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なぜ、「誰でもよかった」のか? 凶行へ飛躍するメカニズムとは?

無差別殺人の精神分析

片田珠美/著

1,188円(税込)

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発売日:2009/05/25

読み仮名 ムサベツサツジンノセイシンブンセキ
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 223ページ
ISBN 978-4-10-603637-8
C-CODE 0336
ジャンル 心理学
定価 1,188円
電子書籍 価格 950円
電子書籍 配信開始日 2014/10/17

なぜ彼らは殺戮者と化したのか? 秋葉原、池袋、下関、大阪教育大附属池田小、コロンバイン高校、ヴァージニア工科大……犯人たちの生い立ちと肉声を克明に辿っていくと、六つの共通要因が浮かび上がる。果たして、凶行への「最後の一線」を越えさせたものは何か? 気鋭の精神科医が徹底的に考え抜く。

著者プロフィール

片田珠美 カタダ・タマミ

1961年広島県生まれ。精神科医。京都大学非常勤講師。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。京都大学博士(人間・環境学)。フランス政府給費留学生としてパリ第八大学でラカン派の精神分析を学ぶ。臨床経験にもとづき、精神分析的視点から犯罪心理や心の病を研究。著書に『無差別殺人の精神分析』(新潮社)、『他人を攻撃せずにはいられない人』(PHP新書)、『他人の意見を聞かない人』(角川新書)、『他人の支配から逃げられない人』(ベスト新書)、『賢く「言い返す」技術:人に強くなるコミュニケーション』(三笠書房)他。

目次

はじめに
第一章 秋葉原無差別殺傷事件
第二章 社会全体に対する復讐
1.池袋通り魔殺人事件
2.下関通り魔殺人事件
第三章 特定の集団に対する復讐
1.大阪教育大池田小事件
2.コロンバイン高校銃乱射事件
3.ヴァージニア工科大銃乱射事件
第四章 無差別大量殺人は防げるか?
第五章 殺戮者を生み出さないために――何が抑止力になりうるのか?
あとがき
参考文献一覧

インタビュー/対談/エッセイ

波 2009年6月号より [片田珠美『無差別殺人の精神分析』著者特別インタビュー] 人を生かすのも殺すのも、言葉

片田珠美重松清

東京・秋葉原での無差別殺傷事件から間もなく1年。新潮選書では、精神科医の片田珠美氏が、加藤智大容疑者をはじめ近年の無差別殺人犯の生い立ちや病理を徹底分析した『無差別殺人の精神分析』を刊行した。刊行にあたり、わが子を被害者にも加害者にもしたくない「父親代表」として、作家・重松清氏に話を聞いていただいた。


「犯人探し」の先を考える

重松 はじめに、本書を書こうと思ったきっかけを教えてください。
片田 秋葉原事件が起こったとき、「派遣切りのせい」「母親のスパルタ教育のせい」などと、一斉に「犯人探し」が始まりました。それらが必ずしも間違っているわけではないのですが、「格差社会」「学歴社会」など、どんどん大きな言葉で語られていく状況には違和感がありました。むしろ容疑者の言動、とくに「言葉」に立ち返って分析しなければ、問題の解決にはつながらないと考えたことがきっかけです。
重松 たしかに、早く「犯人」を見つけて安心したい、しかも「格差社会」などなるべく大きい「悪者」に責任を被せたい、という風潮がマスコミにありましたね。
片田 「悪いのは母親」と決め付けても、それだけでは何の解決にもなりません。なぜ母親は息子の学歴に異常にこだわったのか? そこには母親自身の半生が関わってくるのです。それこそ「親の因果が子に報い」で、本来は三代遡って考えるべきことです。これは一時流行したアダルト・チルドレンと似通った考え方のように思われるかもしれませんが、大切なのは、誰が悪かったのかという「犯人探し」に終わってはならないということです。世代を越えて積み重なってきたものが結果的に犯罪という「症状」として表れたというとらえ方が重要なのです。「親のせい」で片付けてしまうなら、「自分が悪いのは、親の精子と卵子のせい」と責任転嫁をした大阪・池田小事件の宅間守と同じになってしまいます。

社会のせいか、病のせいか

重松 でも、無差別殺人を突き詰めて考えていくと、最終的には「社会のせい」か「(個人の)病のせい」のいずれかに行かざるをえない気もしますが、本書はどちらへも行くまいと必死に踏み止まっている。あえて狭く険しい、隘路を行くような緊張感がありますね。
片田 私は無差別殺人を病気のせいにはしたくないんです。なぜなら、ジャック・ラカンがいみじくも言ったように、すべての人は神経症か倒錯か精神病だと考えているからです。「みんな、ちょっとだけ病気なんだよ」と。失礼ながら、作家である重松さんは、神経症の「症状」を作品という形で発表しておられるわけですし(笑)、もちろん私も例外ではありません。「病のせい」か「社会のせい」という乱暴な二元論ではなく、「まず病の芽があって、それが社会環境の中でどう育ち、そして何が引き金となって殺人という『最後の一線』を踏み越えさせてしまうのか」と複合的に考えていくことが大切です。秋葉原事件の加藤智大容疑者のように「彼女ができない」「正社員になれない」という悩みを抱えている若者はたくさんいますが、そのほとんどは犯罪とは無縁です。単純に格差社会のせいにすることができないのは明らかです。

言葉の怖さ、物語化の危うさ

重松 一部の格差論者は「背景」と「原因」を混同しちゃっているんですね。「動機」「引き金」「欲望」なども、たとえば「動機はないけど、引き金はあった」とか、言葉を厳密に区別して使わなければいけません。「背景」が「原因」に変わり、「欲望」が「引き金」に変わる――そういった過程を丹念に分析していくことで見える真実があるんですね。
片田 おっしゃる通りです。だからこそ、本書では抽象論・概念論はなるべく避けて、犯人たちの生い立ちや語った言葉など具体的な事実に焦点を当てて分析しているのです。
重松 作家として、事件の「安易な物語化」だけは絶対にやってはいけないと自戒していますが、本書ぐらい丹念に事実を積み上げて物語化してくれると、「もし下関通り魔事件の上部康明の車が台風で冠水していなければ……」「もし宅間守が三番目の妻と別れていなければ……」など次々と反実仮想が浮かび、結果的に「どうすれば事件が防げたのか」「自分ならどうするか」ということまで自然に考えさせられます。
片田 そう言っていただけると嬉しいです。犯人たちの言動から浮かび上がってくるものを、読者に汲み取ってもらいたいと思いながら書いたので。
重松 ただ、逆に言えば、この本は犯人たちの生い立ちや発言を克明に拾っているがゆえに、「無差別殺人犯列伝」とも読めてしまう。つまり、ネガティブな「神」を求める人々の「裏・福音書」になってしまう危険もあるのではないですか?
片田 面白そうな部分だけを拾い読みされたら、たしかにその危険はあります。とくに犯人たちの言語感覚はとても鋭く、池袋通り魔事件の造田博の「努力する人/しない人」、宅間守の「すべては精子と卵子のせい」など、奇妙なほど心に残る言葉が多いですから。しかし、その一方で、読者が精神分析の考え方に触れることにより、自らの性や欲望とどう向き合えばよいのか、「言葉」がどんな重要性や危険性をはらんでいるのかなど改めて考えるきっかけになれば、大きな救いをもたらす可能性があると思っています。だから、むしろ加藤や宅間を「神」と崇めるような若い人にこそ読んで欲しいです。

「母子密着」と「逃げ切れなくなった父」

重松 僕は二児の父として、この本を「我が子の凶行を食い止められなかった親の物語」として読みました。
片田 たしかに親子関係は本書の重要なテーマのひとつです。精神科医として、やはりいまだに「母子密着」の問題が大きいと感じています。特に専業主婦に顕著ですが、子供をどう育てたかで周囲から評価されてしまうので、子育てが母親の自己実現の手段になってしまっています。逆に父親は仕事を言い訳にして、子育てから逃げ続けてきました。もっとも、ここ数年の不景気で、仕事の頭打ちを痛感した父親までもが子供を自己実現の道具にするという別の問題も出てきていますが。このままでは子供たちは窒息してしまいます。
重松 この本で取り上げた事例を見ても、親の学歴信仰が悲劇の背景にあることが多いですね。いまだに学歴信仰が生き延びているのは、もはや「就職に有利」などの理由ではなく、勉強ぐらいしか「努力が報われる」と感じられる余地が残っていないからではないかと最近思うようになりました。
片田 スポーツや芸術、また仕事などに比べれば、勉強は「やればできる」という幻想を抱きやすいですからね。しかし、やはり勉強にも向き不向きはあり、能力の差が厳然と立ちはだかっています。いざとなれば学歴という階段から降りる権利を子供に認めてあげなければいけません。
重松 この本を読んで、僕は母親より父親の方が問題ではないかと思いました。母親の方は、まだ「もしかしたらウチの子も……」と不安を抱く想像力がありますが、父親の方は「まさかウチの子に限って……」と問題を遠ざけてしまう、つまり現実から逃避しているように見えるんですよね。
片田 たしかに秋葉原事件でも、母親の問題ばかりがクローズアップされましたが、むしろ父親の存在感のなさの方が気になります。
重松 一方で宅間や上部の父親はとても抑圧的でしたが、それは「子供のネガティブな部分を背負いたくない」という逃避的傾向の裏返しにも思えました。そう考えると、この本が書いているのは、子育てから「逃げ切れなくなった父」の話なのではないかと。
片田 臨床現場でもそのように感じるケースが多いです。優等生だった子供が、不登校、さらに引きこもりになる、あるいは拒食症になって生命にかかわる事態にまで発展する、そこではじめて、いよいよ逃げ切れなくなった父親が子供とクリニックにやってくる、みたいな。
重松 それからでも父親が役割を果たすのは間に合いますか?
片田 間に合います。もちろんすぐに完治するのは難しいでしょうが、少なくとも改善する場合が多いです。

人を生かす言葉、殺す言葉

重松 よく「この一言で子供の心の病気が治った」みたいな話を聞きますが、本当にそんなことはあるのでしょうか?
片田 あります。しかし、それは長い間丹念に築き上げてきた信頼関係があってこその話で、別に「魔法の言葉」があるわけではありません。逆に長期間にわたり欲求不満や憎悪が積み重なっている場合には、日常の何気ない言葉が殺人事件の引き金になることもあります。たとえば、下関通り魔事件は、父親から「廃車手続きは自分でやれ」と言われた上部が逆ギレして起こしました。三〇歳を過ぎた息子に対して廃車手続きを自分でするように言うのはむしろ当たり前のことですが、その前段として、抑圧的な父親が長年にわたり息子の人生のすべてに介入してきた――それこそ大学の志望学部を変えさせたり――という要因を考えると、その言葉に上部がキレたのも多少は理解できるのではないでしょうか。もちろん、だからと言って人を殺して良いわけではありませんが。
重松 この手の事件では「ほんの些細なことでキレて、短絡的に犯行に及ぶ」みたいな言い方がよくされます。しかし、じつはその認識は誤りで、衝動は突然に起こるのではなく、長年にわたりいくつもの要因が積み重なって、はじめて起こるものだということが、本書を読んでよくわかりました。
片田 だからこそ、無差別殺人を食い止めるチャンスはあると思うのです。異常者が脈絡もなく起こす凶行であれば防ぎようはないですが、我々の日常と地続きのところで起きている犯罪なのですから。そのために、我々は「言葉」を見つめ直す必要があります。人を生かすのも殺すのも言葉しだいですから。
重松 本書が扱っているのは、表層的には無差別殺人ですが、本質的にはコミュニケーションの問題が書いてあると思います。ぜひ「自分だったらどうするか」と日常に敷衍して読んで欲しいと思います。

(かただ・たまみ 精神科医)
(しげまつ・きよし 作家)

担当編集者のひとこと

無差別殺人の精神分析

無差別殺人の「核心」を考える本 東京・秋葉原で起きた無差別殺傷事件から、もうすぐ1年。
 当時25歳だった加藤智大容疑者は、なぜ自らとは無関係な人々を襲ったのか? なぜ一人でも多くの人を殺そうとしたのか? なぜ自殺ではなく他殺を選んだのか?
 これらの疑問がいまだに心にこびりついたままの方も多いのではないでしょうか。


 もちろん、これまでも「派遣社員」「学歴社会」「非モテ」「家族不和」などをキーワードに、社会学的な見地からさまざまな分析がなされてきました。しかし、そのような「背景」は多くの人が抱えているものであり、そこからどうして犯人たちだけが「無差別大量殺人」という凶行へ飛躍していったのか、その「核心」部分はブラックボックスに入れられたままです。


 本書は、まさにその核心部分のメカニズムを分析しています。冒頭の疑問のほかにも、「そもそも犯人は精神病なのか?」「親の教育はどこまで影響しているのか?」「なぜ無差別殺人犯はほとんどが男性なのか?」「なぜ犯人たちは犯行後も反省や改悛の情を示さないのか?」など、多くの根源的な問いに対して、難解な専門用語を一切使わず、平易な言葉だけで考え抜いています。


 事件を「社会のせい」や「精神病のせい」にするだけの議論では満足できないという方に、ぜひお薦めしたい一冊です。

2016/04/27

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