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失われた時間は、かつての自分は、莫大な金で取り戻すことができるのか? 熱い論争を巻き起こした痛快なイギリス小説。

もう一度

トム・マッカーシー/著、栩木玲子/訳

2,268円(税込)

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発売日:2014/01/31

読み仮名 モウイチド
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 332ページ
ISBN 978-4-10-590107-3
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 2,268円

昏睡状態から目覚めた「僕」は、自分が事故で記憶の大半を失ったことを知る。「事故について何も語らないこと」を条件に巨額の示談金を得た彼は、広大な土地を買い上げ、大勢の役者を雇い、執拗に練習を繰り返して、おぼろげな過去を忠実に再現しようと試みる――。滑稽、不可解、それでいて切ない。異色の話題作、遂に邦訳。

著者プロフィール

トム・マッカーシー McCarthy,Tom

1969年ロンドン生まれ。オックスフォード大学英文科を卒業後、プラハ、ベルリン、アムステルダムで様々な職を経験し、90年代初頭にロンドンに戻る。虚構アート集団「国際ネクロノーティカル協会」で活動する一方、初めての小説となる『もう一度』を2001年に書き上げる。イギリスの大手出版社から軒並み拒絶されたが、4年後にパリの小さな美術系出版社から刊行されると絶賛を浴び、英米でも改めて出版されて大きな注目を集めた。その後も小説、評論、書評等で活躍、2010年発表の長編小説『C』はブッカー賞最終候補作となった。

栩木玲子 トチギ・レイコ

1960年生まれ。法政大学教授。専門はアメリカ文学、映画研究。訳書にトマス・ピンチョン『LAヴァイス』(共訳)、ジョイス・キャロル・オーツ『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』、ウィリアム・ヴォルマン『ザ・ライフルズ』、デイヴィッド・スカル『モンスター・ショー』など。

書評

波 2014年2月号より 危険な謎

柴崎友香

たとえばテレビで風景の美しさに感動した場所を訪れてみて、予期していたほどの感情は湧いてこない代わりにその場にいる確認として記念写真を撮るときのちょっと居心地の悪い感じ。あるいは、ふと通りかかった坂道の途中で、突如記憶や感情がよみがえって、思いがけず動揺する感じ。そんな覚えのある、つまりたいていの人が、この小説に書かれていることに無関係ではいられないと思う。
『もう一度』は、とある謎から始まる。なにかの事故で「僕」は瀕死の重傷を負ったらしい。どうやらそれは国家機密に関わることのようで、「僕」は一切口外しない代わりに巨額の示談金を得る。
体は回復し、新しい生活が始まったものの、「僕」の記憶は不確かなまま。偶然見かけた壁のひび割れから、失った記憶が「再現」されるように甦ってくる。その「感じ」にとりつかれた「僕」は、示談金をつぎ込んでその光景を実際に「再現」しようと試みる。
しかし、主人公が確かめようとしているのは、自分を理不尽な状況に追いやった原因ではない。もっと大きな、生きている現実そのものを根本から揺さぶる、いっそう危険な別の謎である。
最初、「僕」が求めているものがなんなのか、読者にはつかめない。たぶん、彼自身にもわかっていないからだ。
記憶に近いアパートを丸ごと買い上げて、思い通りに改装し、記憶の中にある光景を「再演」するために普通の人々を「役者」として雇い何度も動作を繰り返させる。階下から漂うレバーを焼く香り、同じところで間違うピアノの音、差し込む日差しの角度。偶然の手を借り、「僕」の記憶にある光景は細部まで完成されていくが、「僕」の関心はまた別のある「瞬間」に移り始める。
細部の描写や人間に対する観察は、イギリスらしいシニカルさがちりばめられているし、計画を加速度的に進めていく展開はとてもスリリングで、要するにとてもおもしろくてページをめくってしまうのだが、だんだんと「僕」が常軌を逸して狂気とも言える行動に踏み込んでいくことに気づく。
もしかしたらこれ以上読み進めないほうがいいのではないか、という怖れのような感情がふと胸をよぎるが、でも、当然、読んでしまう。わたしたちも、その「謎」について知りたくて仕方がないからだ。
常軌を逸していく「僕」だが、もう一人重要な人物がいる。「僕」の壮大かつ無謀な計画の段取り、進行をすべて取り仕切る、その名も「タイム・コントロール社」のナズだ。「両目の奥でなにかがブンブン音を立てて」精密機械が動いているかのような超有能なナズも、自分の手がけた進行が予定通りに進むこと、つまり時間を世界をコントロールすることに魅せられる。自分の感情をほぼ話さないナズの微妙な表情が、「僕」の希求するものがいかにあやういものかを、際立たせる。
記憶が混乱し、体の機能も一時的に失っていた「僕」は、「意識すること」と「動くこと」のつながりを取り戻そうとする。その感覚は、様々なメディアによる「再演」だらけの今の世界に生きるわたしたちにも、すんなり当てはまる。自然に、無意識に動くことの困難さを、こんな突拍子もない方法で語ることができるのかと驚かされた。
拡大していく「再演」のスケールと強度は圧巻である。自分が当事者でない経験の次は、まだ起こっていない事件さえ「再演」を計画する。そこにあるのは「リアル」に対する強烈な渇望と陶酔だ。
「僕」は手段を選ばなくなり、完璧だと感じるその瞬間を無限に引き伸ばし、繰り返そうとする。微分法のように、なんとかその地点の解を求めようとする。その欲望が辿り着くゴールは果たして存在するのか、それとも……。
知りたい欲望を抑えられない読者もまた、ページをめくる快楽に身を任せていると後戻りできない場所に巻き込まれていたことに気づく。
「リアルになりたい、よどみなく自然になりたい、ただそれだけ」というなんでもなさそうな、努力して求めるものとは考えられていないようなことが、いかに困難で、もっと言えばほぼ得難いものだということを、この小説は明らかにしてしまった。読み終えたわたしも、もう「普通」が「普通」でなくなってしまったかもしれない。

(しばさき・ともか 作家)

短評

▼Shibasaki Tomoka 柴崎友香
謎めいた状況から物語は始まるが、主人公が追い求めるのはその原因ではなく、生きている現実そのものを根本から揺さぶる、より大きな謎だ。拡大していく「再演」のスケールと精密な機械のような「進行」のスリル。仕掛けに引き込まれて読み進めると、後戻りできない場所に巻き込まれている。そこにあるのはリアルな感触への強烈な渇望と陶酔。一度きりの生の実感を、こんなとんでもない方法で、ほとんど狂気の域まで求める主人公はどこへたどり着くのか。読んでしまったわたしも、もう「普通」が「普通」でなくなっているかもしれない。

▼New York Times ニューヨーク・タイムズ紙
素晴らしく抑制のきいた文体と不気味な想像力によって、この作品はSFの一歩先まで到達している。冷たいユーモアと忘れがたいほど無情な語り手、そしてテーマが理路整然と拡張されていく様子が、この物語を単なる心楽しいパズルを超えたものにしている。愉快であるのと同じくらい不穏でもある、小説の哲学をめぐる物語だ。

▼Zadie Smith ゼイディー・スミス
この小説がもたらすものを私たちは「建設的な破壊」と呼んでも良いだろう。私がこの作品をここ10年間で最良のイギリス小説のひとつであると考えるのは、そのような特質のためなのだ。

▼Jonathan Lethem ジョナサン・リーセム
きわめて類まれな小説のテーマ、すなわち幸福というものについての、唖然とするほど奇妙な物語。

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