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思い出せない、最愛の人の言葉。脳裏から離れない、ある夜の景色。

メモリー・ウォール

アンソニー・ドーア/著、岩本正恵/訳

2,160円(税込)

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発売日:2011/10/31

読み仮名 メモリーウォール
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 316ページ
ISBN 978-4-10-590092-2
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 2,160円

記憶を保存する装置を手に入れた認知症の老女。ダムに沈む中国の村の人々。赴任先の朝鮮半島で傷ついたタンチョウヅルに出会う米兵。ナチス政権下の孤児院からアメリカに逃れた少女――。異なる場所や時代に生きる人々と、彼らを世界に繋ぎとめる「記憶」をめぐる六つの物語。英米で絶賛される若手作家による、静謐で雄大な最新短篇集。

著者プロフィール

アンソニー・ドーア Doerr,Anthony

1973年、オハイオ州クリーヴランド生まれ。デビュー短篇集『シェル・コレクター』(2002)で一躍脚光を浴び、O・ヘンリー賞、バーンズ&ノーブル・ディスカバー賞、ローマ賞、ニューヨーク公共図書館ヤング・ライオン賞など、多数の賞を受ける。二冊目の短篇集『メモリー・ウォール』はストーリー賞を受賞し、米主要三紙が年間ベスト作品に挙げた。『すべての見えない光』は2015年度のピュリツァー賞を受賞し、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに100週以上にわたってランクインしている。2016年8月現在、妻と二人の息子とともにアイダホ州ボイシに在住。

岩本正恵 イワモト・マサエ

(1964-2014)東京生れ。東京外国語大学英米語学科卒。翻訳家。主な訳書に、キャスリン・ハリソン『キス』、アンソニー・ドーア『シェル・コレクター』、ウィリアム・プルーイット『極北の動物誌』、アレクサンダル・ヘモン『ノーホエア・マン』など。

書評

波 2011年11月号より 記憶の種子

円城塔

二〇〇三年の『シェル・コレクター』(新潮クレスト・ブックス)邦訳に続き、『メモリー・ウォール』がやってきた。短篇の名手アンソニー・ドーアの六作を収める。
収録作の舞台は過去、現在、未来を自由にし、南アフリカ、アメリカ、朝鮮半島、中国、リトアニア、ナチス体制下のドイツと、今回もまた、一人の作者の手になるものとは信じられないくらいに多彩だ。その間を「記憶」や「種子」といったテーマが結び合う。
「メモリー・ウォール」のアルマは認知症で記憶を失いつつあり、「非武装地帯」の父はアルツハイマー型認知症を患っている。「ネムナス川」のサボさんは「もうものを覚えていない」。「来世」のエスターは癲癇により記憶を鮮明に蘇らせる。「生殖せよ、発生せよ」は不妊を扱い、ダムに沈もうとしている「一一三号村」の母は種屋をしている。
表題作のタイトル「メモリー・ウォール」は示唆的だ。記憶の壁(メモリー・ウォール)は、家の歴史を示す写真や絵画が一面に並ぶ壁面も指すし、計算機科学の重要問題も指す。後者は、計算速度の高速化をメモリーへのアクセス速度が邪魔してしまう現象だ。
徐々に記憶を失っていくアルマは、「遠隔記憶刺激装置」を用いて、消えていく記憶をカートリッジに蓄えていく。表題作は、アルマの面倒をみる使用人のフェコ、その息子テンバ、何故かそのカートリッジを狙うロジャーとルヴォの二人組が絡み合い、アルマの亡夫ハロルドの残した「ゴルゴノス・ロンギフロンス」へ収束しながら展開していく。ここで多くを語ってしまうつもりはないが、それは恐竜の化石である。石化した何かの記憶で、物語を芽吹かせる種子でもある。
断章形式を多く用いるドーアの業は、ここで最大限に発揮されている。千個以上のカートリッジに収められた断片的なアルマの記憶と、それを手当たり次第に読み出していくルヴォ。その関係はそのまま、小説と読者の関係でもある。壁に並ぶカートリッジと、紙面に並ぶ断章たち。読むという行為がそのまま、記憶のゆらぎと化していく様はほとんど奇跡的な域に達する。勿論この照応は表題作に留まらず、短篇集としてまとめられた本作全体へも適用できて、その入り組みは目を眩ませ、思考を酔わせる。短篇とは、言うまでもなく断片だからだ。当然、小説というもの自体が、いつかは読み終わってしまう現実の断片であるのは言うまでもない。
小説を用いて世界を出現させるためには種子であることが要請される。全てを描くことは叶わず、差し出されるのはほんの種子であるにすぎない。読者の中に芽吹く種子として。
ドーアにおいては、種子は血のつながりに限定されない。それぞれの短篇で展開される継承は、時に断絶の様相を示す。「メモリー・ウォール」においてはカートリッジがアルマの手を離れて移動していき、「ネムナス川」の主人公は父母を亡くして祖父に引き取られ、「来世」のエスターは自分の意思によらずにアメリカへ移され、エスターの子は養子をとりに中国へ出向いている。断絶は理解できない偶然として現れて、それでも続く今がある。「生殖せよ、発生せよ」では、生物教師のハーブが生徒たちに言う。
「大切なのは概念を理解していることを示すことだよ」
そう言うハーブ自身が、概念も仕組みも理解しているはずの生殖という現象が自分たちに到来しないことに戸惑っている。
得体の知れぬままに進行していく自然は、人間の理解や思惑を裏切り続ける。一見、全てを断ち切るように進行しながら、背後で複雑な網を織りなす。人間の理解を当たり前に凌駕している自然。記憶を頼りに紡がれるドーアの筆は静かに美しく、我々に完全の不在を告げる。ただ記憶の連鎖をして、逆巻く自然の只中に位置を占めることが可能だと示す。
そう、本の形をとった記憶が語る。

(えんじょう・とう 作家)

目次

メモリー・ウォール
生殖せよ、発生せよ
非武装地帯
一一三号村
ネムナス川
来世
訳者あとがき

短評

▼EnJoe Toh 円城塔
読み終えて茫然とした。こんなことが可能なのかと。時代も舞台も異なった老若男女を自在に描くドーアの筆は、魔術的な域に達する。急速に失われていく記憶は人の思惑をこえて引き継がれ、形を変えてつながっていく。描かれるのは、人間になど関心のない自然の姿だ。そんな無体な自然の中で、記憶が居場所をつくり続ける。もし人が自分自身でしかありえないなら、このお話が書かれることはなかったはずだ。自然も自分も以前と同じであるはずなのに、世界の見え方がはっきりと変わる。

▼Maile Meloy マイリー・メロイ
この本の最後のページを読み終えたとき、私は呆然として立ち上がれないまま目を瞬かせていた。ドーアが作り出した、奇妙で、鮮明で、まるで実在するかのような世界から離れることができなかった。この本を読んでみてほしい。記憶について、時間や愛について、そして生きる上でなくてはならないものをどのように記録し保ち続けていくかについて、この本は読む人の考え方を変えるだろう。

▼Dave Eggers デイヴ・エガーズ
アンソニー・ドーアは、ほとんど試みられたことも達成されたこともないような短篇小説を手がけていると言っていい。本書に収められた短篇は、3倍の長さを持つ長篇小説に劣らないほどの広さと深さを持っている。ドーアは、短篇小説に何ができるかという基準を更新したのだと私は思う。

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