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座談の思想

鶴見太郎/著

1,540円(税込)

発売日:2013/11/22

  • 書籍
  • 電子書籍あり

座談には、大切な思想が隠されている――。

話し言葉の豊かさや情緒によって、座談はときに著作よりも雄弁にその人の思想の本質をあらわす。座談の場で、相手の発言に誘発され生じる着想や反発、沈黙――その一瞬に、文章にはあらわれない思想の幅や誠実さが浮かび上がる。桑原武夫、柳田国男、丸山眞男らの膨大な対話を掘り起こし、近代日本思想史を捉え直す画期的評論。

目次
はじめに――「深い会話」に向けて
第一部 座談と日本近代
一 座談という思想空間
「ZADANKAI」/岩倉使節団の欠落点/「片句」の持つあやうさ/「アイディア」の生まれる場所/問答体の系譜

二 座談的世界の広がり――『三酔人経綸問答』から
座談家として見る中江兆民/在来の思考形式に学ぶ/『三酔人経綸問答』の背景/登場人物たち/現代的要素/古びない理由/類型化できない人物像/結論はなくてもいい
第二部 企画者の光と影 菊池寛
三 良い座談会にむけて
編集者としての菊池寛/良い座談を生む環境/「徳富蘇峰氏座談会」/「後藤新平子座談会」/堺利彦・長谷川如是閑/社会主義をどう把握するか/信義の先にあるもの

四 軌道に乗る座談会
「普通の読者」に向けて/「銷夏奇談」/それぞれの幻視/「泉鏡花座談会」/もうひとつの「怪談話」/「現代医学座談会」/「職業婦人座談会」その他/街を歩いて/「幸田露伴氏に物を訊く座談会」

五 劣悪な環境の中で
複雑な相貌/時事的座談会/里見弴への評価/「平生文相に物を訊く」/最後の座談会ふたつ/その後の座談会/戦後に浮かび上がる問題
第三部 彼等の座談
六 優れた座談のかたち――桑原武夫の力量
良い雑談が生まれる環境/優れた部分を見抜く/情報価値に優劣を付けない/大きく掴む、小さく掴む/時流から離れた視座/経験に即して時代をみる/政治的価値判断から自由である/ブルジョワ社会の評価/余白を作る

七 対峙する場――柳田国男と石田英一郎
民俗学と民族学/座談の中の柳田国男/伏線としての『民族』/「型」の創出/碩学であることを離れて/敷衍されることへの抗い/隠れた主題/率直な意見者として/論争の発端/柳田の決断/壁のうち・そと/石田英一郎、その後/対峙と往還

八 感情と内省――中野重治の誠実
誠実な自画像/将来に向けての主題/「村の家」――活字にならない座談/言い出せないが、何かそこにある/「民主主義」をめぐって/一九四六年の「平手打」/論争から対話へ/外側からの評価/修復への道筋/過去を再訪する/参照点を持つこと/アナーキストたち/晩年の座談から

九 良い話相手とは誰か――丸山眞男に対坐する
「裏芸」の世界/「聞き上手」としての側面/錯綜する討議の中で/対立点はあった方がいい/予測を外れる事態/安保強行採決をむかえて/歪められることへの危惧/「楽しき会」での時間

十 寡黙さの中に――竹内好の表情
寡言の人/持続力の重視/ゆっくりとした思考/さえぎられた独創的な読み/「秀才」と「鈍才」/加藤周一への評価/梅棹忠夫への注目/異なる視点からの共鳴/どちらが影響を受けたか/器の大きさ
おわりに

あとがき
参考文献

書誌情報

読み仮名 ザダンノシソウ
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-603736-8
C-CODE 0395
ジャンル 哲学・思想、思想・社会
定価 1,540円
電子書籍 価格 1,232円
電子書籍 配信開始日 2014/05/30

インタビュー/対談/エッセイ

波 2013年12月号より “型”より“動き”を

鶴見太郎

多弁な人、雄弁な人は必ずしも座談の名手とは限らない。見解なり思想なり、自身の構えを崩すことなく述べる人物は、座談の世界ではむしろ浮くことが多い。それでは逆に座談の上手い人とは、一体どんな思想像の持ち主なのか。確固とした思想を持ちながら、同時に相手の話を聞き、それに引き込まれる器量の持ち主――魅力的な人物像であるし、それを連ねていけば、ひとつの思想史が描けるのではないか。こんな感触をかねてから持っていた。拙著の主題は、かなり前から温めていたものだった。
全体の構成も、冒頭で日本近代における座談について理想的なひとつの素材を提供した『三酔人経綸問答』を置き、次に「文藝春秋」において座談の独自性を打ち出した菊池寛を扱い、最後に丸山眞男ほか、座談の思想性を考える上で重要な群像を配する、という具合に早々と出来上がっていた。しかし、あらかじめ鋳型を決めてしまうと、それに合わせて書くのは意外にむつかしい。輪郭は思い描けているが、執筆は幾度となく中断することとなった。
そんな折、拙著でもいくつかの章に登場する桑原武夫が大日本雄弁会講談社発行の「雄弁」を引きながら、自分が少年時代を送った大正時代、雄弁とは日本近代化の手段であり象徴だったとする文章に出会ったことが、或る見取図を与えてくれた。この中で桑原は、中学校時代に行なった演説会での失敗を紹介し、自分にとっては聴衆が「百人を越すと楽しみの要素は逓減する」として、自分は座談向きの人間であるとした(「思い出すこと忘れえぬ人」「文藝春秋」一九七〇年一月号)。
大正・昭和戦前期に幾度となく出版された雄弁術の書籍が示すように、雄弁とは型の力に負う所が大きい。これに対して座談とは型よりも、相手の意見に反応しながら、自分の言葉を探す点で、常に動きを伴うものである。これに気付いた時、ようやく輪郭を裏付ける手応えを感じはじめた。
その上でどんな座談を選ぶか。やはり、参加者の意見に「動き」のあることが選択の基準となる。そして中野重治、柳田国男をはじめ、これまで自分が別の文脈で論じてきた人物が多くの座談記録を残しており、しかもそれらは「動き」という点で、見るべきものが多かった。
全体を通して書き終えてみると、これまで自分の素材としてきた人物がはからずも、座談との親近性を持っていたことに気付いたのは収穫だった。そこから考える時、桑原武夫に限らず座談を好んだ人物とは、「雄弁」という近代化を支えたひとつの価値観に居心地の悪さを感じ、それに代わる場を求めていたといえる。
座を同じくすれば、気配とは伝わるもので、自分と同種の問題を抱えた人物と相対していると、おのずから話は弾んでいく。かくして座談の系譜とは、座を囲んだ者同士の思わぬ出会いによって積み重ねられていく。

(つるみ・たろう 早稲田大学文学学術院教授)

担当編集者のひとこと

座談の思想

もうひとつの日本思想史 雑誌媒体では、すでにポピュラーなものとなった座談会という形式。1対1で行うものを“対談”、3人で行うものを“鼎談”、それ以上の人数で行うものを“座談会”と呼びあらわすのが慣例となっています。作家や評論家といった文筆を生業にするもの同士が語り合う場合もあれば、役者や音楽家、政治家、実業家といった文章を生業としない異業種の人間が座を囲み、ざっくばらんに話をすることも。そして、その会話を文字に起こして媒体に掲載する。読者は、書き言葉よりも柔らかい話し言葉を、その場の臨場感とともに楽しむ――。
 こうして説明するまでもないほど、今ではおなじみの座談会ですが、この形式を「発明」したのは、文藝春秋社を創設した菊池寛であることもよく知られています。菊池は座談会を、「小説、随筆、評論などに拮抗する独自の形式として誌面の上で軌道に乗せ、多くの読者を引き付け」(『座談の思想』P47)ようと企画、記念すべき第一回「徳富蘇峰氏座談会」を『文藝春秋』1927年3月号に掲載しました。この菊池による座談会の特色は、「読者はそれを読む上で特段、準備がなくともその内容を味読することができたし、その座談にしかない新しい知見を得ることができた。菊池によって企画された座談とは、それだけ開放的であり、多くの読者を惹きつける魅力を持っていた」(同P48)。以降、座談会は日本の雑誌媒体のレギュラー企画として定着しました。
 本書『座談の思想』の主題は、その“座談”を思想史的観点から検証してみようという、かつて誰も試みなかった画期的なものです。
「座談というものは近現代の日本において、思想的に或る独自の機能を果たしたということである。著作だけでなく、座談会の記録を見ることによってようやく思想的な全体像が見えるという人物も少なからず居たし、鍵となる言葉はむしろ著作でなく、座談の中に隠されていることすらある」(同P6)
 登場するのは、中江兆民に始まり、桑原武夫、柳田国男、中野重治、丸山眞男、竹内好といずれも劣らぬ日本思想史の傑物ばかり。それぞれ膨大な著作があるなかで、あえて座談に注目し、そこから各人の思想の幅、誠実さを読み解いていきます。
「座談で発言者が語る言葉は、事前に用意されたものばかりではない。優れた聞き手や意見者を得れば、そこから新しい発想が加えられていく(略)そのあらわれ方の中に、その人物の思想がはっきりと示されてくる」(同P6)
 見過ごされがちな“座談”に光をあて、“もうひとつの日本思想史”をあぶりだす――それが本書『座談の思想』です。

2016/04/27

著者プロフィール

鶴見太郎

ツルミ・タロウ

1965年京都府生まれ。早稲田大学文学学術院教授。専門は日本近現代史。京都大学大学院博士後期課程(現代史)修了。著書に『柳田国男とその弟子たち』(人文書院)、『橋浦泰雄伝』(晶文社)、『民俗学の熱き日々』(中公新書)、『柳田国男入門』(角川選書)など。

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