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核時代の想像力

大江健三郎/著

1,540円(税込)

発売日:2007/05/25

  • 書籍

「この本でぼくが考えていたことは、ほとんどすべてが、いまに続いています」

1968年、小説家は生涯ただ一度の連続講演を行なった。文学とは何かを問い、沖縄とアメリカを考え、映画、演劇、彫刻を論じ、そして核時代の生き方をめぐって語り続けた。あれから40年――私たちはいまだに「核時代」を生きている。21世紀の今こそ鮮明な11のメッセージに、2007年の新たなエピローグを付す。

目次
* プロローグのための短い小説=沈黙の講演者
1 戦後において確認される明治
2 文学とはなにか?(1)
3 アメリカ論
4 核時代への想像力
5 文学外とのコミュニケイション
6 文学とはなにか?(2)
7 ヒロシマ、アメリカ、ヨーロッパ
8 犯罪者の想像力
9 行動者の想像力
10 想像力の死とその再生
11 想像力の世界とはなにか?
* 限りなく終りに近い道半ばのエピローグ

書誌情報

読み仮名 カクジダイノソウゾウリョク
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 330ページ
ISBN 978-4-10-603584-5
C-CODE 0395
ジャンル エッセー・随筆、文学賞受賞作家、ビジネス・経済
定価 1,540円

書評

波 2007年6月号より 同時代を生きる作家  大江健三郎『核時代の想像力』

川本三郎

 大江健三郎はいつも熱い。若い。そしてまっすぐだ。シラケたり、斜に構えたり、すごんだりしない。子供のように懸命に時代状況に真正面から向き合う。
 本書は一九六八年の一年間、ほぼ毎月一回、新宿の紀伊國屋ホールで行なわれた連続講演をまとめたもの。
 紀伊國屋書店は東京オリンピックのあった一九六四年に現在のビルを新築し、通りからそのまま建物のなかへ入れるという斬新な構造(設計・前川國男)で若い世代に人気を呼んだ。ホールも新鮮で、演劇、映画の他に講演会もよく開かれた。私は六八年当時、大学生(留年中)だったので、このホールでの吉本隆明や大江健三郎の講演を聞きに行った。どちらも若者たちに凄い人気で場内は人があふれかえっていた。新宿が若者の町になっていた時代である。
 一九六八年は世界的にも物情騒然たる時代だった。ベトナム戦争が激化し、アメリカだけではなく先進国では若者を中心に反戦デモが拡大した。パリでは五月革命が起き、それに呼応するかのように日本でも日大、東大を中心に全共闘運動が高まった。キング牧師、ロバート・ケネディが暗殺されたのもこの年。
 大江健三郎の連続講演はその激動のさなかに行なわれた。当然、内容は時代の火の粉を浴びる。作家が書斎にこもるのではなく積極的に外に出てゆき、厳しい現実に身をさらす。明治百年問題、沖縄問題、ベトナム戦争、学生たちのデモ、全共闘運動……次々に起る事件に、大江健三郎は、真正面からぶつかってゆく。書斎から飛び出てストリートの熱気に飛び込む。
 作家は、現実から遊離してしまっては言葉も想像力も鍛えることが出来ないと確信し、傷つくのもいとわずに大状況を考え抜こうとする。そして強権に対して異を唱え続ける。現代の若手作家にはない同時代感覚である。抵抗の精神といってもいい。
 当時の学生に衝撃を与えた一九六七年十月八日(いわゆるジュッパチ・ショック)の羽田事件で死んだ学生(山崎博昭)に共感を示したり、日大と東大の全共闘の学生にまっとうな抵抗精神を見るところなど、いま読んでも熱くなる。といっても大江健三郎は運動家ではないし、政治家でもない。あくまでも作家である。作家が大状況を語るとはどういうことなのか。いつもその根本から考えようとしている。
 だからときに口ごもり、言葉は揺れ動く。つまずき、矛盾に悩み、絶望におちこむこともある。しかし、作家の特徴はむしろ「鈍い」ことにあるのだと思い直し、党派性や大言壮語とはまったく別のところで個の言葉を突きつめてゆこうとする。そこが、熱く、若い。大江健三郎はつねに新しい文体を創り出してゆく作家で、その意味で永遠の前衛だが、それは「鈍い」ことを大事にしながら言葉の可能性を考え続けているからこそだろう。
 あれから四十年近くたってしまった。若者たちもリタイアする。大江健三郎は最近、『中央公論』でのインタヴュー(4月号)のなかで「なにやら今は死が軽いように生も軽い」という感じがすると語っている。あの時代の熱い気持を取り戻すにはいまどんな想像力が必要か。


(かわもと・さぶろう 評論家)

担当編集者のひとこと

核時代の想像力

「この本でぼくが考えたことは、すべてが今に続いています。」 五月革命が起こり、全共闘運動が高揚し、またちょうど明治百年にもあたっていた1968年。『万延元年のフットボール』を書きあげたばかりの小説家は、この年、新宿・紀伊國屋ホールの壇上に立ち、ほぼ月に一度のペースで意欲的な講演を行ないました。本書はその貴重な記録です。「講演は今でも時折やりますが、連続講演を行なったのは後にも先にもあの1968年の一度きり」だとか。
 当時まだ30代半ばだった大江さんは、文学とは何かを問い、沖縄とアメリカを考え、映画・演劇・彫刻を論じ、往生要集や犯罪やヌーボー・ロマン、そして核時代の生き方をめぐって語り続けました。あれから40年――叛乱の季節から消費社会、バブルから失われた10年をへて時は移ったけれど、わたしたちは今も「核時代」を生きています。科学技術としての核開発と軍事目的の核兵器を峻別する作家の精魂こめた11のメッセージは、21世紀の今こそ鮮明に聞こえてくるのではないでしょうか。
 今回の刊行にあたり、2007年のあらたなメッセージをとお願いしたところ、こころよくエピローグを書き下ろして下さいました。ちなみに大江さん、この11本の講演をほぼ40年ぶりに再読したところ、「思いがけなく、熱中し」て読み終えたそうです。

2016/04/27

著者プロフィール

大江健三郎

オオエ・ケンザブロウ

(1935-2023)1935(昭和10)年、愛媛県生れ。東京大学文学部仏文科卒業。在学中に「奇妙な仕事」で注目され、1958年「飼育」で芥川賞を受賞。1994(平成6)年ノーベル文学賞受賞。主な作品に『個人的な体験』『万延元年のフットボール』『洪水はわが魂に及び』『懐かしい年への手紙』『「燃えあがる緑の木」三部作』『「おかしな二人組(スゥード・カップル)」三部作』『水死』『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』などがある。

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