はじめに──なぜ「死ぬための教養」が必要か
第一章 一九八七年、四十五歳。生まれて初めての吐血
血を吐いた程度じゃ死ねない(『ミニヤコンカ奇跡の生還』
)物としての自分か、あるいは生命としての自分か(『死をめぐる対話』)
織田作之助に欠けていた、人生を薄めて生きる術(『大往生事典』)
自分自身の死を経験することはできない(『死にゆく時』)
高見順のようにブンガク的につめは伸びやしません(『死の淵より』)
不治に近い難病を、笑いで克服(『笑いと治癒力』)
現代人は脳の中に住む(『唯脳論』)
利己的遺伝子が、姑を嫁いびりに駆りたてる(『そんなバカな!』)
四十六億年がひと昔前なら、いつ死んでもいい(『地球・宇宙・そして人間』)
第二章 一九九二年、五十歳。人生を一度チャラにする
全勝なんて力士には興味ない(『人間 この未知なるもの』)
芭蕉が最後にたどり着いたのは、「絶望」(『芭蕉の誘惑』)
細胞は死ぬことによって、個体としては生きている(『宇宙の意思』)
死はあまりにも一方的に勝手にくる(『たけしの死ぬための生き方』)
「いつ死んでもいい」覚悟で(『超隠居術』)
第三章 一九四五年、三歳。初めて死にかけた
作家が書いたものはすべて、小説という形を借りた遺書である(『豊饒の海』)
川端康成の小説にせまりくる人間の死(『山の音』)
人間が生殖によって死を「克服する」のは不可能である(『死と愛』)
死という文字が、意味するもの(『死の日本文學史』)
人が死んでから七日以内に雨が降らないと……(『楢山節考』)
「性愛の秘儀化と即身成仏」って?(『生と死のコスモグラフィー』)
第四章 一九九八年、五十六歳。ふたたび激しく吐血
そうだ、生きていたいのだ(『大西洋漂流76日間』)
死ぬときは、みんな一人(『たった一人の生還』)
死は、恐れとエロティックな感情をかきたてる(『人間らしい死にかた』)
一般病院で迎える死は、なんで悲惨なんだろう(『僕のホスピス1200日』)
どうやって死んでいったらいいのだろうか(『江分利満氏の優雅なサヨナラ』)
いかに多くの人が、空海にたよったか(『空海の風景』)
死にゆく母に何ができるのか、人にとって死とは何か(『おだやかな死』)
自分が衰えていくことを医者はわかってくれない(『安楽に死にたい』)
鴎外は、最後の土壇場で世間に論争を挑んだ(『文人悪食』)
生命の歴史の一瞬に存在し得た奇跡を思う(『われわれはなぜ死ぬのか』)
自分の死を実況中継できるか(『おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒』)
第五章 二〇〇一年、五十九歳。タクシーに乗って交通事故
人の一生も国の歴史も川の流れと同じ(『日本人の死生観』)
遺族には、長い悲しみが待っている(『死ぬ瞬間』)
宮沢賢治も法華経にすがっていた(『宮沢賢治「雨ニモマケズ手帳」研究』)
がんを告知されたとき、患者はどう考える(『がん患者学』)
自殺願望は、事故をおこしやすい傾向を高める(『死因事典』)
詩で自分の死後の世界を克服する(『私の死生観』)
魂にとって重要な夜とは(『地獄は克服できる』)
誰でも簡単に命の金額を算定することができる(『命の値段』)
遺産がない人ほど、遺言状を書いておいたほうがいい(『やさしい遺言のはなし』)
井伏鱒二のように生きてみたい(『還暦の鯉』)