▼Furukawa Hideo 古川日出男
ことばは体だ。当たり前のように作家の体から生まれる。そして「そこに何が刻まれているか」がその小説の立ち位置のようなものを決定する。皮膚にも鼻梁にも毛髪にも、たとえば美醜があり、そうした価値観とは別のユニークさがある。年齢はむろん体に刻まれるし、あるいは刺青が彫られているかもしれない。クレメンス・マイヤーは実際に刺青が彫られた腕で、叩くように、切るように、ことばを編む。登場人物たちのワン・シーンを描出するふりをして、その全人生を掬おうと試みる。皮膚は皮膚なのに、そこに透かされたシンボルが見える。
▼Frankfurter Allgemeine フランクフルター・アルゲマイネ紙
マイヤーはいったい誰のために書いているのか、という問いには、こう答えることができるだろう――孤独に人生の重荷に耐え、あるいは不当に扱われていると感じているすべてのひとのために書いているのだと。
▼Welt ヴェルト紙
素っ気ないようでいて愛に満ち、慰めがないようでいて慰めがある。ドイツではもう長いあいだ、誰もこんな書き方をしてこなかった。
▼Zeit ツァイト紙
この本でマイヤーは、われわれの社会の負け組の人々に対する、陳腐な同情とは無縁な共感を示している。この国はこんな語り手を必要としている。