしているのだ。
二十一歳のアーネストと出会ったときのハドリーは二十九歳。母親の介護で婚期を逃したらしく「化石みたいな歳」だと言う、素朴で性格の良い女性。文学の好みもオーソドクスで、当世の文学よりヘンリー・ジェイムズをこよなく愛しているが、アーネストの才能をすぐに見抜く。例えばこんなくだり。
「あなたって、とても才能があると思う」彼の目を見つめながら、わたしは言った。「わたしはヘンリー・ジェイムズにのめりこみすぎたのかもしれない。まったくちがうわね、あなたの書くものは」
これが『移動祝祭日』だとこんな風に描かれていた。お金がない二人にとって書店兼貸出図書室の〈シェイクスピア書店〉は楽園だ。初めてハドリーを連れていく場面。
「そのお店にヘンリー・ジェイムズもあるかしら?」/「まず間違いなくね」/「わあ素敵」妻は言った。「あたしたち、幸運ね……」
夫の視点では割合あっさり書かれるハドリーのヘンリー・ジェイムズ熱の奥に、著者のマクレインはドラマを想像して肉付けした。『武器よさらば』に描かれるイタリア人看護婦との思い出。パリへふたりを送りだすことになった大作家シャーウッド・アンダスンとの複雑な関係。ふたりはまずカルディナル・ルモワーヌ通りのアパルトマンに落ち着く。
ハドリーが夫の原稿や草稿を一切合財、旅行鞄に詰めこんで持ち出し紛失してしまう有名なエピソード(マクドナルド・ハリスの小説『ヘミングウェイのスーツケース』の題材にもなっている)は、『移動祝祭日』では、それを打ち明けるハドリーは「泣きじゃくるだけだった」といった記述で端的に語られるが、本書ではもっとドラマティックだ。全体にあざやかな描写が五感をくすぐり、迷路のような市場に並んだ鹿肉、猪の肉などの匂いがし、ポン・ヌフ橋の下を通る艀のたてるさざ波までが見えるよう。
リヴィエラのラパッロのホテルでの一幕はことさら印象的だ。ふたりが午後、ホテルの部屋にもどると急に雨が降りはじめ、やみそうになくなる。ハドリーは「おなかがすいちゃった、わたし」とか、「また髪を伸ばしたい。男の子みたいなヘアには飽きたから」とか、夫に話しかけて気をひこうとするが、読書中のアーネストはまともにとりあわない。
そう、著名な短編「雨の中の猫」にそっくりな場面だ。短編の妻は雨の庭にいた猫を想い、「とにかく、猫がほしいわ」「猫がほしい。いますぐほしいわ」と言い募る。『ヘミングウェイの妻』のハドリーはまだ子どもは早いと言う夫に妊娠の可能性を告げ、「わたし、赤ちゃんを産むの」「この赤ちゃんが欲しいの、わたし」と言い張る。「雨の中の猫」の「猫」とは何かをめぐり様々な読み解きがなされてきたが、マクレインはこのような解釈をしたのかもしれない。
ただしハドリーの懐妊、出産を境に、夫婦の関係は変わりはじめ、アーネストはポーリン・ファイファーに心を移していく。善良なハドリーの静穏な語りのところどころに挟まれる、アーネストの独白のような章が毒味と衝撃を添えている。そして『日はまた昇る』の舞台となったパンプローナ牛追い祭の描写の圧巻の美よ。それにしても本書を読むと、むしろフィクションの方が時に真実を如実に映しだす気がするから不思議だ。切れ味の鋭い一冊。

(こうのす・ゆきこ 翻訳家)

書評

この作品は、単に1920年代の“パリのアメリカ人”の哀歓を描くにとどまらない野心的な試みである。読者はヘミングウェイの最初の妻ハドリーの目を通して、一人の無名の若者が有為な作家になろうと苦闘した明け暮れを目にするだろう……。この若者は、まだマッチョの仮面をかぶった“パパ”ではない。死の幻影に怯える傷つきやすい魂の詩人だが、努力の末に産み出した彼の独創的な文体がアメリカの小説を変えたことは事実なのだ。
――ワシントン・ポスト紙

ヘミングウェイの陰に隠れていた最初の妻ハドリー。彼女の愛と苦悩を、生き生きと甦らせたノンフィクション・ノヴェルの秀作。
――シアトル・タイムズ紙

貧しいながらも生きる歓びにあふれていたパリでの暮らし、スペインでの冒険、やがて訪れた悲劇的な三角関係――若きヘミングウェイとその妻ハドリーのロマンの浮沈を、作者は史実に基づきながらも、ときに繊細な想像力を駆使してみずみずしく描いている。
――ガーディアン紙

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