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『停電の夜に』以来9年ぶりの最新短篇集。本年七月、フランク・オコナー賞受賞!

見知らぬ場所

ジュンパ・ラヒリ/著、小川高義/訳

2,484円(税込)

本の仕様

発売日:2008/08/29

読み仮名 ミシラヌバショ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 415ページ
ISBN 978-4-10-590068-7
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 2,484円

妻を亡くしたあと、旅先から葉書をよこすようになった父。仄見える恋人の姿。ひとつの家族だった父と娘がそれぞれの人生を歩む切なさを描く表題作。子ども時代から行き来のあった男女の、遠のいては近づいてゆく三十年を三つの連作に巧みに切り取った「ヘーマとカウシク」。ニューヨーカー等に書きつがれた待望の最新短篇集。

著者プロフィール

ジュンパ・ラヒリ Lahiri,Jhumpa

1967年、ロンドン生まれ。両親ともカルカッタ出身のベンガル人。幼少時に渡米し、ロードアイランド州で育つ。大学・大学院を経て、1999年「病気の通訳」でO・ヘンリー賞受賞。同作収録のデビュー短篇集『停電の夜に』でニューヨーカー新人賞、ピュリツァー賞ほか独占。2003年、第一長篇『その名にちなんで』発表。2008年刊行の『見知らぬ場所』でフランク・オコナー国際短篇賞を受賞。2013年、長篇小説『低地』発表。『べつの言葉で』は夫と二人の息子とともに移住したローマで、イタリア語で書かれた初のエッセイ集。

小川高義 オガワ・タカヨシ

1956年横浜生れ。東大大学院修士課程修了。翻訳家。『緋文字』(ホーソーン)、『老人と海』(ヘミングウェイ)、『停電の夜に』『見知らぬ場所』『低地』(ラヒリ)、『また会う日まで』(アーヴィング)、『イースタリーのエレジー』(ガッパ)、『五月の雪』(メルニク)など訳書多数。著書に『翻訳の秘密』がある。

書評

波 2008年9月号より 「愛」の果て

川上弘美

誰かを愛することは、簡単なことなのだと思っていた。ずいぶんと若い頃のことである。誰かを好きになって、愛の言葉を交わし、体をいとしみあい、一緒に住み、お互いを見つめあうこと。だれにも等しく、そのような機会は訪れるのだと思っていた。
少し大きくなって、実際に愛する人ができて、すると誰かを愛することはあまり簡単なことではないと、わかってきた。
愛する、という感情が、まずあやしい。思いこみのものである。けれどやはりそこにあるようでもある。相手というものが、またむつかしい。決してこちらの思うようには行動しない。気持ちも、はかれない。時間というもの、そして場所というものも、困りものだ。相手と自分を隔てる。ふいに近づける。そしてまた気まぐれに隔てる。
『見知らぬ場所』という短篇集には、さまざまな愛が描かれている。愛、と簡単に書いてしまっているけれど、愛という感情が、まずはあやしいものである以上、ここに描かれている「愛」は、複雑だ。複雑であり、また同時にあっと驚くほど、簡素でもある。
「見知らぬ場所」の中の、父と亡くなった母との夫婦愛。その父の、あらたな女性への荒々しいような気持ち。娘ルーマと父との間にある微妙な感情。「地獄/天国」の、「叔父」に対する母の、常軌を逸しかけ、けれどそうはならなかった愛。「今夜の泊まり」の、夫婦のすれちがいとあきらめと、それでも確かにある愛。「よいところだけ」の、姉と弟とのやるせない関係。「ヘーマとカウシク」の、悲劇、喜劇。
読んできた一つ一つの「愛」を思い出すだけで、ぞくりとする。どれも静かな話だ。作者の筆致が静かだから、ということもあるし、人の耳目をそばだたせる事柄はほとんど排されているから、ということもある。
インドからアメリカに渡った人たち、そしてその子供たちが、どの話の中でも語り手または主人公となっている。登場人物たちの生活や仕事に対する保守的な姿は、昭和の日本人と、とてもよく似ている。だから、アメリカが舞台である話なのに、まるで日本人である自分とその両親の生活を語って聞かせてもらっているような心もちになる。
市井の日本人の話ならば、そんなに「ふつう」の話ならば、そこには凡庸であるからこその安楽さがあるはずだ。ところが、そうではない。
ともかく、ぞくり、とするのだ。それはたとえば「心の暗闇」「隠された憎しみ」「うわべはともかく奥底には醜悪なもののある人間」といったようなもののもたらす、わかりやすい「ぞくり」、ではない。
ほんとうに、普通なのだ。人としての規範を守り、働き、食事を作り、子供を育て、愛する人と出会い、少しの失敗と少しの成功を体験し、ずっと生きてゆく。ただそれだけのことが静かに描かれているだけなのだ。
もしかすると、そこには「悪」というはっきりした実体がない、からなのかもしれない。「悪」やら「善」やら、そういったものへの判断が、この短篇集からは、「大がかりな事件」が排されているのと同じように、排されている。
わたしたちが生きている、この生、というものは、何なんだろう。大きな声で何かをつきつけたりしないこの短篇集を読んだ時に、避けようもなく思うことである。
そしてわたしたちは、考えはじめてしまう。生きてきたことによって、犯そうと思っていなくとも犯してしまったあやまち。こわしてしまったもの。こと。傷つけてしまった人。関係。変わってしまったあのこと。このこと。
逃げずに、自分の、そして自分ではない人の、生を考えることは、とてもこわいことなのだ。せつないこと、悲しいこと、苦しいこと、少しの嬉しいこと、わっと叫びたくなるような恥ずかしいこと、そしてしまいに必ず行き当たる死への恐怖、そんなものが、とめどなく吹き出てくる。
考えはじめて、ぞくりとして、けれどやはり自分は今まさに生きて、誰かあるいは何か、との「愛」の関係を持ってしまっていることを確認させられて、その果てに私たちは何を思うのだろう。一人一人違うだろう、その「何か」が、たしかにこの「ふつうの人たち」ばかりを描いた短篇集の中には、書かれているのである。

(かわかみ・ひろみ 作家)

目次

第一部
見知らぬ場所
地獄/天国
今夜の泊まり
よいところだけ
関係ないこと
第二部 ヘーマとカウシク
一生に一度
年の暮れ
陸地へ
訳者あとがき

短評

▼Kawakami Hiromi 川上弘美
『見知らぬ場所』という短篇集には、さまざまな「愛」が描かれている。ここに描かれている「愛」は、複雑だ。複雑であり、また同時にあっと驚くほど、簡素でもある。読んできた一つ一つの「愛」を思い出すと、ぞくりとする。ぞくりとして、けれどやはり自分は今まさに生きて、誰かあるいは何か、との「愛」の関係を持ってしまっていることを確認させられて、その果てに私たちは何を思うのだろう。一人一人違うだろう、その「何か」が、たしかにこの「ふつうの人たち」ばかりを描いた短篇集の中には、書かれているのである。

▼San Francisco Chronicle サンフランシスコ・クロニクル
人間が経験する愛と喪失をたどっていく技量の確かさ。その感性はただものではない。悲しい物語が多いけれど、これはじつに喜ばしい一冊だ。ラヒリの豊かな才能が、さらに大きく開花したことがわかるのだから。

▼The Boston Globe ボストン・グローブ
見事な仕上がりの作品集。現役世代トップレベルの実力を改めて見せつける。

▼Michiko Kakutani ミチコ・カクタニ[ニューヨーク・タイムズ]
腕の落ちる作家だと、メロドラマか見えすいたつくりものになりかねない結末も、ラヒリの手にかかると、哀しみが胸に迫ってくる――これは、人の心がわかる聡明さ、最高度の筆力の証である。

▼The International Herald Tribune インターナショナル・ヘラルド・トリビューン
ラヒリが造型する人物には、作家の指紋が残らない。作家は人物の動きに立ち会っているだけのようだ。人物はまったく自然に成長する。

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