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ラジオ局を訪ねてきた少年は、行方不明者のリストを握り締めていた。ペルー系アメリカ人作家による初長篇。

ロスト・シティ・レディオ

ダニエル・アラルコン/著、藤井光/訳

2,268円(税込)

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発売日:2012/01/31

読み仮名 ロストシティレディオ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 348ページ
ISBN 978-4-10-590093-9
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 2,268円

行方不明者を探すラジオ番組「ロスト・シティ・レディオ」。その女性パーソナリティーのもとを、一人の少年が訪ねてくる。彼が手にしていた行方不明者リストには、彼女の夫の名前もあった。次第に明らかになる夫の過去、そして暴力に支配された国の姿。巧みなサスペンスと鮮烈な語り。注目の新鋭による、圧倒的デビュー長篇。

著者プロフィール

ダニエル・アラルコン Alarcon,Daniel

1977年、ペルーの首都リマに生まれ、3歳で渡米。コロンビア大学で文化人類学を、アイオワ大学で創作を学び、英語とスペイン語で執筆する。初長篇『ロスト・シティ・レディオ』は各紙誌で激賞され、PEN/USA賞などを受賞。第二長篇となる『夜、僕らは輪になって歩く』はPEN/フォークナー賞の最終候補作となった。グランタ誌およびニューヨーカー誌は、最も優秀な若手アメリカ作家の一人として彼の名を挙げている。サンフランシスコ在住。

藤井光 フジイ・ヒカル

1980年大阪生まれ。同志社大学准教授。訳書にウェルズ・タワー『奪い尽くされ、焼き尽くされ』、テア・オブレヒト『タイガーズ・ワイフ』、セス・フリード『大いなる不満』、ダニエル・アラルコン『夜、僕らは輪になって歩く』等。著書に『ターミナルから荒れ地へ』。

書評

波 2012年2月号より 名前のない国に呼びかける声

管啓次郎

舞台は中南米のある国。名前は与えられない。海岸近くに首都があり、東には山岳地帯と密林がひろがる。国家である以上は政府があり、その現状に怒りを抱く反政府勢力がいる。長い内戦があった。反政府勢力はIL(不法集団)と呼ばれる。その実態は明らかではない。はたして誰がその組織に参加しているのかすらわからず、参加している者同士であっても互いをつねにそうと認識できるわけではない。戦闘集団はたしかに存在し、密林地帯も首都のスラム街も戦場になってきた。その背後には、連絡係として組織に参加しながらも、組織の全貌についても戦いの展開についてもごく限られた視界しかもっていない者がいる。たとえば、ジャングルをよく知る民族植物学者のレイがそうだった。この小説において、いわば不在の中心とでもいった位置を占めるのは彼。ノーマが見失ったままの夫だ。
物語は首都のラジオ局のカリスマ的アナウンサー、ノーマがもつ人気番組をめぐって展開する。内戦、ついで戦後の混乱の日々、この国の各地であまりに多くの人が行方不明になった。森の村々の少年たちは政府軍にもゲリラ組織にも身を投ずる。崩壊した村社会を離れて首都に流入する人口が急増し、スラム街はとめどなく成長する。ノーマの番組は、そんな激動の中に見失った家族や恋人を探す人々のためのものだ。「ロスト・シティ・レディオ」とは、要するに失われた人々がその不在によって集う都市、かれらのことを語る声によってのみ構成される虚の都市を意味するのだろう。人々は彼女に電話をかけ、探している人のことを語り、その名を呼ぶ。
ある日、ジャングルの「一七九七村」から十一歳の少年ビクトルがノーマのところに送られてくる(この国では各地の伝統的な地名は禁じられ、無味乾燥な数字名に置き換えられている)。少年の使命は村の行方不明者リストを番組で読み上げてもらうこと。これが小説の冒頭で、そこから読者は過去と現在がさまざまに交錯するペースの速い語りを追うことになる。ビクトルの村では何が起きたのか? レイはノーマのそばにいない間どこで何をしていたのか、そして今はどこにいるのか? ノーマの夫探しという縦糸につらぬかれたかたちで、深い亀裂と無数のひび割れに苦しみ悲しむ社会の様相が描かれてゆく。
亀裂の根源にあるのは、〈国家〉という機構が〈大地〉に被されてゆくときの葛藤だ。ジャングルははっきりと先住民世界として提示される。村人は別の言語を話し、別の生活習慣と法にしたがっている。つまり内戦における政府と反政府の対立自体が、過去五世紀の侵略するヨーロッパと先住民世界の戦いに上書きされている。その点きわめて興味深いのが、タデクという一種の神託裁判だ。罪を負うべき者を決めるために、村では十歳未満の少年に幻覚性の茶が与えられる。酔った少年がそばに寄り離れなくなった者、それが犯人。いかに根拠薄弱だと思われようと、この決定にしたがわないことは許されない。だが国家が下す恣意的な判断、反政府分子を拘束し処罰するプロセスも、じつは現代版のタデクではないかと論じたのがレイだった。ジャングルの法も国家の法も、特定の個人に罪を背負わせて社会秩序を回復するスケープゴート化のメカニズムに立つことでは変わらない。〈法の独占〉をめざす国家は、先住民世界を全力で抹消せざるをえない。
これは一例にすぎない。ラテンアメリカ文学の魔術的リアリズムという大いなる財産を継承しながら、ペルー生まれの青年がヘミングウェイ的な英語で書いたこの小説は、細部にまで省察の行き届いた、本格的政治小説でもある。そして現代の政治を描くことが、そのまま現在も続く文明史的葛藤を論じることになるのは、〈新大陸小説〉の宿命だろう。そう、この作品はまさにアメリカス(南北アメリカを統合的に捉える際の呼び名)の文学の最新のフェーズを体現している。

(すが・けいじろう 詩人・比較文学者)

短評

▼Keijiro Suga 管啓次郎
想像できるだろうか、それがラジオの最高の人気番組だなんて。「ロスト・シティ・レディオ」。内戦で行方不明になった人々への呼びかけの電話、そして感動的な再会。だがその再会すら演出された嘘だとしたら? 名前を欠いた中南米のどこかの国で、「1797」とのみ呼ばれるジャングルの村と首都をむすびつつ展開する物語。噂が生死を支配する苛酷な状況下で、隠された本名と偽名の交錯が謎と悲劇を呼ぶ。彼女の夫はいったい誰だったのか? ジョージ・オーウェルの伝統を継ぐ本気の政治小説が、ペルー生まれの青年が書く英語のマジカルな文体に乗って飛翔する。

▼Star Tribune スター・トリビューン
本書を読むことは、スタインベックやガルシア=マルケスの到来を目撃するようなものだ。

▼The Independent インディペンデント
恐ろしく完成度の高い初長篇だ。アラルコンが描く名前のない国は、生い茂る熱帯雨林や大都市のスラムと同じように、強烈なリアリティを感じさせる。

▼Colm Toibin コルム・トビーン[作家]
アラルコンは、驚異的な個性を持つさまざまなイメージによって、恐怖と優しさに満ちた世界を作り出す。人物造形は巧みで、しっかりしたニュアンスを持っている。近年デビューした作家の中でもっともエキサイティングで野心的な一人だ。

訳者あとがき

 ダニエル・アラルコンは一九七七年、ペルーのリマで生まれた。三歳のときに家族に連れられてアメリカ合衆国のアラバマ州に移住し、以降はアメリカで教育を受けた。十歳でミラン・クンデラ、十一歳でシェイクスピアを読むなど、文学漬けの十代を過ごし、大学卒業後に学校の教師として働き始めたが、アイオワ大学の創作ワークショップに参加したことを機に作家としての道を歩むようになった。短篇の一つが「ニューヨーカー」誌に掲載されて一気に注目を集めた彼は、二〇〇五年、短篇集War by Candlelightでデビューを果たす。みずみずしい感性と硬質な文体のバランスを絶妙に取りつつ、混乱した社会での人々の暮らしを描く短篇の数々により、まだ二十代だったアラルコンは、スペイン語圏をバックグラウンドに持つ新世代の作家たちの一人として名乗りを上げた格好になった。
 その後、二〇〇七年に本書『ロスト・シティ・レディオ』が発表され、PEN/USA賞を受賞した。いち早く翻訳が刊行されたドイツでは、二〇〇九年にInternationaler Literaturpreisを受賞している。こうした一連の創作活動により、彼は「グランタ」誌による「注目のアメリカ人若手作家」や、「ニューヨーカー」誌が選ぶ「四十歳未満の注目作家二十人」に、ジョナサン・サフラン・フォアやイーユン・リーとともに選ばれている。『ロスト・シティ・レディオ』発表後のアラルコンは短篇小説を精力的に発表し、そのうちいくつかはBest American Short StoriesやPEN/O. Henry Prize Storiesに選ばれるなど、常に高い評価を受けている。
 それだけでも目覚ましい活躍ぶりといえるのだが、そうした創作活動と並行して、彼はペルーとアメリカをめまぐるしく行き来しつつ、スペイン語文芸誌の編集、現代ラテンアメリカ文学の英語圏への紹介活動、書籍の海賊版市場からサッカー観戦記までを含むジャーナリズムなどにも積極的に取り組んでいる。さらに、ポール・オースター村上春樹を始めとする多数の現代作家たちに取材した創作上のエピソードなどをThe Secret Miracleとして編集するなど、実に多岐にわたる活動を続けている。
 アラルコンのそのような軌跡を追っているだけで、彼にとっては、北米と南米という二つの地域、英語とスペイン語という二つの言語を行き来することは単なる日常なのだと痛感させられる。「国籍や言語の壁は壊れつつある」と語り、自身を“North Amer-Incan”と呼んでいる彼もまた、ジュノ・ディアスやサルバドール・プラセンシアと並んで、ボーダーをまたぐようにして活動する二十一世紀の作家の典型だと言えるかもしれない。
 ただし、アラルコン自身の文学的な好みは上記の作家たちとは少し異なっている。彼はウィリアム・フォークナーやジョナサン・サフラン・フォアといったアメリカ人作家、そしてホルヘ・ルイス・ボルヘスやマリオ・バルガス=リョサなどのラテンアメリカ作家への敬意を見せつつ、大きく影響を受けた作家たちとしては、リシャルト・カプシチンスキやブルーノ・シュルツといったヨーロッパの作家の名前を挙げている。ちなみに訳者が訊ねてみたところ、日本文学でのお気に入りは安部公房川端康成だという。

『ロスト・シティ・レディオ』を執筆するきっかけとなったのは、アラルコンが実際にリマに戻って住んでいた時期の出来事だった、と彼はインタビューで語っている。小説にも名前を変えて登場する、低所得者層の暮らす地区で出会った男性から、アラルコンはあるリストを見せられた。そこには、その男性の出身地である山岳部の村から行方不明となった何十人もの人々の名前が記されていた。この人たちを見つけ出す手助けをしてほしい、と頼まれたが、そのときのアラルコンはどうしていいか分からないまま、リストを手にただ立ち尽くしていたという。その出来事のインパクトと、そしてアラルコンがよく聴いていた実在のラジオ番組が一つの物語として結びつき、ついには読者のもとに届けられることになった。
 そうして発表された『ロスト・シティ・レディオ』は、激しい内戦が終結してから十年が過ぎ、再建期に入った匿名の国家を舞台としている。内戦の記憶をいわばリセットするべく、その国家の地名はすべて消し去られ、数字で置き換えられている。そうして「一七九七」という番号で呼ばれるようになったジャングルの村から、ビクトルという少年が行方不明者のリストを持ってラジオ局にやってくる。国中の人気を集めるラジオ番組「ロスト・シティ・レディオ」で、そのリストを読み上げてもらうためだ。番組のホストを務めるノーマは、特別番組が放送されるまでの数日間をビクトルと過ごすことになる……。
 ノーマの夫レイをめぐる過去の記憶の数々が、その物語と何度も交錯するように語られていくことで、小説全体に独特の緊張感と厚みがもたらされている。レイは内戦の終わりにジャングルで消息を絶ったまま戻ってきておらず、「IL」と呼ばれる反政府勢力に協力していたと告発されていた。夫の名前を口にすることを禁じられたまま、戦争の記憶は封じられようとしている。しかし、少年が持ってきたリストはやがて、記憶の牢獄に小さな穴を穿っていく。ノーマと少年に何が起こるのか、姿を消す前のレイが何を経験していたのか、それぞれの次元で語りは進行し、レイの少年時代やジャングルへの旅、内戦中のレイとノーマの生活、一七九七村での人々の生活など、自在に時系列と舞台を移動しつつ語られる過去のエピソード群を次々に挟み込むことによって、物語を進行させると同時に奥行きを与えている。
 その物語全体を貫く、電流が流れているように感じられるほどの張りつめた文章が、『ロスト・シティ・レディオ』の最大の特徴だと言えるかもしれない。アラルコンは感傷を排した文体によって、一連のエピソードを語っていく。内戦が描かれるとはいっても、アラルコンの重点は体制批判や戦場そのものよりもむしろ、その混乱した社会で暮らす人々の希望や失望、笑いや悲しみといった感情が放つささやかな光を際立たせることにある。結果として、彼の文章には緊迫感のみなぎる強靭さと同時に、人間的な共感にあふれたしなやかさが同居している。訳文がその感覚をうまく伝えられているかどうか、それは読者のみなさんに判断していただくしかない。
 
 現在のアラルコンは、本書のプロジェクトを実際に引き継ぐかのように、スペイン語によるラジオ番組“Radio Ambulante”を立ち上げる準備を進めるかたわら、『ロスト・シティ・レディオ』と同じ国を舞台とする第二長篇の完成に向けて多忙な日々を送っている。もう五年以上も取り組んでいるその新作は、二〇一〇年の暮れには一旦仕上がっていたのだが、出来映えに不満を覚えたアラルコンは徹底的に書き直しを加えているのだという。なにしろ「書かれる価値のある小説とは、書き始めたときにはおよそ不可能に思えるものだけだ」と断言する作家だけに、自身の創作に対しては一片の妥協も許さない姿勢を貫いている。その新作の断片が、二〇一一年の暮れ近くから本人のツイッター経由で少しずつ紹介されるようになった。まだ全貌が明らかになってはいないが、デビュー小説からさらに進化した、力強くも繊細な物語が姿を現すのではないかという予感を抱かせる。

 僕がアラルコンの作品に出会ったのは二〇〇八年の暮れだった。最初はこの本の翻訳ができる日が来るとは思いもよらなかったけれど、多くの人に支えられて、こうして日本語の世界に届けることができたのは幸運としか言いようがない。何よりも、『ロスト・シティ・レディオ』の刊行は新潮社出版部の佐々木一彦さんの導きなくしては実現できなかった。思い入ればかりが先に立っている訳者をサポートしていただき、感謝の念は尽きない。
 また、『ロスト・シティ・レディオ』への思い入れを語る僕のつたない言葉を受け止めてくれ、後にアラルコンの紹介にも一役買ってくれた、早稲田大学の都甲幸治さんにも、この場を借りてお礼を申し上げたい。
 そして、作者アラルコンは、この物語を僕たちの元に届けてくれただけでなく、新作の執筆で忙しいなかでも、訳者からの質問にいつも快く答えてくれた。今は訳者としてよりも、彼の一読者として、新作が待ち遠しい。
 最後に、僕の家族にも感謝を。家族なしでは、僕はこれまでの人生で何もできなかったのだし、これからもそれは変わらないだろうから。札幌と大阪と神戸にいる僕の親に日頃からの感謝の気持ちをこめて、そして、京都でともに人生を歩んでいる妻と娘に、変わらない愛をこめて、本書の翻訳を捧げたい。
 
  二〇一一年十二月 京都にて

藤井 光

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