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「ローカルであること」が、グローバリズムを超える道だ!

「里」という思想

内山節/著

1,296円(税込)

本の仕様

発売日:2005/09/22

読み仮名 サトトイウシソウ
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 220ページ
ISBN 978-4-10-603554-8
C-CODE 0395
ジャンル 文学・評論、哲学・思想、文化人類学・民俗学、ノンフィクション、ビジネス・経済
定価 1,296円

近代化社会の申し子といえるグローバリズムは、継承される技や慣習、説話など、私たちの足元にあった「もの・こと」を次々に解体していった。その結果、私たちは手ごたえのある暮らしや幸福を喪失してしまった。確かな幸福を取り戻すヒントは「里=ローカル」にある。「現代人の不幸」を解析し、新しい生き方を提示する思索の書。

著者プロフィール

内山節 ウチヤマ・タカシ

1950(昭和25)年東京生まれ。哲学者。立教大学大学院教授。1970年代から東京と群馬の二重生活を続ける。著書に、『貨幣の思想史―お金について考えた人びと―』『森にかよう道―知床から屋久島まで―』『「里」という思想』『怯えの時代』(いずれも新潮選書)、『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(講談社現代新書)、『戦争という仕事』『清浄なる精神』(ともに信濃毎日新聞社)、『文明の災禍』(新潮新書)など多数。

書評

波 2005年10月号より 美しく強靭な思想  内山節『「里」という思想』

高田宏

 内山節は一九七○年代のはじめごろ群馬県南西端の山村、上野村を訪れ、渓流釣りに通ったりしていたのだが、村の人たちに受け入れられて、この村に自分の「村の家」を持った。以来、村と東京を往来する暮らしをつづけている。
行政区分としての村とはちがう「里」を、内山節はこの山村に見つけた。「自分の存在の確かさが見つけられる場所」という意味での「里」である。そういう場所を持たない思想は、思想ではありえないと知ってゆく日々が生きられてゆく。その思想形成の細部にわたる報告と、そこを足場にしての現代世界への深い危惧が肉声として語られているのが、この本だ。すらすらと読める本ではない。ぼくはほとんどページごとに立ちどまり、著者の思索をたどると共に、自分自身の思索を強いられた。
たまたま訪れた上野村は、内山節に、それまで見たのとは異なる景色を見せてくれたという。「石組みによってつくられた山の畑。薪の積まれた家。夕方になると家々から煙のたち昇る村。ここには、人間が暮らしているからこそ、いっそう美しくなっていく景色があった。その景色をとおして、私は人間がつねに自然の敵ではないことを知った。とすると、どういう条件下で、自然と人間が協力してより美しい景色をつくりだすことができるのか。私はそのことが知りたかった。釣り竿をもって、私は上野村にかようようになった。」
村人のひとり兵士郎さんは、子供のころの話を聞かせてくれる。米だけの飯などなかなか口にできない時代だったけれども、子供も大人も何でも自分たちでつくりだす力を持っていたという。「誰もが自然の動きを受けとめる力をもっていた。他の人々の気持ちを受けとめる力ももっていた。(中略)あの頃は人間の素晴らしさを実感することができた。」
上野村のなかのごく小さな集落で、内山節が三十年ほど前、一人の老人と会った。このおじいさんは、ここで生まれ、ここで畑を耕し、ここで山仕事をしながら暮らしてきた。兵隊に行ったときを除けば、ずっとここで生きてきた。「そのうち、お迎えがくるだろうと彼は言った。そうしたら、畑の上にある墓に眠る。この景色と共に一生を終える。」
そういう人生観にぼくも、出会ったことがある。五島列島の小島でのことだが、山の草地で牛を放している二人のおばあさんが口ぐちに、海を見下ろしておしゃべりをするこの時間が極楽で、どこにも行こうと思わないと言っておられた。お一人が、親類の病気見舞いに佐世保へ一度だけ行ったけど、もうこりごり、この島がよかとです、と笑い、あとのお一人もそうそう、と笑う。
内山節が「日本」とか「日本人」とひとくくりに言う言い方に違和感を持っているのは、そういう日々の見聞から来ている。日本列島の地形も自然環境も多種多様であり、その「景色」もその「言葉」もさまざまに異なる無数の「里」が、この列島を構成している。
上野村はそういう「里」の一つにすぎないが、そこから見るとき、二○○一年九月一一日以後の世界も極めて鮮明に視界に入る。

(たかだ・ひろし 作家)

目次

はじめに
第一章 山里にて
理由
営み
記憶
作法
物語
「山上がり」
動物

反グローバリズム
解説
「公共」
里の文化
了解
第二章 歴史の意味
馬頭観音
杉沢
景色
一九六五年
時間
多層
喪失
過去
虚構
空白
身体
国家
偶然
第三章 思想のローカル性
理由
営み
記憶
作法
物語
「山上がり」
動物

反グローバリズム
解説
「公共」
里の文化
了解
第四章 グローバルな時間と私たちの仕事
時間価値
通過
犠牲
進歩
技術
仕事人
家業
崩壊
転換期
第五章 日本的精神
離見の見
緩衝帯
森羅万象
伝統
日本的孤独
多層的な精神
個人主義
ローカル性
第六章 九月十一日からの三カ月
九月十一日
反グローバリゼーション
統合
尊厳
検証
幻想
平和主義
叡智
問い
恐怖
同調
正義
情景
想像力
侵略
終章 「未来」をどう生きる
あとがき

担当編集者のひとこと

「里」という思想

グローバリズム社会の到来により、「ローカルなこと・もの」は解体されていった。その喪失された里の自然や歴史、風土の中にこそ、人が確かな幸福を感じることのできる「真実」が隠されている。


 考えてみると、私たちは日々、「広告」に囲まれて生活をしています。テレビや新聞・雑誌はもちろん、電車内、街なか、インターネット上など、人の視線がおよぶあらゆる場所に広告あり、といっても差し支えありません。「広告」は人に「消費」することを促します。「消費」は資本主義を前に進めるエンジンです。そして、世界で最も巧みな消費社会がアメリカです。
「広告」は新製品の購買を人に勧めます。これを買えば美しくなる、便利になる、速くなる、楽になる……。いいことばかり書いてあるように思えるのですが、私たちは「広告」が訴えるように、時が経つほど幸福になっているのでしょうか?
「高度な消費社会に生きていて、いったいみんな、心の底から幸せを感じているのですか?」と問いかけているのがこの本です。そして、私たちがなぜ、豊かな社会に生きながら不幸を感じるのか、その理由を追究してゆきます。答えのヒントは都市にはなく、「里=ローカリズム、田舎」にあるのだと、著者は考えてゆくのです。

2016/04/27

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