ホーム > 書籍詳細:天才 青山二郎の眼力

小林秀雄に「天才」と言わしめ、白洲正子が人生の師と仰いだ男。

天才 青山二郎の眼力

白洲信哉/編

1,512円(税込)

本の仕様

発売日:2006/08/25

読み仮名 テンサイアオヤマジロウノガンリキ
シリーズ名 とんぼの本
発行形態 書籍
判型 A5判
頁数 127ページ
ISBN 978-4-10-602146-6
C-CODE 0370
ジャンル 芸術一般、陶芸、収集・コレクション
定価 1,512円

日がないちにち骨董を弄り、やかましい文士たちを議論で負かす。自分は日本の文化を生きているのだと豪語する。「韋駄天お正」こと白洲正子が慕った天才は、「余技」に生きた王様だった。百万の中から一を掘り出す恐るべき鑑識眼とは? やきもの、絵画、装幀……、“ジィちゃん”がその眼力で発見した美の世界へようこそ。

著者プロフィール

白洲信哉 シラス・シンヤ

1965年東京都生まれ。細川護煕首相の公設秘書を経て、執筆活動に入る。その一方で日本文化の普及につとめ、書籍編集、デザインのほか、さまざまな文化イベントをプロデュースする。父方の祖父母は、白洲次郎・正子。母方の祖父は文芸評論家の小林秀雄。主な著書に『小林秀雄 美と出会う旅』(2002年 新潮社)、『天才 青山二郎の眼力』(2006年 新潮社)、『白洲 スタイル―白洲次郎、白洲正子、そして小林秀雄の“あるべきようわ”―』(2009年 飛鳥新社)、『白洲家の流儀―祖父母から学んだ「人生のプリンシプル」―』(2009年 小学館)、『骨董あそび―日本の美を生きる―』(2010年 文藝春秋)ほか多数。

目次


青山は惚れ込んで入手したものでも、飽きれば手放した。しかしこの李朝の井戸徳利は、ずっと傍に置きたかったらしい。『愛陶品目録』と命名した和綴じ本に、まるで情熱の炎に包まれたように描写している


斬新なデザインで一世を風靡した本阿弥光悦の作品は、青山二郎の心を強くとらえた。右の大きいほうが、青山が大切にした山月蒔絵文庫で、左は夫人が後に見つけた鹿図蒔絵硯箱。同じモチーフのこの二作品、初めから対であったのだろう


赤を基調に、多彩な文様や陶器の図版を配した、手作りの図録。デザインに凝るジィちゃんの真骨頂


青山が装幀した三好達治『駱駝の瘤にまたがつて』と表紙原画。青山の筆が冴えた一幅だ


ジィちゃんが終の住処に選んだのは、東京・原宿のモダン建築マンション、ビラ・ビアンカ。飾り棚には、織部の皿や飴釉の壺など、お気に入りの器が並んだ
I 青山二郎とは何者か?
II 骨董誕生
「先づ支那に入門するべし」
―――――中国古陶磁―――――
鑑賞家の度胸で『甌香譜』出版
鑑賞陶器の粋、横河コレクション
[コラム]科学者としての横河民輔
「自働電話函」は世界第一級品
古染付の楽しみ
呉州赤絵の魅力を引き出す
古九谷にも注目!
[コラム]二郎の理解者、倉橋藤治郎

「朝鮮物第一流のものは焼物、百万中に一つなり」
――――李朝・朝鮮工芸――――
やきものの第一等、李朝白磁
[コラム]朝鮮古陶磁の神様、浅川伯教
秋草手を見出した眼
[コラム]壺をめぐる執念の物語
李朝の先駆者、柳宗悦に出会う
朝鮮へ買い付けに行く
初期民芸とのかかわり
いつも李朝を座辺に

「一個の茶碗は茶人その人である」
――――――茶碗―――――――
[コラム]利休への傾倒、『利久伝ノート』

「人が視たら蛙に化れ」
―――――日本の骨董―――――
大甕の迫力
信楽、根来の味
織部大好き
光悦に惹かれて

このぐい呑はすなわち私だ
――――――酒器―――――――
〈骨董をめぐる付き合い〉小林秀雄
〈骨董をめぐる付き合い〉白洲正子
〈眼に叶った陶芸家〉北大路魯山人
〈眼に叶った陶芸家〉加藤唐九郎

ジィちゃんの冬の楽しみ

III 装幀デザインの美
余技の真骨頂 青山二郎の装幀  文……蝦名則
美しい原画から生まれた美しい本
本歌取りのテクニック
友人、小林秀雄のために
雑誌デザインへの愛着
遊び心の王様
〈眼に叶った画家〉梅原龍三郎
〈眼に叶った画家〉富岡鉄斎

IV 二郎流暮らしの楽しみ
モダン建築、ビラ・ビアンカに住む
海辺の塔の家、川奈の別荘へ
ジィちゃん、写真に凝る
「百日突ツつく」風景画
「清君」が語る青山二郎
青山二郎年譜

担当編集者のひとこと

天才 青山二郎の眼力

 このカバー写真のギョロ目のちょび髭男、若き日の青山二郎さん。かなり妖しい匂い? プンプンでしょう。うーん、でもアオヤマジロウと言われても、いったい誰それ? という方も多いかも知れませんね。
 あの白洲正子さんや小林秀雄さんに骨董を教えた人、といえば、一番ピンと来るかもしれません。青山の盟友・小林秀雄は、「僕たちは秀才だが、あいつだけは天才だ」と、その古美術への鑑識眼に舌を巻きました。また、「韋駄天お正」(じつはこの渾名も青山二郎の命名)こと白洲正子は、なんど泣かされようと、胃潰瘍をおこそうと、青山を慕い、食らいついて、「ほんもの」を見抜く眼を鍛えたのです。 ジロウだから「ジィちゃん」と呼ばれた青山二郎は一九〇一年東京生まれ。若い頃から天才的な鑑識眼で周囲を驚かせました。茶道具ばかりだった当時、中国の「鑑賞陶器」といわれはじめた古美術品を広く紹介し、朝鮮・李朝のやきものや工芸品に独自の価値を見出し、柳宗悦らの民芸運動にもかかわって、日本の古美術界に新風を吹き込みました。じつは、昨今の骨董ブームで、私たちが目にする「名品」のほとんどは、かつて青山二郎が「百万の中から一を掘り出」し、発見したものなのです。
 ジィちゃんの眼に叶った李朝の白磁壺も、井戸茶碗も、唐津のぐいのみも、ぜひ、みなさん、この本で細部までじっくり見てみてください! なお、本物も見たい! という方にも朗報。「特別展 青山二郎の眼」と題する展覧会が、九月一日から滋賀県のMIHO MUSEUMをかわきりに、全国巡回します(詳細は、本の帯を見てね)。質、量ともに、「ほんもの」に出会える最初で最後の美の展覧会、と言っても過言ではありません。
 さて、この本では、骨董や古美術品だけでなく、ジィちゃんが手がけた、多くの本の装幀や絵、写真、それに暮らした家のデザインまで紹介しています。もちろん、うるさい文士たちとともに夜ごと議論を戦わせた「青山学院」など、交友関係のエピソードも満載しました。
 しかし何より興味深いことは、やきものを愛して弄りまわし、文章を書き、絵を描き、写真を撮り、本のデザインをしたわけですが、ジィちゃんにとってはすべてが「余技」であって、生涯、職業というものを持たなかったということです。
 終生親しかった宇野千代さんは、「青山さんのしていることは、それが本気であっても、面白半分に見える」「仕事と好きなことをするのとの区別がない」と「青山二郎の話」に書いています。ジィちゃんは、一九七九年に七十七歳で亡くなるまで、何ものにもとらわれず、純粋に自由に生きました。最後の「高等遊民」と言ってもいいかもしれません。

 うらやましい限りですが、それだけ自由を貫き通せる強さ、変らない姿勢を、自分は持ちえるかな? 自信ありません……。
 天才のことは、凡人にはわかりにくい。でも、美しいものは美しいという厳しさと、人にも骨董にも、とことん付き合う懐の深さがジィちゃんの魅力です。知れば知るほど、好きになること、請け合いです。

2016/04/27

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