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かつてテロリストだった男が、二十年ぶりに出所した週末。

週末

ベルンハルト・シュリンク/著、松永美穂/訳

2,052円(税込)

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発売日:2011/06/30

読み仮名 シュウマツ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 248ページ
ISBN 978-4-10-590090-8
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 2,052円

赤軍派テロを首謀した男が、恩赦を受けて出所した。旧友たちの胸に甦る、失われた恋、裏切り、自殺した家族の記憶。あのとき彼らが正しいと信じた闘争は、いくつもの人生を決定的に損なった。明らかになる苦い真実と、やがて静かに湧き上がる未来への祈り――。世界的ベストセラー『朗読者』の著者が描く、「もう一つの戦争」の物語。

著者プロフィール

ベルンハルト・シュリンク Schlink,Bernhard

1944年ドイツ生まれ。小説家、法律家。ハイデルベルク大学、ベルリン自由大学で法律を学び、ボン大学、フンボルト大学などで教鞭をとる。1987年、『ゼルプの裁き』(共著)で作家デビュー。1995年刊行の『朗読者』は世界的ベストセラーとなり2008年に映画化された(邦題『愛を読むひと』)。他の作品に『帰郷者』(2006)、『週末』(2008)、『夏の嘘』(2010)など。2017年6月現在、ベルリンおよびニューヨークに在住。

松永美穂 マツナガ・ミホ

1958年生まれ。早稲田大学教授。著書に『誤解でございます』など、訳書にベルンハルト・シュリンク『朗読者』(毎日出版文化賞特別賞受賞)、ジークフリート・レンツ『黙祷の時間』、へルマン・へッセ『車輪の下で』、ペーター・シュタム『誰もいないホテルで』など。

書評

波 2011年7月号より テロリストのその後

中村文則

ベルンハルト・シュリンクの待望の新作である。
僕はこの作家が大変好きだ。名作『朗読者』を読んで以来、ずっと愛読している。『週末』を読んで、僕はこの作家の読者で本当によかったと思った。どこか『朗読者』を思わせる、あまりにもシュリンクらしい作品。言葉が繊細で美しく、ストーリーには静かな起伏があり、何より人生への深い洞察がある。いい小説を読む時に僕がいつもそうなってしまうように、気がつくと微笑んでいる。いい本に出合えてラッキーだ、と思うのだ。
物語は、元テロリストで長い刑務所生活から釈放された、『人生の問題をきっぱりと有能に処理する能力』を持つことのできなかったイェルクを、彼の知人達が古い別荘地で迎える三日間の出来事である。イェルクの姉のクリスティアーネ、ジャーナリストのヘナー、イェルクをもう一度革命の世界に入れようとするマルコ、主教のカリン、小説を書こうとするイルゼなど、登場人物は多彩である。もう歳を取ってしまった彼らの現在、過去、望んでいたはずの人生、再生への手探りが描かれている。出所したイェルクの今後をどうするべきか、という問題を軸に、物語は進んでいく。しかし彼らの人間関係は入り組み、その中には罪が、秘密が、目論見があり、サスペンス的な要素も散りばめられ、物語を徐々に盛り上げていく。読者を最後まで飽きさせない手腕も相変わらず見事である。
シュリンクは、人々の人生への、歴史の影響も描く。『朗読者』も、『帰郷者』もそうだった。9・11を経て、作家達が新しい物語を次々と発表していく中で、この聡明な作家がテロリズムに目を向けるのは自然なことだったように感じる。
彼はテロリズムを書く時に、まずは自国、ドイツの「赤軍派」などによる一連のテロリズムを考察することにしたのかもしれない。そこで(実際にドイツで『赤軍派』の元メンバー釈放のニュースなどがあったのだけど)「テロリストのその後」に着目したこの作家の視点は鋭い。その深い洞察は、この小説において完璧に達成されていると僕は感じる。ドイツの左翼革命の問題をある意味で直接的に、そしてアメリカの9・11をイルゼの書いた小説の中で表現するやり方は、この作家の慎重さが現れている。より大きなことを達成するためであるのなら、犠牲は許されるのか。償うことのできない行為をした人間は、その後、どうやって生きていけばいいのか。人は人生との折り合いを、どうやってつけていけばいいのか。別荘地のある村では教会の鐘が鳴るが、作家はこの問題を神だけに押しつけようとはしない。
マルガレーテが、『病気を理解するようにしか』理解できなかったクリスティアーネと弟イェルクの関係は、少しだけ普通ではない微かな逸脱を含んでいる。束縛は、束縛される方よりも、束縛する側を苦しめるのかもしれない。この作家はこういう「少しだけ普通ではない」関係を絶妙な加減で描くのが上手い。『朗読者』がそうであったように、そこからドラマも生まれ、さらに歴史も関わってくる。ヘナーの内面描写もいい。ナイーブな、いわゆるインテリ男性の内面を書かせると、この作家は超一級の腕を披露するように思う。
サスペンスの要素もあるので詳しくは書けないけど、ある人物による、イェルクへの追及も凄まじい。物語が、小説が一気に凝縮し、緊張する瞬間である。ドイツにおいて、ナチスを次の世代が裁いたように、革命の世代をさらに次の世代が裁く印象を受ける。不意に明らかになる、イェルクの真実も悲しい。しかし悲しいだけで終わらないのも、この作家の深いところだ。
本当に、美しい小説である。それが作者シュリンクの手腕だけでなく、訳者の素晴らしい言語センスにもよることは言うまでもない。非常に見事である。

(なかむら・ふみのり 作家)

短評

▼Fuminori Nakamura 中村文則
ベルンハルト・シュリンクの待望の新作である。「テロリストのその後」に着目したこの作家の視点は鋭い。より大きなことを達成するためなら、犠牲は許されるのか。償うことのできない行為をした人間は、その後、どうやって生きていけばいいのか。人は人生との折り合いを、どうつけていけばいいのか。言葉が繊細で美しく、ストーリーには静かな起伏があり、何より人生への深い洞察がある。いい小説を読む時に僕がいつもそうなってしまうように、気がつくと微笑んでいる。僕はこの作家の読者で本当によかった。

▼Westdeutsche Allgemeine 西ドイツ・アルゲマイネ紙
シュリンクは大胆な論に光を当てることも恐れない。たとえば9.11の事件は人間の善意を引き出す契機を与えたとか、あるいは赤軍派のテロリストはナチスと同じくらい現実を認識できず、人の死を悼む能力もない、といったことである。それを彼はこれ見よがしに書くわけではない――抑制した筆致が、この本をより強力なものにしているのだ。

▼Die Furche ディー・フルヒェ誌
この作品はフレデリック・フォーサイスの『オデッサ・ファイル』以来最高の現代史小説であり、政治・犯罪小説であり、しかも文学的にはそれをはるかに凌ぐものだ。

訳者あとがき

『週末』は、二〇〇八年の早春に出版された小説である。ドイツ赤軍派の元メンバーが殺人罪で裁かれ、二十三年間服役した後、大統領の恩赦を受けて出所する。それが、金曜日の朝。テロリストだった男が自由の身となって過ごす初めての週末、彼は何をし、誰に会うのだろうか。
 広大な敷地を持つ田舎の屋敷に、人々が集まってくる。彼にどのような言葉をかけるべきか、とまどう旧友たち。なかにはずけずけと、刑務所での生活や人を殺したときの気持ちについて質問する者もいる。彼がふたたび権力との闘いに身を投じることを期待する支援者もいれば、それを阻止しようとする弁護士もいて、一つ屋根の下、さまざまな思惑がぶつかり合う。
朗読者』『帰郷者』に続く、ドイツの過去をテーマとしたシュリンクの長編三作目になるわけだが、今回の小説には室内劇の要素が濃い。会話やモノローグによって、一人一人の立場の違い、見解の相違が明らかにされていく。
 この小説の構想を得たのは若い頃だった、と「ターゲス・アンツァイガー」紙とのインタビュー(二〇〇八年三月十八日掲載)でシュリンクは語っている。ドイツで赤軍派のテロが社会を震撼させていた頃、というから一九七〇年代だろうか。大学の助手のポストに就いたシュリンクが実家を訪ねると、母親がこんなことを言った。「わたしたち、もしもあなたがテロリストになって、ある晩うちに逃げてきたらどうしようって考えたのよ。一晩は匿ってあげる。でも、次の朝には出ていってもらわなくちゃいけないわ」
 ネガティブな想像力の働く人だったのだ、とシュリンクは母親について語っている。ともあれ、母のこの言葉が、テロリストを一晩だけ匿うという室内劇の構想を与えてくれた。それがやがて恩赦で出所するテロリストの話に変化していったのは、一九八〇年代の初めに赤軍派のテロ活動がほぼ制圧され、有名な活動家の幾人かは故人となり、終身刑を言い渡された活動家たちが獄中で年をとっていった……という、時代の流れに敏感に反応した結果だろう。
 日本では服役中の連合赤軍の元メンバーが恩赦の対象になるような動きはまったくないが、ドイツでは二〇〇七年に、クリスティアン・クラーの恩赦問題が大きな話題になった。クリスティアン・クラーは一九五二年生まれ。一九七六年に赤軍派のメンバーとなり、八二年に逮捕されるまでのあいだに、テロに参加して九人を殺し、他にも殺人未遂や銀行強盗の罪に問われ、一九八五年に終身刑を言い渡された。殺された人々には、西ドイツ連邦検事総長ジークフリート・ブーバックやドレスデン銀行会長ユルゲン・ポント、西ドイツ経営者連盟会長のハンス=マルティン・シュライヤーなどが含まれている。これらの要人殺害はいずれも一九七七年に起こったもので、この年にはルフトハンザ機のハイジャック事件(モガディシオの空港で強行突入により人質は全員解放)も起こっている。単独犯ではなく仲間との共謀だったとはいえ、ドイツ社会を揺るがした大事件の多くに関わった人物が提出した恩赦願いを認めるべきかどうか、大きな議論が巻き起こった。かつての内務大臣ゲルハルト・バウムや映画監督のフォルカー・シュレーンドルフは恩赦に賛成し、テロで殺されたハンス=マルティン・シュライヤーの遺族や自由民主党の政治家グィド・ヴェスターヴェレは恩赦に反対した。この年、クラーの恩赦願いは結局却下されたが、当時の大統領ホルスト・ケーラーは恩赦を与えるかどうかの判断のために極秘裏にクラーと面会している。また、この年の一月、ローザ・ルクセンブルク会議に宛ててクラーが発信した資本主義を批判するメッセージがマスメディアで詳しく紹介され、獄中のクラーに政治的意見を表明する権利があるのかどうかも話題になった。本書を読むと、主人公に関するエピソードの多くに、クラーをめぐる二〇〇七年のこうした動きが反映されているように思えてならない。二〇〇八年の出版時、シュリンクはしばしば「主人公のモデルはクラーなのか」との質問を受け、そのたびに「この本の執筆は二〇〇七年よりもずっと前に始めていた。ただ、執筆中によくクラーのことを考えたのは事実だ」と答えている。「あなたが大統領だったらクラーを恩赦にしたか」との問いには、「しなかったと思う」と述べているが、その理由としては法律家らしく、終身刑が以前のように「死ぬまでの刑」ではなくなって、有期刑として運用されることが一般的になり、恩赦の意味が薄れたため、と説明している。
 二〇〇七年には恩赦にならなかったクラーだが、実はこの本が出た後の二〇〇八年十二月についに恩赦になり、出所している。五年間の保護観察がついているが、彼の出所は再び論議を呼び、「この恩赦は赤軍派の犠牲者を愚弄するものだ」として勲章を返上したパイロットもいたとのことだ。
 そもそも二〇〇八年は、東西の赤軍派にあらためて注目が集まった年ではなかっただろうか。日本では若松孝二監督による映画「実録・連合赤軍」が公開された。ドイツではウリ・エーデル監督による映画「バーダー・マインホフ/理想の果てに」が公開されている。この映画は日本でも二〇〇九年に劇場公開された。ドイツ赤軍派の創設者とされるアンドレアス・バーダーとウルリーケ・マインホフを、それぞれ実力派俳優のモーリッツ・ブライプトロイとマルティナ・ゲーデックが演じている。この映画を見ると、時代の雰囲気や、彼らがどのようにテロに傾いていったかがよくわかる。私利私欲ではなく、西側資本主義の打倒とマルクス主義による世界革命を求めて立ち上がった彼らが、当初はかなり世間の共感を呼んでいた様子もうかがえる。また、本書のなかで主人公イェルクが語る、獄中のテロリストの闘い――ハンガーストライキと、それをやめさせるための措置(看守がむりやり囚人の食道にチューブを入れて食べものを流し込む)――は映画のなかでも描かれている。赤軍派のテロリストのなかでは、実際にホルガー・マインスがハンガーストライキの結果、刑務所で命を落としている。本書でイルゼがテロリストを主人公にした小説を書きながら夢想する、テロリストの養成キャンプの様子も、映画のなかに出てくる。アンドレアス・バーダーらはヨルダンで、パレスチナ人からテロの訓練を受けたのだった。そのほかにも、本書で言及されるベンノ・オーネゾルクが警官に撃たれる場面や、ルディ・ドゥチュケに対する暗殺未遂の顛末なども出てくるほか、赤軍派に対する裁判の様子、シュタムハイム刑務所に収監されてから自殺に至るまでの彼らの生活も、この映画のなかで垣間見ることができる。
 日本では団塊の世代のリタイアと時を同じくして、連合赤軍への関心が再び盛り上がりを見せたが、ドイツでも最近、赤軍派に関する書物の出版が増えているようで、数年前にはベルリンで赤軍派の回顧展も開かれた。社会正義を求めて立ち上がったはずの若者たちが、日本では追い詰められて山岳アジト事件のような仲間内の凄惨な粛清事件を起こし、ドイツでは主要メンバーが刑務所内で命を絶った。あの運動は、何だったのか。それを再び問う動きが出てきたことには不思議はない。
 ベルンハルト・シュリンクは、一九四四年生まれ。学生運動が最も盛んだった年にちなんで名付けられた「六十八年世代」の一人である。赤軍派のリーダーたちは、第一世代は一九四〇年前後の生まれでシュリンクより少しだけ年上、第二世代にはクラーのように少し年下の人々がいる。いずれにしても、赤軍派とほぼ同世代、といって間違いはないだろう。シュリンク自身は学生時代、二回だけデモに参加した経験がある、と語っている。しかし、大勢で一緒に歩いて同じスローガンを叫ぶ、というデモのやり方そのものが性に合わなかったようだ。「そもそも法律を学ぶ学生には革命を志すものは少ない。学生運動当時も、法学部はよそに較べてずっと静かだった」とシュリンクは述べている。学生運動の渦中に入らず、少し距離をおいて眺めていた観察者の視点は、今回の『週末』にも生かされているように思う。同じ屋敷で週末を過ごす十数人の人々を、シュリンクは特に誰か一人に肩入れすることはなく、適度な距離をおきながら造型しているようだ。元テロリスト、その姉、友人のジャーナリスト、女性牧師とその夫、実業家(デンタルラボのオーナー)とその家族、学校教師、弁護士、翻訳家、支援者、謎の若者……。それぞれの発言から、個人的な背景が少しずつ見えてくる。元テロリストは、かつて自分を密告したのが誰なのか、知りたがっている。ジャーナリストは二十年以上前の失恋を気にしている。女性牧師は心に秘密を抱えつつ、人々のあいだに和解をもたらそうとしている。さらに、赤軍派とナチ、現代のテロリストらが俎上に載せられ、比較される。ニューヨークの同時多発テロも視野に入れられている。
 前二作の翻訳者として、『週末』を訳しながら感慨を覚えた部分がいくつかあった。『朗読者』では、終身刑で服役する主人公のハンナが恩赦願いを出し、認められて社会復帰できることになったにもかかわらず、出所直前に自らの命を絶ってしまう。しかし今回の主人公イェルクは冒頭で、ためらうことなく刑務所から出所してくる。また、『帰郷者』では、父親は死んだと聞かされて育った男性が、実はその父親がアメリカで学者として活躍中であることを発見し、わざわざ休暇をとってアメリカの大学に行き、父親のゼミを履修するのだが、自分が息子であることを打ち明けようとしない。父と息子の対決といったテーマは、今回の『週末』でもくりかえされるが、前作よりは一歩進んだ解決が与えられているように思う。
 この本が出版された当時、ゲーテインスティトゥートの企画でベルリンとライプツィヒに旅行させていただき、ベルリンでは今回編集をご担当くださった佐々木一彦さんとともにシュリンク氏をフンボルト大学の研究室に訪ね、新作の朗読会にも行くことができた。(朗読会はルネッサンス劇場というかなり広い会場で行われたが、満員の盛況で、この本に対する人々の関心の強さを実感することができた。)当時からいまに至るまで、辛抱強く翻訳作業を支えてくださった佐々木さんに心から感謝したい。また、今回も校閲で猪股和夫さんに大変お世話になった。どうもありがとうございました。

 二〇一一年五月

松永美穂

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