ホーム > 書籍詳細:ソーラー

太陽光エネルギーでひと儲け! エルサレム賞、ブッカー賞作家が描き出す現代社会の懲りない面々。

ソーラー

イアン・マキューアン/著、村松潔/訳

2,484円(税込)

本の仕様

立ち読みする

発売日:2011/08/29

読み仮名 ソーラー
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 362ページ
ISBN 978-4-10-590091-5
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 2,484円

狡猾で好色なノーベル賞受賞科学者ビアードは、同僚の発明を横取りしてひと儲けを狙っている。彼を取り巻く、優しくも打算的な女たち。残酷で移り気なマスメディア。欺瞞に満ちた科学界とエネルギー業界。ひとりの男の人生の悲哀とともに、現代社会の矛盾と滑稽さを容赦なく描き切る、イギリスの名匠による痛快でやがて悲しい最新長篇。

著者プロフィール

イアン・マキューアン McEwan,Ian

1948年、英国ハンプシャー生まれ。シンガポール、トリポリなどで少年時代を過ごす。イースト・アングリア大学創作科で修士号を取得後、1976年に第一短篇集でサマセット・モーム賞を受賞。『アムステルダム』(1998)でブッカー賞受賞。『贖罪』(2001)は全米批評家協会賞など多数の賞を受賞、ジョー・ライト監督により映画化された。2011年、エルサレム賞受賞。現代イギリスを代表する作家のひとり。他の作品に『初夜』『ソーラー』『甘美なる作戦」など。オクスフォード在住。

村松潔 ムラマツ・キヨシ

1946年東京生れ。主訳書は、R・J・ウォラー『マディソン郡の橋』、T・E・カーハート『パリ左岸のピアノ工房』、T・ケイ『光の谷間』、J・ヴェルヌ『海底二万里』、I・マキューアン『未成年』、C・ペロー『眠れる森の美女』、J・バージャー『果報者ササル』など。

書評

波 2011年9月号より 世界中の、日本中の、大勢の“わたし”に向けられた小説

豊崎由美

マイケル・ビアード。イギリスを代表する作家イアン・マキューアンの長篇小説『ソーラー』の主人公は、四十歳そこそこで「ビアード=アインシュタイン融合理論」によってノーベル物理学賞を受賞するも、それから十数年、新しい業績を積むこともなく、肩書きだけで裕福な生活を送っている中年男だ。
〈彼はなんとなく感じの悪い、ちび、でぶ、禿げで、頭はいいという男の種族、どういうわけかある種の美女にもてたりする、あの種族に属していた〉という皮肉な一文から幕をあけるこの小説の第一部の時代背景は二〇〇〇年。ビアードの五回目の結婚生活が崩壊の危機に瀕しているエピソードから滑り出す。浮気を繰り返す夫に復讐するかのように、脳みそまで筋肉でできているリフォーム業者ロドニー・ターピンと関係を持つようになった妻パトリスの冷ややかな態度に打ちのめされ、何とか彼女の気持ちを取り戻そうとあがくビアードは、イギリスにおけるコミック・ノベルの正嫡ともいうべきインテリ型ダメ男。国立再生可能エネルギー研究所の所長に就任し、気候変動による地球の危機にはまったく興味を持たないまま、風力発電の開発に取り組みながらも、頭の中は妻への妄執で満タン。気分を変えようと、温暖化に関心の深い二十人のアーティストと科学者による北極ツアーの招待に乗っかってはみたものの――極寒の地で立ちションをして、ペニスに大惨事が起こったり、北極熊に襲われそうになったりと、鈍くさいエピソードの数々に爆笑必至!――帰宅してみると、自分のガウンをはおってくつろいでいる研究所の部下トム・オールダスを発見。上司たるビアードからクビを宣言されて狼狽したトムが、北極熊の敷物に足を取られて転倒し、テーブルの角に頭をぶつけて即死。これを、パトリスのいま一人の浮気相手であるターピンの他殺に見せかけようと画策。ミステリーの香りづけまで施した最高に可笑しいコミック・ノベルとして始まるこの小説は、しかし、第二部(二〇〇五年)、第三部(二〇〇九年)と先に進むにつれ、深遠なテーマと苦い読後感に結びついていくのだ。
ある人物の、人工光合成によって太陽光から電気を作るアイデアをパクり、発展させ、数々の特許を取って、富と栄光を得ようとするビアードが、都合のよい愛人扱いしている三十九歳のメリッサから妊娠を告げられる第二部。ビアードの幼少期から青年期のあらましが語られ、ついに完成した人工光合成パネルのお披露目の式典を背景に、彼がこれまでの所業のツケを払わされるであろう自業自得の予感で幕を閉じる第三部。頭脳は優秀でも、倫理観や貞操観念に欠け、人間的成長を遂げることができなかった男のその後を想像せずにはいられない、開かれた結末になっているこの小説の最後には、彼がノーベル賞を受賞した際の、スウェーデン王立科学アカデミーによる紹介スピーチが置かれている。それは、つまりビアードの人生の絶頂期を飾る言葉だ。そこには、彼が生み出した概念を讃えて、哲学者フランシス・ベーコンのこんな言葉が引かれている。
〈もっとも心地よい最高の和声は、個々のパートや楽器がそれ自体としてではなく、それらすべての融合として聞こえるものである〉
そんな美しい相互関連の法則を発見した人物が、人を本気で愛したことなど一度もなく、食欲と性欲にふりまわされ、多少の良心のとがめを覚えながらも目前の快楽やプライドだけを追求するというエゴイスティックな生き方をしてしまう皮肉。でも、ビアードに注がれるそのアイロニカルな視線は、地球温暖化による環境破壊を気にはしつつ、便利さを手放せず問題を先送りにしようとしている世界中の大勢の“わたし”や、3.11を経てもなお原子力発電という力を手放せないでいる日本中の大勢の“わたし”にも向けられているのだ。
これは、マキューアン作品の中でもっとも笑える小説にして、もっとも苦い小説。今を生きるすべての“わたし”のための、二十一世紀型諷刺小説の傑作なのである。

(とよざき・ゆみ 書評家)

短評

▼Yumi Toyozaki 豊崎由美
主人公は、イギリスにおけるコミック・ノベルの正嫡ともいうべきインテリ型ダメ男。最高に可笑しい物語として始まるこの小説はしかし、先に進むにつれ、深遠なテーマと苦い読後感に結びついていく。人を本気で愛したことなどなく、食欲と性欲にふりまわされ、目前の快楽やプライドだけを追求する主人公。彼に向けられるアイロニカルな視線は、地球温暖化の問題を先送りにする世界中の“わたし”や、3・11後も原子力発電を手放せないでいる日本中の“わたし”にも向けられている。マキューアン作品の中でもっとも笑える、もっとも苦い小説。

▼Mail on Sunday メール・オン・サンデー
英国的な風刺と科学的な探求をブレンドしながら、この本は個人的かつ全地球的な問題に注意を向ける――アイロニカルに、かつ心に響くように。その手つきはまさにマキューアン的というほかなく、誰にも真似のできないものだ。

▼Financial Times ファイナンシャル・タイムズ
呆然とするほど完成された作品。現時点での彼の最高傑作だろう。

▼Time タイム
マキューアンによる背景取材はとても自然な形で作品に溶け込んでおり、その見事さは、この分野で研究に勤しむMITの科学者たちがメモを盗まれたのではないかと訝るほどだろう。しかしこの作品の真価――単なる「暗い喜劇」を超える価値――は、深刻な環境問題の本質を、主人公の一人の人間としての人生を通じて明らかにした、この作家の手腕にある。

感想を送る

新刊お知らせメール

イアン・マキューアン
登録する
村松潔
登録する
文芸作品
登録する
評論・文学研究
登録する

同じジャンルの本

書籍の分類

ソーラー

全国の書店、または以下のネット書店よりご購入ください。

※ 書店によっては、在庫の無い場合や取扱いの無い場合があります。あらかじめご了承ください。
※詳しい購入方法は、各ネット書店のサイトにてご確認ください。

  • amazon
  • 楽天ブックス
  • 7net
  • e-hon
  • HonyaClub
  • TSUTAYA ONLINE
  • 紀伊國屋書店
  • エルパカBOOKS - HMV
  • honto