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一党独裁体制が陥った「軍拡の蟻地獄」とは――?

中国はなぜ軍拡を続けるのか

阿南友亮/著

1,620円(税込)

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発売日:2017/08/25

読み仮名 チュウゴクハナゼグンカクヲツヅケルノカ
シリーズ名 新潮選書
装幀 駒井哲郎/シンボルマーク、新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 350ページ
ISBN 978-4-10-603815-0
C-CODE 0331
ジャンル 外交・国際関係
定価 1,620円

日本がいかに誠実な対応を取ろうとも、どれだけ経済的相互依存を深めようとも、中国共産党はこの先も軍拡を続けるし、いつか武力衝突に発展する可能性がある。それはなぜか――? 人民解放軍の分析を続けてきた気鋭の中国研究者が、一党独裁体制における政軍関係のパラドックスを解き明かし、日本の対中政策の転換を迫る決定的論考。

著者プロフィール

阿南友亮 アナミ・ユウスケ

1972年、東京都生まれ。東北大学大学院法学研究科教授。慶應義塾大学法学部卒業、同大学院法学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。大学院在籍中に北京大学国際関係学院に留学。東京成徳大学講師、東北大学准教授を経て、2014年より現職。2014年~2015年ハーバード・イェンチン研究所客員研究員。2017年、東北大学公共政策大学院院長に就任。単著に『中国革命と軍隊―近代広東における党・軍・社会の関係』、共著に『シリーズ日本の安全保障5 チャイナ・リスク』など多数。

書評

誠実で衝撃的な中国論

五百旗頭真

 本当の専門家とは、こういう人を言うのだろう。小学生の時から中国に住み、旅行好きな外交官の父に連れられて中国各地を訪ね歩いた。大学時代に中国研究を志すと、単身バスを乗り継いで奥地に分け入る。全省を踏破したという。大都市に高層ビルが林立する繁栄ぶりだけを見て、中国の躍進はすごいと一面的に思い込む旅行者と異り、著者は悠久の歴史の中で変ることなく貧困に苦しむ奥地の住民とも会話している。
 中国社会を並はずれて重層的・全面的に見ることのできる著者は、現代中国の歴史をどのような物語として理解しているのか。どのような社会像を見出しているのか。読み始めれば手放すことのできない本書である。
 私は本書に衝撃を受けた。誠に厳しい現代中国評価なのである。といって、時に書店に平積みされる無知ゆえの感情的反中論とは全く違う。自らの観察と幅広い研究にもとづき、何が本当なのかを誠実に探究する結果として、厳しい評価を率直に語る。だからこそ衝撃は大きい。
 まずトウ小平評価が甘くない。国際的ステレオタイプの認識は、新中国を毛沢東が大躍進政策や文化大革命の発動によって混乱に陥れたのを、トウ小平が収拾し、現代中国を世界の市場経済と結びつけることにより高度成長を可能にして救ったというものである。本書も、トウが農村に生産と商業の自由を許して再生に成功したことは評価する。圧倒的比重を占める農業セクターの生産拡大があったればこそ、沿海部において「改革・開放」の試みに着手する余裕が生じた。1980年代に私が初めて訪中した際、上海郊外の郷鎮企業の活況と、深センの日中合弁会社の立ち上げを見せられたのをなつかしく想い出す。著者は、しかしトウの「先富論」は破綻したとする。まず社会の一部が富裕を手にし、やがて全体に富が均霑する流れとはならなかった。課税制度の不備だけでなく、共産党の権力と富が結びつき、権力者の一族や関係者のみが国営企業を許され、特権的富裕層が生れ構造化したからである。社会主義の名が恥じる格差社会となった。富にも福祉にも医療にも見放された農民や労働者が大量に放置される結果となった。トウも平等の実現や民主化改革の必要を認め、胡耀邦や趙紫陽を用いた。しかし共産党体制の護持と既得権を主張する保守派とのバランスにおいてしか、彼らを支持しなかった。民主化運動が共産党体制への挑戦にまで進んだ天安門事件において、トウは民主派を切り、軍隊によって運動を粉砕した。
 巨大国家の統治と秩序の困難を想えば、トウの処断も理解できようが、本書はこの鎮圧が大きなモメンタムを歴史に残したとする。軍歴のない江沢民は、国防費を潤沢に融通して軍を味方につけた。社会格差の解消ではなく特権層の既得権の強化を許して政軍幹部の腐敗を構造化した。排外的ナショナリズムを煽って社会によどむ不満をそらした。「和諧社会」を掲げた胡錦濤と温家宝の政権は、江の築いた既得権体制に屈し、平等を取り戻す改革は流産した。
 つまり、すさまじい経済発展を続けた中国であるが、社会内部では大きな格差が固定し、富の再分配も社会保障も進まない。国防費の驚くべき膨脹とそれを背にした東シナ海や南シナ海への強引な支配拡大が国際的な反発を招いているが、それにも拘わらず中国の軍事水準は寂しいと本書はいう。たとえば劉華清の力強いリーダーシップの下で中国海軍は近代化を進めたが、米国に遅れたロシア海軍をモデルとしているため、中国独自の工夫を加えようとするものの米国水準にはなお遠いという。第五世代と思える戦闘機も登場してはいるが、高度な情報システムに全軍が有機的に結ばれて行動する国際的な最新レベルから見れば、時代遅れの軍隊に留る面も否めないという。
 なるほど、そうなのかと本書に教えられるところは少くない。中国に市場経済を提供し、援助を与え、暖かく接しさえすれば、中国はわれわれと似た国になるといった楽観論が誤りであったことは、本書の言う通りであろう。ただ本書の中国像が一貫した構造的理解に貫かれているところが強味であるとともに、ふと不安を感じるところでもある。われわれは民主的価値を奉ずるが、それはどの社会でも簡単に手にできるものではない。いかなる社会もゆらぎながら進む。そのことは機会でもありうる。中江兆民の『三酔人経綸問答』において、鮮明な立場で持論を展開する東洋豪傑君や洋学紳士君に対して、過慮を戒める南海先生のあそび・・・の要素も、異文化社会を扱う場合に必要なのではないだろうか。

(いおきべ・まこと 政治学者・熊本県立大学理事長)
波 2017年9月号より

目次

はじめに
第I部 現代中国における独裁・暴力・ナショナリズム
第1章 独裁と暴力
1 軍拡の原風景――天安門事件
2 軍拡と「国内平定」
3 威嚇・恫喝の手段としての解放軍
第2章 漂流する中国の近代化
1 「中国革命」再考
2 ゆがんだ社会保障制度
3 骨格の脆い巨人
第3章 「中華民族」という現実逃避
1 普遍的価値観から遠ざかるナショナリズム
2 「想像の共同体」としての「中華民族」と「漢民族」
3 「中華民族」ナショナリズムと排外主義
4 ナショナリズムの限界と束縛
第4章 経済発展と格差拡大
1 格差を生み出す構造
2 「官民対立」
第5章「党軍」と「党の安全保障」
1 世界最大の私設軍隊
2 「中国の安全保障」と「中国共産党の安全保障」
第II部 毛沢東が遺した負の遺産
第6章 誰が中国の敵で、味方なのか?
1 大躍進と文化大革命
2 毛沢東の変節外交
3 禍根を残した日米との接近と中国社会の世界観の混乱
第7章 新中国は解放軍なくして統治しえず
1 共産党の統治と解放軍
2 彭徳懐の栄光と破滅
3 林彪事件の闇
第III部 分岐点となった八〇年代
第8章 「改革・開放」の光と影
1 トウ小平というバランサー
2 「改革・開放」をめぐる攻防
3 拝金主義、格差、「民主化」要求
第9章 「独立自主」と解放軍の改革
1 「改革・開放」の障害とみなされた解放軍
2 対ソ牽制外交から「独立自主」外交へ
3 解放軍の「整頓」と軍ビジネス
第10章 崩れたバランス
1 第二次天安門事件
2 歪な富の分配・再分配の固定化
3 「改革・開放」の危機
第IV部 軍拡時代の幕開け
第11章 ポスト天安門期の危機が生んだ新指導部
1 深まる危機感
2 江沢民政権の誕生
3 江沢民と解放軍
第12章 共産党の生き残りを賭けた諸方策
1 グローバル経済への寄生
2 「共通利益」にもとづく外交の展開
3 中国社会の思想改造
第13章 二つのディレンマの呪縛
1 加速した格差拡大と「官民対立」の延焼
2 二つのディレンマと共産党の安全保障
第V部 軍抗時代の解放軍
第14章 軍拡にはしる解放軍の「意図」
1 戦略の大転換――陸から海へ
2 第三次台湾海峡危機
第15章 解放軍の「能力」診断
1 時代遅れの軍隊
2 水上艦艇の進歩と限界
3 水中の盾と槍
4 航空戦力の刷新
5 軍拡の総括と展望
おわりに
あとがき
主要参考文献一覧

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