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むしろ素人の方がよい―防衛庁長官・坂田道太が成し遂げた政策の大転換―

佐瀬昌盛/著

1,320円(税込)

発売日:2014/01/24

  • 書籍
  • 電子書籍あり

「素人だからダメ」は本当か? 政治家の「手本」がここにある。

1974年に三木政権の防衛庁長官に就任した坂田は、防衛・安全保障の「素人」を自認しながら、「玄人」にはできない数々の改革を推進。「防衛計画の大綱」策定など日本の防衛政策に大きな足跡を残した。在任期間は歴代最長の747日。その業績から日本の防衛政策と自衛隊の歩み、そして政治家のあるべき姿を描きだす。

目次
まえがき
第一章 坂田防衛庁長官の登場
坂田道太との出会い/三木内閣の意外な人事/「教育者的」防衛庁長官/むしろ素人の方がよい
第二章 坂田が活用した「防衛を考える会」
「防衛を考える会」の人選/当時の自衛隊員差別/長官就任の日付のノート/中曽根「診断する会」と坂田「考える会」/「討議のまとめ」と「個別所感」のズレ/防衛支出の「対GNP比一%」問題/「以内」論は一部にすぎず/分水嶺を歩んだ時期/量から質へ――防衛計画の再検討/高坂正堯が説いた「防止力」/「小さくても大きな役割」
第三章 国会論戦での一手
日米制服間に海上防衛秘密協定?/日米防衛協力への道筋/丸山昂と夏目晴雄の回想/政治家たる自分だけが/坂田が負ったかすり傷
第四章 防衛世論の変化
七割を超えていた自衛隊「必要」論/防衛体制も「現状」肯定へ
第五章 坂田・シュレージンジャー会談
シュレージンジャー米国防長官の訪日/政府が恐れた「核」発言/坂田の周到な準備/会談の成果/日米防衛協力協議はわずか二十分/招宴でのスピーチ――「不射の射」
第六章 シュレージンジャー解任と再来日
シュレージンジャー解任さる/再会/優男と剛士の相性
第七章 自衛官への眼差し
営内居住曹士の糧食費天引き問題/前代未聞の新聞広告/自衛隊を《異物》にしてはいけない
第八章 基盤的防衛力構想――新しい防衛哲学
「五次防」はない?/「狂乱物価」の爪痕/官僚作文とは違う坂田「年頭の辞」/「基盤的防衛力」文書の堅苦しさ/坂田流説得術/野党による寛容と《身内》からの批判/ユーモアのセンス/
第九章 画期的な防衛白書
国民の支持なき防衛政策は無意味/「白書」に見る坂田の自負
第十章 防衛政策の刷新――「防衛計画の大綱」と国防会議
「大綱」における「肉付け」/デュー・プロセスの重視/一週間差で二つの国防会議決定/「一%枠」問題での坂田の持論
第十一章 ミグ25機事件
ミグ25函館強行着陸のタイミング/レーダーは領空侵犯機を見失った/機体移送、機体調査で主導権を握る/坂田の内閣委員会報告/『シュテルン』誌のフィクション/塚本三郎、石橋政嗣への答弁
第十二章 ロッキード事件と濡れ衣
ロッキード事件と二つの視点/久保卓也の「軽率」発言/「長官談話」による次官発言の訂正/世間は坂田の説明に耳を傾けない/今日の健忘症
第十三章 党内抗争を見つめながら
四波にわたった「三木おろし」/仕事につぐ仕事/防衛医科大学校における講話/総理の指揮権下に立つ責務/坂田の三木武夫観、福田赳夫観/「全くの素人」の去り際
第十四章 長官退任後の坂田道太
憲法をめぐって/党内の安保・防衛通として/首相就任打診を断わる
あとがき
坂田道太略年表/歴代防衛庁長官・防衛大臣一覧

書誌情報

読み仮名 ムシロシロウトノホウガヨイボウエイチョウチョウカンサカタミチタガナシトゲタセイサクノダイテンカン
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 224ページ
ISBN 978-4-10-603740-5
C-CODE 0331
ジャンル 政治、軍事
定価 1,320円
電子書籍 価格 1,056円
電子書籍 配信開始日 2014/07/25

書評

波 2014年2月号より あえて「玄人」にならなかった政治家

戸部良一

坂田道太は不思議な存在感のある政治家だった。大学で全共闘運動が激しく展開されていた頃、私は学生だったが、そのときの坂田文部大臣は、権力をギラつかせた政治家というよりも、穏やかな学究の徒のような印象が強かった。むろん政治家である以上、権力を超越していたわけではあるまい。むしろ、かなりしたたかな政治家であった。本書は、防衛庁長官としての坂田に焦点を絞り、そのしたたかさを鋭く抉りとっている。
したたかだったと言っても、坂田が術策を弄したというわけではない。また、表の顔は穏やかだが、裏では腹黒い取引にかまけていた、といった意味でもない。坂田のしたたかさは、政治家としての責任をしっかりと果たすことに発揮された。防衛問題には「素人」であることを標榜しながら、きちんと勉強して長官としての務めを果たしつつ、しかしその勉強ぶりをひけらかさなかった。防衛問題に精通するようになっても、あえて「玄人」たろうとはせず、あくまで「素人」としての発想から防衛政策の見直しを図った。「素人」としての謙虚さと大胆さを持ち続けたのである。
したたかな防衛庁長官であった坂田の実像を、本書は、基盤的防衛力構想に基づく「防衛計画の大綱」の策定過程を中心に丹念かつ綿密に描いている。この時期の防衛政策を研究するには、まだまだ一次史料が不足しているが、本書は熊本の坂田家に残された私文書をふんだんに駆使して、それを補っている。むしろ、官僚機構内の文書に寄りかからない分、本書は、長官坂田が何を考え、どのように政策を進めていったかをストレートに描くことができたように思われる。
坂田は、政治的惰性や官僚的作文ではなく、「防衛哲学」に裏付けられた防衛計画をつくろうとしたのだ、と著者は強調する。坂田はそのために権力を使った。政治家は権力を目指すものであり、権力を握ろうとするからこそ政治家になるのだが、何のための権力かを忘れてしまう政治家も少なくない。その点で、坂田は何のための権力かをつねに意識し、深く考えていた政治家だったと言えるだろう。
坂田の人間味あふれる側面も興味深い。例えば、自衛隊員の生活環境への配慮がそうである。ただし、その配慮は単なる「温情」ではなかった。自衛隊員を日本社会の「異物」としないことが、シヴィリアン・コントロールの重要な条件だと坂田は喝破したのである。坂田は最も頻繁に隊員に語りかけ、国民に訴えた防衛庁長官だったという。こうした坂田の姿勢を、本書は「教育者的」長官と形容している。むべなるかな、である。
坂田は温厚そうに見えながら、きっぱりと筋を通し、根本的な政治信念の面では少しもブレなかった。著者は最後に、坂田の出処進退が「美しかった」と述べている。坂田にとって、おそらくこれ以上嬉しい褒め言葉はないに違いない。

(とべ・りょういち 国際日本文化研究センター教授)

担当編集者のひとこと

むしろ素人の方がよい―防衛庁長官・坂田道太が成し遂げた政策の大転換―

なぜ「素人の方がよい」のか 坂田道太と聞いて、その顔を思い出せる人は、どれくらいいるでしょうか。
 坂田道太は1916年生れ、熊本県八代市出身の政治家です。1946年に衆院議員に初当選してから1990年に引退するまで、厚生大臣、文部大臣、防衛庁長官、法務大臣、衆議院議長を歴任した、日本の戦後政治史を彩る政治家のひとりです。
 その坂田が三木武夫内閣の防衛庁長官に就任したのは1974年。それまで自民党の文教族議員として歩んできた坂田にとっては青天の霹靂だったようで、防衛・安保問題には「全くの素人」だったと正直に告白しています。その後、徹底的に勉強し、知識においても実務においても「玄人」になっていくのですが、坂田は「素人」の視点から防衛政策を見直すことにこだわり続けました。
 その理由は当時の時代状況にあります。日米安保に反対し、自衛隊を違憲だとする社会党は、まだ大きな影響力を持っていました。「憲法違反の組織で禄を食む輩」として自衛隊員に対する差別的待遇も存在したようです。また政府は政府で、安保闘争の苦い記憶から、世論を刺激しないよう防衛問題の議論を避けました。結果として、防衛・安全保障を議論することは一種のタブーになり、防衛問題は一部の専門家だけのものになっていました。
 坂田はその状況に危機感を抱いていました。防衛問題は国民にとって最重要の問題なのだから、国民全体で議論しなければならない。国民の理解と支持のない防衛政策は無意味であり、危険ですらある、と。坂田は防衛問題を国民全体の議論にするために、あえて「素人」であり続け、「素人」の持つ謙虚さと大胆さを利用したのです。
 坂田は国民の声に耳を傾け、世論を喚起しながら、戦後の防衛政策の大転換である「防衛計画の大綱」策定という偉業を成し遂げます。その過程を見れば、坂田道太という政治家がただものではないことが分かります。防衛問題の「素人」ではあっても、政治家の「素人」ではなかったのです。
 飄々としていながら、したたか。穏やかでありながら、少しもブレない。権力の使い方を知り、政治家の役割を熟知していた坂田道太。その生き方と政治姿勢が本書の魅力の一つです。ぜひ手にとっていただければと思います。

2016/04/27

著者プロフィール

佐瀬昌盛

サセ・マサモリ

1934年生れ。東京大学教養学部卒、同大学院修了。ベルリン自由大学留学後、東大助手、成蹊大学助教授を経て、1974年より防衛大学校教授。2000年3月退官、防衛大学校名誉教授。拓殖大学海外事情研究所所長なども務めた。早くから新聞や雑誌で積極的に発言を続ける。専門はドイツ外交、国際政治、安全保障。著書に『NAT0―21世紀からの世界戦略―』(文春新書)、『新版 集団的自衛権―新たな論争のために―』(一藝社)など。

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