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日露戦争―もうひとつの「物語」―

長山靖生/著

770円(税込)

発売日:2004/01/21

  • 新書
  • 電子書籍あり

百年前、すでに戦争は娯楽だった!

開国から五十年後、太平洋戦争敗戦の四十年前、近代化の節目に起きた日露戦争は、国家のイメージ戦略が重んじられ、報道が世論形成に大きな役割を果たした、きわめて現代的な戦争だった。政府は「正しい」戦争の宣伝に腐心し、新聞は開戦を煽った。国民は美談に涙し、戦争小説に熱狂した。大国ロシアとの戦争に、国家と国民は、何を考え、どう行動したのか? さまざまな「物語」を通して、日露戦争をとらえ直す。

目次
まえがき
第一章 誰が戦争を望んだのか
開戦前の新聞界
日露戦争の前史
戦争を求める新聞人
和平の誤報
学者の極論、世論を沸かす
幻の金鉱で開戦決定?
第二章 「正しい」戦争と情報戦略
戦地を目指す従軍記者たち
開戦前夜の提灯行列
国際宣伝合戦と「正しい」戦争
日本を宣伝するために
戦争雑誌の創刊と過熱する号外合戦
第三章 戦場の表現者たち
写実的報道と漢詩の隆盛
漱石の昂揚と空疎な詩
前線の鴎外の虚無感
第四章 「露探」疑惑と戦争小説
戦争小説家・江見水蔭
開戦直前の企画ミス
戦争小説を掛け持ちする水蔭
記者の逮捕と思わぬ加勢
噂による議員辞職
頻発する「露探」事件
苦悩する水蔭
幻の大スクープ
第五章 架空戦記と大陸への論理
進路を変えた『海底軍艦』
未来戦記の系譜
文化年間以来の「臥薪嘗胆」
新兵器「飛行機」登場
「国際連盟」を予測?
侵略ではなく、墳墓の地の奪還を
第六章 反戦・厭戦運動と旅順戦役
地を這うように「平民新聞」
デマを広めた反戦小説
反戦詩と厭戦詩の効果
石川啄木、戦争を詠う
旅順陥落
第七章 終戦、そして次の戦争へ
二年目のジャーナリズム
日本海海戦の勝利
政府を追い込む国民の欲望
「焼き討ち」に潜む民衆の意識
それ ぞれの戦後
戦後の「軍歌」と回想記
未来戦記の新たな仮想敵国
「脱亜入欧」の歪んだ幻想
あとがき  主要参考文献  日露関係年表  索引

書誌情報

読み仮名 ニチロセンソウモウヒトツノモノガタリ
シリーズ名 新潮新書
発行形態 新書、電子書籍
判型 新潮新書
頁数 224ページ
ISBN 978-4-10-610049-9
C-CODE 0221
整理番号 49
ジャンル 日本史
定価 770円
電子書籍 価格 660円
電子書籍 配信開始日 2011/12/28

インタビュー/対談/エッセイ

波 2004年2月号より みなさん、戦争は好きですか?  長山靖生『日露戦争─もうひとつの「物語」─』

長山靖生

 人が死ぬ。家は焼け、街も文化も環境も破壊される。そんな戦争を好きだと公言する人間はいないだろう。ブッシュもフセインも、「好きでやってるわけではない」と言うに違いない(推定)。
にもかかわらず、戦争は起こる。それをみんなが、お茶の間で見るのが今という時代だ。犯罪にしろ、天災にしろ、戦争にしろ、大事件を報道する時のマスコミ関係者は、心なしか嬉しそうに見える。たぶん好奇心を尖らせて興奮しているせいだろう。私もテレビの戦争報道で夜更かしをする口なので、他人のことは言えないが、いったい何時から、戦争は娯楽になったのか。
今から一○○年前に起きた日露戦争は、すでにメディアの戦争だった。戦争のはじまる前から、主戦論、反戦論の主張が新聞雑誌を大きく飾り、売れ行きのいい「主戦」がメディアの主流になった。シミュレーション小説は、開戦前から講和条件の皮算用をしていた。
戦争中、幸徳秋水は飲み屋や歓楽街の賑わいをルポし、戦争でいちばん儲かっているのはメディア産業だと書いた。たしかに、戦争報道専門のヴィジュアル雑誌が幾つも創刊され、ある新聞は一日に五度も号外を出した。多くの作家や画家が従軍記者として戦地に進み、兵士も競うように詩歌を作っては内地の雑誌に投稿した。軍医・森鴎外と従軍記者・田山花袋は、戦場に上がる火柱を目撃して「君、いい処を見たね」「実に壮観でした」と語り合い、夏目漱石も石川啄木も戦争を讃える詩を発表した。それが日露戦争だった。
戦争は暗くて悲惨なもの、とわれわれは思っている。だが当時、戦争は華々しいものだった。少なくとも公式には。太平洋戦争時には燈火管制で日本中が暗かったが、日露戦争では連日のように松明行列や提灯行列が繰り出し、街はイルミネーションに彩られ、物理的にも明るかった。百貨店は戦争の最中に、〇〇陥落記念の大売り出しを行い、記念絵ハガキや記念指輪、陸海軍マークの髪留めなどを売り出した。まるで阪神優勝のような騒ぎ。
『日露戦争 もうひとつの「物語」』で私は、戦争という現実をメディアがどう報じ、民衆がどのように反応したかを追った。追いながら私は、一○○年経っても変わらない人間の滑稽で哀しい性質を思った。自分自身も巻き込まれている戦争を、野次馬のように傍観し、心のどこかで楽しんでしまうのは、民衆の強かさなのか。それとも諦めだろうか。昂揚する愛国心と、反戦・厭戦の心情の狭間で、みんな何を考えていたのか。
歴史とは何だろう。開国から日露戦争までが五○年。そして自衛隊は成立五○年でイラクに派遣される。これはひとつの達成か。それとも忘却に費やされた時間か。

(ながやま・やすお 評論家)

蘊蓄倉庫

「美談」を求めるのは誰か

 昨年、イラクで日本人外交官二名が殺害されました。彼らの死を伝える新聞報道やテレビ番組では、生前のエピソードや悲しむ遺族の姿が大きく取り上げられました。「遺志を継ぐためにも自衛隊の派遣を」と発言した政府高官がいたそうですが、志なかばで銃弾に倒れた二人の死を「美談」にして、イラク派遣につなげようと考えたのかもしれません。
 100年前の日露戦争では、報道合戦を繰り広げる新聞にとって「美談」は欠かせないものでした。部下を助けようとして戦死した海軍士官は、新聞によって「軍神」と讃えられ、その美談は後に文部省唱歌「広瀬中佐」となります。平凡社の大百科事典によると、広瀬中佐は日本史上初めて、戦死した特定の軍人として「軍神」となった人物だそうです。軍当局にとって、戦意昂揚に役立ったのかもしれませんが、それを後押ししたのは、当時のマスコミ=新聞だったわけです。
掲載:2004年1月23日

著者プロフィール

長山靖生

ナガヤマ・ヤスオ

1962年茨城県生まれ。鶴見大学大学院歯学研究科修了。評論家、アンソロジスト。近代文学、SF、ミステリー、映画、アニメなど幅広い領域を新たな視点で読み解く。日本SF大賞、日本推理作家協会賞、本格ミステリ大賞(いずれも評論・研究部門)を受賞。著書多数。

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