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初公開写真、幻のエッセイ満載。たった一人の娘が明かす、大女優の日々。

高峰秀子 暮しの流儀

高峰秀子/著、松山善三/著、斎藤明美/著

1,728円(税込)

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発売日:2012/01/27

読み仮名 タカミネヒデコクラシノリュウギ
シリーズ名 とんぼの本
発行形態 書籍
判型 B5判変型
頁数 126ページ
ISBN 978-4-10-602228-9
C-CODE 0395
ジャンル 演劇・舞台、映画
定価 1,728円

秘蔵アルバム、日用の品々、掌中の宝物、愛した猫……。初公開写真とエピソードで、大女優の誰も知らない普段の暮しぶりを解き明かす。飾らない、偏らない、背伸びしない。その潔い生き方から、人としての本当の幸せ、いつまでも輝きを失わない本物とは何かを学ぼう。高峰さん自身が望んだ、最初で最後、家族3人による共著!

著者プロフィール

高峰秀子 タカミネ・ヒデコ

(1924-2010)女優、随筆家。1924年北海道生れ。5歳のとき映画『母』で子役デビュー。以後、『二十四の瞳』『浮雲』『名もなく貧しく美しく』など300本を超える作品に出演。キネマ旬報主演女優賞、毎日映画コンクール女優主演賞ほか、受賞数は日本映画界最多。55歳で引退。名随筆家としても知られ、『わたしの渡世日記 上・下』(新潮文庫)で第24回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。『巴里ひとりある記』(新潮社)、『人情話 松太郎』(文春文庫)、『台所のオーケストラ』『にんげんのおへそ』(いずれも新潮文庫)など、夫・松山善三との共著『旅は道づれアロハ・ハワイ』(中公文庫)、松山善三と養女で作家の斎藤明美との共著『高峰秀子 暮しの流儀』(新潮社)も含め著書多数。2010年12月28日死去。享年86。

松山善三 マツヤマ・ゼンゾウ

脚本家、映画監督。1925年兵庫県生れ。岩手医学専門学校中退。1961年、『名もなく貧しく美しく』で監督デビュー。同作と『人間の條件』『二人の息子』で第16回毎日映画コンクール脚本賞を受賞。ほかに『乱れる』『恍惚の人』『人間の証明』などの脚本、『典子は、今』『われ一粒の麦なれど』など多くの問題作を監督・脚本家として世に送る。映画・テレビ・舞台・ラジオで手掛けた脚本は1000本を超える。著書に『厚田村』『氷雪の門』(いずれも潮出版社)、『依田勉三の生涯』(ハースト婦人画報社)など。

斎藤明美 サイトウ・アケミ

1956年、高知県生まれ。津田塾大学卒業。高校教師、テレビ構成作家を経て、「週刊文春」の記者を二十年務める。1999年、初の小説「青々と」で第十回日本海文学大賞奨励賞受賞。2009年、松山善三・高峰秀子夫妻の養女となる。著書に『高峰秀子の捨てられない荷物』『最後の日本人』『家の履歴書(全3巻)』『高峰秀子の流儀』『高峰秀子との仕事1・2』など。

目次

亡き母・高峰秀子に捧げる
序文にかえて
斎藤明美
【衣】飾らない
引き算の美
斎藤明美

暮しの愛用品
エルメスのスカーフ/ブローチ/“マダム・ヒデコ”の手提げバッグ/お針箱/手の形のもの/“ナポレオン”三種
【食】偏らない
大女優にして主婦の鑑
斎藤明美

暮しの愛用品
飯茶碗/蕎麦猪口/豆皿/コーヒーカップ/漆のうつわ/ワイングラス/箸/徳利と盃/猪口
【住】背伸びしない
高峰秀子の理想の家
斎藤明美

暮しの愛用品
銀盆セット/写真立て/人形/トロフィー/燭台/一輪挿し/お厨子/オピウム・ウエイト/文鎮/印章/台所道具/牛/まいまいつぶろ
高峰秀子 幻のエッセイ
1 整理整頓芸のうち 衣
  カンカン帽子
  宝石
  おじさん
  秋
2 整理整頓芸のうち 食
  食いしん坊夫婦ろん
3 整理整頓芸のうち 住
  結婚記念日二十年目の朝
Column 高峰秀子の筆跡
斎藤明美
1 家の間取り図
2 絵
3 買い物メモ
4 旅の手帖
高峰秀子が愛した猫
斎藤明美
秀子、善三、明美
縁でたどる松山家の年譜

インタビュー/対談/エッセイ

波 2012年2月号より 【『高峰秀子 暮しの流儀』刊行記念】 安野光雅氏インタビュー 今明かす! 高峰秀子との秘めたる“恋”(?)

斎藤明美

稀代の名女優にして名随筆家の高峰秀子さんが亡くなって一年。その日々の暮しを描いた新刊書の発売を機に、高峰さんが敬愛しつづけていた画家の安野光雅さんに、養女で作家の斎藤明美さんがインタビュー。誰も知らない“ふたりの関係”がついに今明かされる!?

 安野光雅氏と高峰の出逢いは昭和五十一年。安野氏が当時パーソナリティを務めていたNHKのラジオ番組に高峰がゲストとして出演した時だという。
高峰はその時の印象を自著『おいしい人間』の中で、次のように記している。
〈「光雅」というやんごとなき名前と、モダンで優しくてユーモアの溢れた画調から、イメージとしては立原正秋、宮本三郎風のスッキリとした美い男かも?……と想像していた私の前に、「アンノでーす」と、ズバリ言わせてもらうなら背広を着た熊の子みたいなオッチャンが現れたのにはビックリした。〉
では、安野氏の高峰への第一印象は?
安野 あの高峰さんと同じ人が来たという感じ(笑)。ちょうど、高峰さんが週刊朝日で連載してた「わたしの渡世日記」が本になったばかりの頃で、わたしは京都に行く新幹線の中で読んでいて、あんまり面白いから神戸まで乗り越しちゃったの。それでゲストに出てもらえないかなぁと。でもまさか本当に来てくれるとは思ってなかったからね。感激したのは覚えてるけど、何を話したか全然覚えてない。番組の名前も忘れちゃった(笑)。
もちろん高峰さんの映画はたくさん観てましたよ。わたしが初めて観たのは「馬」(昭和十六年 山本嘉次郎監督)。高峰さん演じる「いね」という少女が手塩にかけて育てた馬が軍馬として売られていく話なんだけど、当時、わたしは十四だったかな。それですっかりファンになったの。わたし達の世代は高峰さんと共に生きてきたという感じですよ。
 ――二度目の出逢いは?
安野 たぶん「遠くへ行きたい」というテレビ番組。二人で京都に行ったの。大原の寂光院、法然院、それから谷崎潤一郎のお墓にも行った。わたしは高峰さんが四女の妙子を演じた「細雪」(昭和二十五年 阿部豊監督)も観てたし、あれは高峰さんが主役ね。大阪弁も高峰さんが一番サマになってた。
 ――その後、安野先生は『台所のオーケストラ』をはじめとして高峰の著書全ての装丁をしてくださって、三十五年という長い交流が続いていくのですが、私は高峰の側にいて、いかに高峰が先生を敬愛しているかよくわかりました。ご本人に伺うのもなんですが、なぜそれほど高峰は先生のことが好きだったと思われますか?
安野 (途端に照れて)そりゃあ、わからない(笑)。でもあえて言うならね、さっき言った法然院で、カメラが歩いてるわたし達を後ろから撮ってる時に、高峰さんがこうやってわたしにタックルをしたんだ。
 ――腕を組んできたわけですね?
安野 そう、そう。それでわたし、「やめてください」って言ったの。だって同級生に殺されちゃうから。わたし達の世代はみんな高峰さんのファンなんだから、わたしだけ高峰さんにタックルされたら殺されるよ。でも男の子だけじゃなく女子生徒も殺しに来るの。なぜだかわかる? つまり高峰さんにタックルされた人に私なんかが言い寄ったってダメだわって、嫉妬するでしょう。それで営業妨害(笑)。
 以前、安野氏が「許せんなぁ」と憤慨した面白いエピソードが二つある。一度目は、昔、作家の阿川弘之氏が都内のホテルのロビーで偶然高峰と会い、「高峰さ~ん」と言って抱きついたという話を高峰から聞いた、と私が安野氏に告げた時だ。
安野 そりゃ、許せない。阿川さんにしてみれば外国人がよくやる挨拶のつもりでしたんだろうけど、ここは日本なんだからさぁ、どさくさにまぎれてそういうことはやめてほしいな。わたしはそういうタイプじゃない。でも心の底からしないタイプかと言えば、そうじゃなくて、心の中では人一倍そうしたいんだよね(笑)。
 二度目の「許せんなぁ」エピソードは、松山善三が自分から高峰に交際を申し込んだという話を私が安野氏にした時である。
 ――先生はその時、「許せんなぁ」の次に「じゃ、わたしだって映画界に入っていれば……」とおっしゃったんですが、覚えてらっしゃいますか?
安野 覚えてる。だってわたしは木下(恵介監督)さんが二人を引き合わせたのかと思ってたからね。それを松山さんが自分から言い出したのが真相でしょう。言ってみるもんだなぁと思ったわけ。誰でもね、相手が美人であればあるほど、「どうせ俺が言ってもダメだ」とみんなに思われて、独身のままって人がたくさんいるからね。
でもそれは松山さんだから言えた。高峰さんだったから松山さんの良さを受け入れたんだ。どういうわけか似合いの夫婦だったからね。
 ――でも先生も映画界に入っていて、例えば美術のスタッフか何かをしていたら、どうなっていたかわかりませんよね? 高峰は裏方さんをとても敬愛していましたから。
安野 そう、そう。あなたはいいこという。わたしは裏方でもなんでもしますよ。それでわたしは松山さんに言ったことがあるの。「あなたね、高峰さんと結婚したということは、我々がガードマンを新規で雇い入れたということですよ。ガードマンの一人に過ぎないんだから、そのつもりでいてください。ご主人の恰好はしてるけど、ガードマンなんだよ」って。
 ――先生、いつそんな面白いことをおっしゃったんですか?
安野 面白いことじゃないじゃないですか。必死で言ってるんだから。変なヤツが来ても寄せ付けちゃいけないって。
 ――ガードマンが同じ寝室で寝ちゃいけませんよねぇ……。
安野 そりゃ、いけないよ。だけど、わたしがそう言った時、松山さんは反論しないんだよね。ヘラヘラ笑ってた。今思えば、ドアマンぐらいに言っとけばよかった(笑)。通勤のね。
松山さんは真面目なんだよね。前に「ダンス・ウィズ・ウルブズ」って映画を高峰さんが「絶対観なさい、いい映画だから」ってわたしに言うの。「安野さんにそっくりなインディアンが出てくるから」って。わたしは何とも思ってないのに、松山さんが「あれはいいインディアンだから、いいインディアンだから」って一所懸命フォローするんだよ。わたしは見ましたよ、インディアンを。
 ――そう言えば高峰は『おいしい人間』の中で安野先生を「いい男だ」と書いて、その後に「でもインディアンみたいだけど」って。
安野 そこは高峰さんの文章の上手さと魅力でね。褒めたくても褒めない。
 ――以前、高峰が断言してました、「安野先生はモテますよ」って。今になれば、なぜそう確信したのか聞いておけばよかった。
安野 聞いといてくれればまだ道はあったのに、もうみんな手遅れだ。
 ――それはそうと、さっきの質問「なぜ高峰は先生のことが好きだと思いますか?」の答えがまだですが。
安野 見てくれがどうってことじゃなく……でも前に週刊文春の記事に高峰さんが「松竹梅」と題して松山さんと沢木耕太郎さんとわたしの三人のことを書いてくれたね。あのとき、松が松山じゃないのよ、と小声でいったの。ほんとは松がわたしらしい。
 ――高峰が自分の好きな三人の男性を挙げて随筆を書いたんです。でもこうして安野先生のお顔を拝見していると、三人、似てますね。鼻筋が通ってショウユ顔というところが。高峰の好きな顔なんですよ、きっと。
安野 もっと早くそれを言ってくれればいいのに。わたし、高峰さんは本当はわたしと結ばれるはずだったという本を書こうかな(笑)。うん、やっぱり書こう。

(あんの・みつまさ 画家)
(さいとう・あけみ 作家/松山善三・高峰秀子養女)

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担当編集者のひとこと

高峰秀子 暮しの流儀

 二〇〇九年の夏の終わり。麻布十番の駅前にあったファミレスで、斎藤明美さんと数ヵ月後に刊行する『高峰秀子の流儀』の打ち合わせをしていたときのこと。
「今度のご本は読み物としてしっかりした単行本にさせていただきたいので、『婦人画報』での連載中に毎号掲載されていた高峰さんの愛用品のカラー写真は、残念ですが入れられません。じつは私、どっちかっていうと〈とんぼの本〉の編集部員でして、それらをまとめたビジュアルブックをこさえさせていただけませんでしょうか」
 と図々しくもお願いしてしまった。
 斎藤さんはちょっとびっくりされたようだったが、
「ご提案ありがとう。帰ったら松山と高峰に聞いてみます」
 持ち帰ってくださって、翌日にはさっそく「いいですよ、という返事をもらいました」と電話をくださった。
 あれから、ほんとうに、いろいろなことがあった。『高峰秀子の流儀』は発売直後から重版を重ねていた。斎藤さんはお目にかかるたびに、「とんぼの本のために、高峰はこういうのもあるよ、と用意してくれています」と言い、詳細に話してくださった。並行して、斎藤さんの次作『高峰秀子との仕事』のゲラも順調に出来ていた。ところが、二〇一〇年末、突然の悲報。高峰秀子さんが亡くなったなんて。言葉に出来ない日々が続いた。
 それでも、松山善三さんと斎藤明美さんは、生前の高峰秀子さんが待ち望んだ『高峰秀子 暮しの流儀』を、約束どおり、形にしてくださった。
 この本をあらためて見てみると、松山家のご家族三人の幸せな日々が凝縮している。そして私は心の中で、この二年半という長いようで短かった時間を、しみじみと思い返している。

2016/04/27

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