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日本の感性が世界を変える―言語生態学的文明論―

鈴木孝夫/著

1,430円(税込)

発売日:2014/09/26

  • 書籍
  • 電子書籍あり

論争より情緒、対立でなく融和。世界には「日本らしさ」が必要だ。

言葉と文化、自然と人間の営みに深い思索を重ねてきた著者が、世界の危機を見据えて語る《日本人の使命》とは? 外国人が日本語を学ぶとなぜか礼儀正しくなる「タタミゼ効果」の不思議や、漢字に秘められた意外な力、そして日本の共生的自然観を西欧文明と対比させつつ、繊細だが強靱なこの国の感性を文明論として考える。

目次
序章 世界の主導文明の交代劇が今、幕を開けようとしている
第一章 全生態系の崩壊を早める成長拡大路線はもはや不可能
第二章 日本の感性が世界を変える――日本語のタタミゼ効果を知っていますか
第三章 鎖国の江戸時代は今後人類が進むべき道を先取りしている
第四章 今の美しい地球をどうしたら長期に安定して持続させられるか
第五章 自虐的な自国史観からの脱却が必要
第六章 日本語があったから日本は欧米に追いつき成功した
第七章 日本語は世界で唯一のテレビ型言語だ
第八章 なぜ世界には現在六千種もの異なった言語があるのだろうか
結語
エピローグ 人間は果たして賢い動物だろうか
あとがき

書誌情報

読み仮名 ニホンノカンセイガセカイヲカエルゲンゴセイタイガクテキブンメイロン
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 264ページ
ISBN 978-4-10-603756-6
C-CODE 0395
ジャンル 言語学、ノンフィクション
定価 1,430円
電子書籍 価格 1,144円
電子書籍 配信開始日 2015/03/20

書評

波 2014年10月号より 日本人の世界観が人類の破局を食い止める

山田孝男

いま、グローバリゼーション猛り狂う世界で日本語と日本文化への関心が高まっているが、それは異国趣味の気まぐれではなく、歴史的要請だと鈴木孝夫先生は見る。この判断の裏には「英語とアメリカ文化を基盤とする経済暴走が地球を破局に導く」という確信がある。
本書は、優れた言語社会学者にして「日本野鳥の会」顧問でもある著者の、長い経験と観察、深い思考の集大成である。100万部突破のロングセラー「ことばと文化」(1973年、岩波新書)以来、日本語と他の諸言語の比較、その根底にある文化の違いを凝視してきた鈴木言語生態学の到達点である。
西欧語には、話者と相手を明確に区別する「人称代名詞」が必ず存在する。それが、日本語の場合、ほとんど見られない。それは日本人の明確な自己主張を妨げる日本語の欠陥だと考えられてきた。が、その断定は西欧の基準による。視点を変えれば、あえて対立を回避する日本文化独自の伝統なのである。
現代フランス語にタタミゼ(tatamiser)という言葉がある。《日本かぶれする》《日本贔屓になる》というような意味で使われるが、日本語を使うことにより、話し手が優しく、礼儀正しくなるというニュアンスもあるらしい。やたらと「すみません」を連発し、譲り合い、さりげなく会釈するのも「タタミゼ」効果ということになる。
日本の伝統は人間同士だけではなく、自然にも優しい。朝顔に 釣瓶とられて もらひ水 (加賀千代女)/やれ打つな 蠅が手を擦る 足を擦る (小林一茶)という感覚は、現代日本社会にも残っている。明治以来、日本も西欧文明にどっぷり浸かっては来たが、基層に古代のアニミズム的、汎神論的な自然観を残している。
ひるがえって、一神教的な世界観に基づく西欧文明は人間中心で、自然を収奪、改造の対象としてしか見ない。西欧文明の先頭走者、アメリカ中心のグローバリゼーションが何をもたらしたか。経済暴走、自然崩壊、宗教対立だろう。
他方、向上心や競争心は人間本来の性状であり、それ自体、否定されるべきものではない。いまは自然破壊の経済活動に向かっている欲望の捌け口を、別の分野に向ければよいのであり、ヒントは日本の江戸時代にあると著者は言う。
鎖国の江戸時代は対外戦争も内乱もなく、それ以前は公家と武家のものだった和歌、能狂言、茶の湯、陶芸などが庶民化され、高度な発達を遂げた。ウグイス、メジロなど鳴禽類を飼い、鳴き声を競うという優雅な「争い」もあった。
今は地球全体が閉された鎖国に等しい環境にある。経済暴走を食い止め、破局を先送りできるかどうかは、日本人が音頭を取り、自然と調和する価値観をどこまで世界に広められるかにかかっている――。これが鈴木文明論の結論である。

(やまだ・たかお 毎日新聞特別編集委員)

担当編集者のひとこと

日本の感性が世界を変える―言語生態学的文明論―

日本語と日本文化が持つ力とは「人類は、今のままでは破局を迎えてしまうだろうね」
 87歳になられる鈴木孝夫先生が、4年にわたる執筆の間に、何度も漏らした言葉です。イスラムとキリスト教世界の対立、頻発するテロ、暴走する資源開発、そして地球環境の大変貌……。歴史や文明の興亡史を深く知る先生は、深刻な危機感を募らせていました。


 じわじわと迫り来る不穏な予感。それを敏感に感じている一人として、自分に何が出来るのか。1926(大正15)年に東京で生まれ、戦前・戦中・戦後、そして平成の今まで生きてきた知識人として、孫の世代に何を伝える責務があるのか。数多くの著書を上梓してきた著者にとって、本書は最後の書下ろしを覚悟した本でした。
 とはいえ、性格は眉間にシワを寄せて考え込むタイプとは正反対。むしろそうした「難しい顔の知識人」を嫌い、ふだんから冗談好きでお喋り好き。幅広い教養と言語学的知見を惜しげもなく開陳し、いったん話し出せば脱線に継ぐ脱線。講演などでは聴衆の笑いが絶えないほどです。
 真摯な使命感と朗らかな人柄、そして独自の着眼。本書は、言葉と文化について長年思考を積み重ねてきた著者による集大成となりました。そのユニークな着眼の一例をご紹介します。
 最近、日本大好きの外国人がテレビなどで紹介されることがありますが、彼らを見ていて、何か気づくことはありませんか?
 じつは、外国人が日本語を学んでいると、「なぜか物腰が低くなる」「なぜか優しくなる」「なぜか自己主張が苦手になる」「なぜか礼儀正しくなる」といった現象が起きます。フランス語で「タタミゼ」(タタミ化する=日本化する)と呼ばれる現象ですが、鈴木先生はこれに着目します。世界に類を見ない日本のやわらかな心性が、外国人を変える力を持っているのではないか。つまり、「対立・論争」的で人間中心主義の一神教的世界観ではなく、「情緒と融和」を基調とした日本の感性が、人間を、世界を変える力を秘めていると言うのです。
 ここに至って、日本の独特な感性は、極東の島国の個性という文化的評価にとどまらず、一神教的世界観からの転換という「文明的使命」を帯びていることが分かってきます。ちなみに、あの高名な数学者岡潔が、情緒こそ日本人の根源的価値であると述べていることを連想する人もおられるでしょう。
 日本独自の世界観とその力を、ローカルな文化性として考えるだけではなく、文明論として考えること。この著者の視点こそ真にグローバルな知であり、他の誰でもなく、日本人に求められている思考であることを教えてくれる一冊です。

2016/04/27

著者プロフィール

鈴木孝夫

スズキ・タカオ

慶応義塾大学名誉教授。1926年、東京生。同大文学部英文科卒。カナダ・マギル大学イスラム研究所員、イリノイ大学、イェール大学訪問教授、ケンブリッジ大学(エマヌエル、ダウニング両校)訪問フェローを歴任。専門は言語社会学。著書に『閉された言語・日本語の世界』をはじめ、『ことばと文化』『日本語と外国語』『武器としてのことば』『日本人はなぜ日本を愛せないのか』『日本語教のすすめ』『人にはどれだけの物が必要か』『日本の感性が世界を変える』など多数。

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