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フランク・オコナー国際短篇賞、PEN/ヘミングウェイ賞ほか独占。驚異のデビュー短篇集!

  • 映画化千年の祈り(2009年11月公開)

千年の祈り

イーユン・リー/著、篠森ゆりこ/訳

2,052円(税込)

本の仕様

発売日:2007/07/31

読み仮名 センネンノイノリ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 254ページ
ISBN 978-4-10-590060-1
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 2,052円

離婚した娘を案じて中国からやってきた父。その父をうとましく思い、心を開かない娘。一方で父は、公園で知りあったイラン人の老婦人と言葉も通じないまま心を通わせている。父と娘の深い縁と語られない秘密、人生の黄昏にある男女の濁りのない情愛を描いた表題作ほか全十篇。北京生まれの新人による全米注目の傑作短篇集。

著者プロフィール

イーユン・リー Li,Yiyun

1972年、北京生まれ。北京大学卒業後、1996年渡米。アイオワ大学大学院で免疫学修士号取得ののち、同大学創作科修士号取得。2004年「不滅」でプリンプトン新人賞、プッシュカート賞受賞。2005年、デビュー短篇集『千年の折り』を刊行。フランク・オコナー国際短篇賞、PEN/ヘミングウェイ賞、ガーディアン新人賞、「ニューヨークタイムズ・ブックレビュー」エディターズ・チョイス賞、ホワイティング賞を受賞。2007年『グランタ』が「もっとも有望な若手アメリカ作家」の一人に選出。2007年現在ミルズ・カレッジ文学部創作科助教授。カリフォルニア州オークランドに夫と息子二人とともに暮らしている。

書評

波 2007年8月号より ここに、わたしたちがたどりつくために  イーユン・リー『千年の祈り』

堀江敏幸

 イーユン・リーが描き出す人物の境遇は、基本的にみな「ひとり」である。孤独を望んだのではなく、自分ではどうしようもない大きな外の力によってそうあるほかなかった人々を描きながら、しかし彼女があたたかい言葉をかけて背中を押してやることはないし、「その後」に希望を持たせてやろうという過度な気遣いもない。彼らに足りないもの、欠けているものは、千差万別だ。輻輳する運命の糸を淡々と織り、はっきりとした紋様ができかけたところで作者は手を止め、その場を立ち去る。なぜ「ひとり」でしかいられないのかを彼らが身をもって理解し、過去にいかなる事情があろうとも、とにかく現状を認めざるを得ないのだという、きびしい了解の瞬間に読者を立ち会わせるだけだ。
 人間がふたりいれば、どうしたってふたつの生が交錯する。いくつもの線が集まり、からまる場は、リーの母国、中国の内部にとどまらない。懐の深い現在と未来の受け皿であり、過去を脱ぎ捨てる逃避の場でもあるアメリカと、英語という他言語が、ここでは大きな位置を占めている。行って、帰ってくる人。行きっぱなしになる人。帰ってくるのを、ひたすら待つ人。心の動線はじつに長く、魂の行動半径は途方もなくひろい。作者の目は、その砂漠や大陸や海に埋もれそうになる個々の感情のテリトリーを、ピンポイントでとらえて放さない。
 たとえば、「あまりもの」と題された冒頭の一篇の主人公は、まだ五十一歳なのに「ばあさん」と呼ばれている独身女性である。なぜ結婚しなかったのかといえば、「たまたま、そうなっただけ」としか応えられないような、ごくふつうではあるけれど、どこかいびつなところのあるそのふつうさに対していささかの疑問も抱かずに生きてきた彼女は、曲折を経て六歳の少年に恋に似た感情を抱き、あっさり裏切られる。それでも彼女は自棄にならず、大切なものをすべて、感情の核までも、使い込んだステンレスの弁当箱のなかにしまい込む。
 また、「黄昏」は、After a Lifeの原題のとおり、ひとつの生を終えたあとの、もうひとつの生に向けての物語で、ここでも二組の夫婦の人生がからみあっていく。一方の夫婦はいとこ同士で、知的障害のある娘がいる。容易でない日常に耐えた十年の後、夫がまた子供を作ってみたいと言い、男の子にめぐまれてから逆に関係がぎくしゃくする。夫の純粋な愛をつなぎとめている娘に、妻が嫉妬しはじめるのだ。「不幸は共有できても幸福は共有できない」との認識が悲しい。
 リーの筆致はつねに正確で、湿り気がない。ところが全十篇、どの作品においてもその硬質な文体が逆の効果を挙げている。それぞれの孤独からこぼれ落ちるばらばらな音が、ばらばらなまま鳴り響いて、しかもひとつの台詞を語っているような、しっとりした演劇的幕切れを引き寄せるのだ。
 その最たる例が、表題作「千年の祈り」だろう。アメリカに渡り、離婚して独り暮らしをしている娘を励ますために、ロケット工学者としての勤めを終えた父が「世界を半周」する。父の中国語と娘の英語のあいだから、ずっと無言のまま放置されていたひとつの嘘がにじみ出る。「たがいが会って話すには――長い年月の深い祈りが必ずあったんです。ここにわたしたちがたどりつくためにです」。朝の公園で出会うイラン人の女性に、彼は中国語でそう話しかけ、ペルシャ語の返答にうなずく。父と娘の、母国語での会話の亀裂に、まったく縁のない国からやってきた言葉を異にする男女の、意味を欠いた気持ちだけのやりとりから生まれた、あたたかい何かが流れ込む。
 イーユン・リーの短篇は、圧縮されているのに凝り固まらない。いつまでも冷えない感情の溶岩が、どこかに、少量だけ、確実に残されているのである。


(ほりえ・としゆき 作家)

目次

あまりもの
黄昏
不滅
ネブラスカの姫君
市場の約束
息子
縁組
死を正しく語るには
柿たち
千年の祈り
訳者あとがき

短評

▼Horie Toshiyuki 堀江敏幸
イーユン・リーが描き出す人物の境遇は、基本的にみな「ひとり」である。孤独を望んだのではなく、自分ではどうしようもない大きな外の力によってそうあるほかなかった人々――。筆致はつねに正確で、湿り気がない。ところが全十篇、どの作品においてもその硬質な文体が逆の効果を挙げている。それぞれの孤独からこぼれ落ちるばらばらな音が、ばらばらなまま鳴り響いて、しかもひとつの台詞を語っているような、しっとりした演劇的幕切れを引き寄せるのだ。圧縮されているのに凝り固まらない彼女の世界には、いつまでも冷えない感情の溶岩が、どこかに、少量だけ、確実に残されているのである。

▼Elizabeth McCracken エリザベス・マクラッケン[『ジャイアンツ・ハウス』の作家]
短篇がどれほどの「大きさ」を持ちうるか。この非凡な短篇集はまさにそのことに気づかせてくれる。フラナリー・オコナーを思い起こす人もいるだろうが、リーはまったく新しいタイプの作家だ。これほどの筆力を持ちながら、作家としてはまだ歩き出したばかりだという事実に、驚嘆してほしい。

▼Amy Bloom エイミー・ブルーム[『銀の水』の作家]
イーユン・リーは真の語り部だ。すばらしい物語が、人々の人生を、川岸に並べるようにして見せてくれる。恐怖や死、政変という止めようのない大きな流れをもった河を、出自や家族、食卓や愛のすべてがふちどっている。

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