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もはや現代世界文学の新古典。天才の衝撃的デビュー作、革命的新訳成る。

V.(下)

トマス・ピンチョン/著 、小山太一/訳 、佐藤良明/訳

3,240円(税込)

本の仕様

発売日:2011/03/31

読み仮名 ヴイ2
シリーズ名 全集・著作集
全集双書名 トマス・ピンチョン全小説
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 398ページ
ISBN 978-4-10-537208-8
C-CODE 0097
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 3,240円

ヴィクトリア。ヴェロニカ。ヴェラ。……世界史の闇に? 遍在し? 暗躍する? 謎の女? V.。彼女は実在するのか? 聖なのか魔なのか? 謎に憑かれた男ステンシルとダメ男プロフェインの軌跡が交わるとき――。奇っ怪にして爆笑のエピソードを満載した天才の衝撃的デビュー作、20世紀文学の新古典が、30年の時を経てついに新訳!

著者プロフィール

トマス・ピンチョン Pynchon,Thomas

現代世界文学の最高峰に君臨し続ける謎の天才作家。寡作な上に素顔も経歴も非公表だが研究者により以下が判明している。1937年5月8日、ニューヨーク州ロングアイランド生まれ。ピンチョン家はアメリカ最古の家柄のひとつで父は測量技師。16歳で名門コーネル大学に入学、応用物理学を専攻するも英文科に転じ、2年間の海軍生活ののち最優等で卒業。2年ほどのボーイング社勤務後は作品以外の消息を完全に絶つ。1963年、『V.』でデビュー、フォークナー賞を受賞する。第2作『競売ナンバー49の叫び』(1966)でローゼンタール基金賞受賞。第3作『重力の虹』(1973)でアメリカ最大の文学賞である全米図書賞を受賞するが、本人が授賞式に現れず物議を醸す。以後、1984年に初期短篇集『スロー・ラーナー』を刊行した以外は実質17年間沈黙する。その沈黙を突如破り、1990年『ヴァインランド』発表。1997年には『メイスン&ディクスン』を刊行、2006年『逆光』(Against the Day)、2009年『LAヴァイス』(Inherent Vice)と、一作ごとに世界的注目を浴びる。ノーベル文学賞候補の常連だが、受賞しても式に現れないのではと囁かれている。

小山太一 コヤマ・タイチ

1974年生まれ。東大英文科卒業、ケント大学(英国)大学院修了。専修大学准教授。専門は英文学、映画。著書に『The Novels of Anthony Powell:A Critical Study』。イアン・マキューアン『愛の続き』『アムステルダム』『贖罪』『土曜日』、アントニー・ポウエル『午後の人々』、P・G・ウッドハウス『ジーヴズの事件簿』(岩永正勝氏との共訳)など、訳書多数。

佐藤良明 サトウ・ヨシアキ

1950年生まれ。フリーランス研究者。東京大学名誉教授。専門はアメリカ文化・思想・ポピュラー音楽。著書に『ラバーソウルの弾みかた』『J-POP進化論』など。訳書にグレゴリー・ベイトソン『精神の生態学』など。〈トマス・ピンチョン全小説〉では6冊の翻訳に関わっている。

書評

波 2011年4月号より 青春の『V.』

若島正

ピンチョンの『V.』を初めて読んだときのことはよく憶えている。わたしは二十五歳だった。買った本屋もよく憶えている。京都の河原町通りに善書堂という小さな書店があって、その店の奥にペーパーバックを並べている棚があった。そこでいつもミステリやらSFやら現代小説を漁っていたわたしは、あるとき偶然に、バンタム版の『V.』を手にとったのである。このバンタム版は、読んでいるうちに表紙が取れてしまい、後にピカドール版が出たときに買いなおしたため、いま手元にないのだが、そのおそらく裏表紙に、「このトマス・ピンチョンの小説がどんな作品か記述するよりも、水銀の粒に釘を打ち込む方が簡単だ」という惹句が付いていたと記憶する。この惹句、歴史に残る名コピーではないかと思う。なにしろ、その文句につられて、わたしは『V.』を読んでみる気になったのだから。読むことにしたもう一つの理由は、ピンチョンが『V.』を書いたのはその当時のわたしの年齢とほぼ同じくらいだったこと。その頃わたしは、数学者になるという当初の夢がどこかに消えてしまい、この先どこへ向かったらいいのか皆目わからなかった。そこで、この年齢の時期に人は何を考えているものか知りたくて、たとえばトルーマン・カポーティの『遠い声 遠い部屋』のような、二十代前半の作者が書いたものを読んでみようという気持ちが無意識的に働いていたようだ。
……そして『V.』を読んでみて、どう表現していいのかわからない妙なショックを受けた。当時のわたしの英語力では、はたしてまともに読めたのかどうかも怪しい。それでも、『V.』はわたしがそれまでに読んだどんな小説にも似ていない、ということだけはわかったのだ。その妙なショックのせいか、わたしは初めて活字になった文章で『V.』論を書いた(季刊『ソムニウム』創刊号、一九七九年)。「空間V中の点P」と題したその稚拙な文章をいま読み返すと、要するにわたしが書いているのは、「人間ヨーヨー」たるダメ男、ベニー・プロフェインが好きだということに尽きる。ジョイスの『ユリシーズ』でスティーヴンかブルームかどっちが好きかという問いを、そのままピンチョンの『V.』でステンシルかプロフェインのどっちが好きかという問いに置き換えられそうな気がするほどだ。そしてわたしは、圧倒的にブルーム/プロフェイン派なのである。
現在でも記憶しているのは、プロフェインが口にする言葉でいちばん印象的だったのが、“Wha”という言葉にならない言葉。彼の口癖とも呼ぶべきこの“Wha”は、なんとも気が抜けるというか、ズッコケていて、今風に言えば脱力系である。そういうキャラクターを、わたしはそれまで見たことがなかったのだ。そして、プロフェインの言葉として極めつけだと思えるのは、物語が終わりのない終わりに近づいて、第十六章でブレンダに「あなた、経験から学び取ったことないの?」と訊かれ、「ない、はっきり言ってひとつもない」と迷わず答える、その言葉。これが、この小説でプロフェインが最後に言う言葉なのだ。これほど爽快なまでに、いわゆる成長とは無縁なキャラクターがいるだろうか。
のめりこみながらも、肩の力を抜くこと。ピンチョンのトレードマークともいえるこの姿勢を、わたしはよくわからないなりに本能的に感じ取った。『V.』は、迷路にさまよっていた当時のわたしに、それでいいんだ、うろうろしていていいんだと教えてくれた。それは不思議なくらい心地良い感覚だった。それはちょうどわたしたちがエンディングで出会う、竜巻の後に訪れた静けさのような、不思議に心穏やかな気持ちだった。
もしかすると『V.』は、ピンチョンにしか書けない「青春の書」であるように、わたしにとっても奇妙な「青春の書」だったのかもしれない。

(わかしま・ただし 京都大学教授・翻訳家)

目次

第九章 モンダウゲンの物語(承前)
第十章 さまざまな若者集団が寄り集まるの巻
第十一章 マルタ詩人ファウストの告解
第十二章 お楽しみも尽き果てるの巻
第十三章 ヨーヨーの紐とは心のありさまだったとわかるの巻
第十四章 恋するV.
第十五章 いざ、サッハ
第十六章 ヴァレッタ
エピローグ 1919
解説

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