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日本文化の美しさを教えてくれた“語り部”、白洲正子の全貌を明らかにする、初の全集。

白洲正子全集 第一巻

白洲正子/著

6,156円(税込)

本の仕様

発売日:2001/05/31

読み仮名 シラスマサコゼンシュウ01
シリーズ名 全集・著作集
全集双書名 白洲正子全集
発行形態 書籍
判型 A5判
頁数 654ページ
ISBN 978-4-10-646601-4
C-CODE 0395
ジャンル 全集・選書
定価 6,156円

古典や骨董、自然について語りながら、日本の文化の本質と美しさをやさしく解き明かしてくれた、随筆家・白洲正子。その全仕事を発表年代順に収め、魅力のすべてが見える初の本格的全集。第一巻には、昭和十八年の処女出版『お能』、久しく読めなかった『たしなみについて』、同時代の単行本未収録の小品・エッセイなどを収める。

著者プロフィール

白洲正子 シラス・マサコ

(1910-1998)1910年東京生まれ。幼い頃より能を学び、14歳で女性として初めて能輝台に立ち、米国留学へ。1928年帰国、翌年白洲次郎(1902〜1985)と結婚。古典文学、工芸、骨董、自然などについて随筆を執筆。『能面』『かくれ里』『日本のたくみ』『西行』など著書多数。1998年没。

目次

お能
はじめに
お能のおいたち
お能の見かた
お能を知ること
舞う心
お能の美しさ
お能の型
バレーとお能
自由な型
くずれた型は
お能の幽玄
舞台について
装束について
面について
お能の余白
序破急について
お香とお能
おわりに
たしなみについて
新しい女性の為に
智慧というもの
進歩ということ
お祈り
創造の意味
たしなみについて
梅若實聞書
はしがき
一生の出来ごと
稽古のこと
昔の思い出
先代實の話
翁について
舞と謡について
芸談さまざま
猩々乱
万三郎と實
鐘引
梅若家の歴史
梅若實略歴
私の芸術家訪問記
焼物の話
面をみる
鉄砲うち
ガンコな人
手袋
デントンさんのこと
腕輪の行方
曼荼羅
凡人の智恵
香港にて
真実一路
第三の性
エッセイ 一九四〇―一九五五
母の憶い出
日本人の心
散ればこそ
梅若万三郎
風俗・その他
きもの
たべもの
能をみる
『無常という事』を読んで
調和
自分の色
一つの存在
早春の旅
京の女
人工天国の倦怠
“日本の絹”の美しさ
小林秀雄
お嬢様気質
郷愁の町
麻生和子さんはこんな方です
芦屋夫人
春の香り
前進あるのみ
自己に忠実であること
法隆寺展にて
お能の見かた
私の文芸時評
夫婦の生活
お能の見かた
壬生狂言
金語楼の落語
韋駄天日記

ゴルフ今昔物語
解説・解題

インタビュー/対談/エッセイ

波 2001年6月号より 〔対 談〕 仲畑貴志/青柳恵介 白洲正子という人  ■「この徳利が、あなたです」 ■最短距離で飛んでいく人 ■「コピーライターってなあに」 ■目の自由な人

仲畑貴志青柳恵介


■「この徳利が、あなたです」

仲畑 おれ、白洲さんってほとんど読んでないんだよ、本はもらったんだけどね(笑)。白洲さん本人に対する興味だったから。骨董を間に置いた遊び友達みたいなもので。
青柳 骨董買うと、白洲さんに見せてたんですよね。
仲畑 おれが骨董を見せる人って、五人ぐらいしかいないわけ。その中で目玉は、やっぱり白洲さん。単刀直入だったからね。つまらなきゃ、つまらないって言ってくれるし。
青柳 つまらないというのも結構ありましたか。
仲畑 それはありますよ。こっちは精一杯頑張っていても……。最初に、粉引の徳利を持っていったときに、「この徳利が、あなたです」って言われて、アラーッと思ったんだよ。みんなが粉引を喧伝するから買っただけで、自分では知識もなかった。それしかなかったから持っていったら、そう言われて、「あら、こんなに汚いやつがおれか」と思った(笑)。
青柳 仲畑さんが、白洲さんが持っていた志野のぐいのみとそっくりのものを手に入れた。しかし口縁に傷があるので、銀で直しをして、それをお見せしたことがあった。底の方から出された白洲さんは、「あらっ」ってびっくりして。
仲畑 底は一緒だからさ。でも欠けた口縁を銀で修復したんで不様なものになってた。ずっと底だけ見せているわけにいかないんで上を見せたら、「銀歯だ」っていうわけよ(笑)。
青柳 みんなで悪口を言っているうちに、悔しくなっちゃって、仲畑さんが食いちぎっちゃったんですって、直しの銀のところを。
仲畑 またそれが受けちゃってさ(笑)。
青柳 「あんた、仲畑さんが食いちぎったんだよ」って。僕はそのときにいなかったんですが、後で白洲さんが、あんな面白かったことはないっていうんです。
仲畑 骨董のときは本当に、フェアな人。例えば一緒に京都の骨董商「柳」に行ったときに、こういうものは奪い合いだから、いいと思ったから何があっても私は取るからって。それは五分ということでしょう。僕らにすれば、非常に先達の人なんだけれども、そういう場においては、全く五分に遇してくれているわけよね。なかなかないことですよ。気持ちいいことですね。文章なんかでも、そういう潔さみたいなものが出てるから気持ちいいんじゃないかな。
青柳 競争になったことはありますか。何かを巡って。
仲畑 おれはなかったけれど、よくそういう話を聞いたね、白洲さんがパッと見たら、奪うようにとっちゃったって。だけど、それは相手に対する礼儀だよね。闘わないようなことはやらない、手を緩めることはやらない。
青柳 僕も白洲さんとはずいぶん骨董屋には行きましたけど、やっぱり早いですよ。僕と奪い合いになるのは安いものでしょう。それこそ五分ですよね。白洲さんは高価ないいものを持っているんだから、こんな安いものだったら譲ればいいのにと思うんだけど(笑)。決して譲らない。
仲畑 でないとね、面白くない。
青柳 全集の第一巻に、ねずみ志野の香炉の話が出てきます。ねずみ志野の名品を白洲さんは買う。前の所有者の青山二郎さんに見せたら、「あれは誰が持っていても一流のものだから、何もわざわざ買うことはない」、それが青天のへきれきだったと。白洲さんは結局、それを売ってしまう。売ったことに後悔はないと白洲さんは書く。信楽の壺も二個持っていて、今、クリーヴランドの美術館に行っちゃったほうが買った値段も高いんだけれども、これは売っても惜しくないと思って、やっぱり手放す。「小さいところではいろいろ後悔もあるけれども、私は人生で大きなところじゃ間違ってない、そういうときの判断は間違ってなかった」って自慢してましたね(笑)。
仲畑 しかし、それは痛い話だなあ。
青柳 難しいことですよね。誰が見てもいいものを残したほうが経済的にもやっぱり得だと思いがちだけれども、そこら辺の潔さ。
仲畑 青山学校、あそこのエキスを、白洲さんを通じて僕らは少し呼吸できたと思うんだけれどもね。そのねずみ志野に対する青山さんの言葉でもさ、格好いいよね、本当にね。

■最短距離で飛んでいく人

青柳 白洲さんはコマーシャルに出たことはないですよね。
仲畑 あるクライアントから、白洲さんをという要請があったことがある。だけど、おれは断った。料理しようがないじゃない。
青柳 そのままで絵になる方ですよね。ゴルフのクラブ持ってる写真なんか格好いい。
仲畑 何かそれでぶつんじゃないかという感じ(笑)。あの人は男だよ、女じゃないよ。最初はわからないけれども、あるところからそういうことになったと思うよ。
青柳 『明恵上人』あたりからですかね。
仲畑 ボキッと折れるように男になるわけじゃないけれども、どこかから女から男へグラデーションになっていくと思うよ、この全集の中で。
青柳 第四巻からじゃないでしょうかね。田中日佐夫先生に聞いた話ですが、『西国巡礼』を書いたときに、小林さんに怒られたんですって。こんなものはちょぼちょぼ書くものじゃないと。三十三ヵ所もあるから一ヵ所が短いんですね、原稿用紙で四~五枚だったでしょうか。それでいつか、じっくり腰を落ちつけて書きたいと思う気持ちがあったんじゃないでしょうか。それが『かくれ里』や『十一面観音巡礼』になったりするんじゃないかと思うんですが。
 いつか、平野屋という京都郊外の店に一緒に行ったときに、そこのおかみさんが、亡くなる前に小林先生がうちに見えて、これから車で丹波に抜けてみようと思っていると言ったという。僕は小林さんって書斎でこもっている人と思っていたのですが、実際は結構いろいろ、お寺やなんかを訪ねて歩いていたらしいんですね。土地に対する関心。そういう影響も随分強かったのかなと、そのとき思ったんです。
仲畑 小林さんたちの影響は相当受けているよね。だから酔っ払っておれがばあさんよばわりなんかしても、「そういう酔っ払いには慣れてますから」って笑って、ケロッとしてたね。
青柳 本当ですね。
仲畑 中原中也も含めて、あの辺の交遊というのはどんなことだったんだろうね。そういう話は飲んでいるときに白洲さんに聞いたりはしたけどね、実体はわからない。
青柳 今度の全集をずっと順番に読んでいきますと、これは年代順に並んでいますでしょう。そうすると、洗練されていく過程がわかりますね。
仲畑 あっ、本当。そうだろうな。
青柳 何というんでしょう、若いときは若いときの魅力ってあるんですよ。ひたむきな、それこそ何か言われれば悔しくて泣き出しちゃいそうな感じの白洲正子がいて、それはそれで魅力的なんだけれども、だんだん泣かなくなっていくんだなという感じがある。圧倒的な小林秀雄の影響下に育っているでしょう、白洲さんは。
仲畑 やっぱりね。
青柳 そこから羽ばたいていく感じというのが、我々にもすごく勇気を与えてくれますね。
仲畑 時系列で読むとおもしろいね、その辺は。白洲さんをまだ読んだことがない人は、最初は何を読んだらいいですか。
青柳 それは『かくれ里』じゃないでしょうか。白洲さんのお人柄ですが、どこか取材に行く前に、最上の先達に出会ってますね。京都の博物館の景山春樹さんや、考古学者の末永雅雄さんのところに行って、「何かおもしろい所ないですか?」と聞いたり。恵まれているといえばそうなんですけれども、仲畑さんの言葉で言えば、最短距離でそういう人のところにパッと行って、あそこに行くならばどこに行ったらいいか聞くとかね。
仲畑 麻雀で言えば、ひきが強いよね。ペンチャン待ちの、最後の一牌を、ポーンとひくような感じ。だから最短距離が走れるのね。そういう気合いがあるよね。
青柳 それはお若いころからそうだなあ。『韋駄天夫人』とか『私の芸術家訪問記』で、興味のある人のところにためらわずに行くんですね。それで、きちんと批判すべきところは批判するんですね。あれはやっぱり潔いというか、偉い。

■「コピーライターってなあに」

仲畑 『白洲正子自伝』に、お祖父さんの樺山資紀さんが裏切り者の首を落とす話があるでしょう。あの話は僕は白洲さんから直接聞いたんだけど、野郎が生きるってそういうことなのかなあと思って、「やらなきゃだめよ」って言われているような気がしたね。あれは強烈だね。
青柳 怖いですね。津本陽さんの『薩南示現流』に最初に出てくるんです。津本さんが写真を見ていて、樺山資紀が晩年の好々爺の写真なんだけれども、これは人を切ったことのある顔だというのが津本さんの直感で、調べたら、あの話がわかった。白洲さんは津本さんが書くまでそれを知らなかったらしいんですよ。それを知った時の喜びよう(笑)。自分を発見したみたいな喜びようでしたね。
仲畑 そんな決意とか覚悟とか、そういう生き方をしてないからね、今は。
青柳 しかし、仲畑さんや僕らが伺って、囲炉裏端で酔っ払って、ワーワーやっているときに、白洲さんが急に黙るときがあるんですね。灰を一生懸命ならしながら。あの沈黙が僕はね……。何をこの方は考えているのかなと。そういう時に聞いた話を白洲さんは決して忘れていないんだな。
仲畑 青柳さん、自分の文章で何か言われたことない?
青柳 「力がない」って一言(笑)。それも、何回も(笑)。逆に、人が褒めないようなところで褒めてくださるときがあった。
仲畑 『風の男 白洲次郎』のときは?
青柳 僕がなかなか書かないもんで、怒られて、怒られて。「死んじゃうんだよ、あたしは」とかって。随分生きてらしたけど(笑)。でもでき上がったときは、「畑違いの人がこれを書くのは大変だったでしょう」と一応は褒めてくださった。
仲畑 おれは『いまなぜ青山二郎なのか』の書評を「波」に書かされたときは、困ったよ。ほかにいっぱい書く人いるでしょうって言ったけど……。あれはコピーライター的に、ヨイショでまとめたんだけど。
青柳 どうも白洲さんは、コピーライターというのが何か、最初はわからなかったみたい。
仲畑 わからなかったと思うよ。
青柳 仲畑さんとかなり親しくなられてから、「コピーライターって何するの」なんて言ってましたね。それこそ仲畑さんは白洲さんの本を読まないで、白洲さん本人と会えば一番いいんだというアプローチでしょう。白洲さんもそうなんです。コピーライターの第一人者というようなことで会っているわけじゃないんですよね。白洲さんは誰とでもそうで、自分の肌で人を判断していらした。
仲畑 白洲さんを憧憬の念で接している人って多いじゃない。おれはストレートに行っちゃったものだから、ちゃんとおつき合いしている周りの人たちに悪いなという感じだったけれど。ノリが合ったんだね。
青柳 年の差なんか感じられなかったんでしょう。白洲さんもいろんな人とおつき合いがあったでしょうけれども、仲畑さんみたいな方としゃべったり、遊んだりするのが一番楽しかったんじゃないかなと思うんですよね。
仲畑 小林さんとか青山さんとか、あの時代の彼らは、単刀直入だったんじゃないかな。僕は怖い物知らずで、単刀直入にいったから、それを面白がっていたんだと思うね。
青柳 真面目なものを書かれていても、白洲さんにとってはそれは遊びなんだから、それを余りしかつめらしく問い詰められたりなんかするのは、楽しくない。
仲畑 だけど、例えば僕が雑文をちょこちょこっと書いても、ちゃんと目を通されていましたね。それには驚いたなあ。あのお年でといったら失礼だけれども、普通ならどうでもよくなるじゃない。
 それと、言葉をよく注意された。例えば「せりふ」という言葉を変に使うと、「そういうときは『せりふ』という言葉を使わないの」とか、言われた(笑)。そういう厳密さというのは、気持ちがいい。
青柳 遊んでいながら、これだけはきっちりやっていこうということがね。
 それと、憂国の士みたいな人が時々、白洲さんの周辺にいらっしゃって、「昔はよかった。今はこんなになっちゃって、日本の文化は、行く末はどうなるんだ」みたいなことを滔々としゃべったりすると、白洲さんもそう思っていらっしゃるとは思うんですけど、それが嫌なんですね。後ろばかり見てると、ぴしゃりとくる。積極的に活動していったり、現代のよさを見つけて生きているような人を発見することが、うれしかったんじゃないかと思うんです。

■目の自由な人

青柳 第一巻に、「たべもの」というエッセイがあります、戦後すぐの。「ない」という一言で始まる。きっと「食べ物」で何か書いてくれと言われた原稿だと思うんですが、そういう戦後の状況に非常に積極的に頑張って立ち上がろうという感じの文章です。裸になってやりましょうみたいな、明るさがある。力強く敗戦を受けとめています。
仲畑 おれはやっぱり白洲さんに、目の自由さを教わった。古いものも新しいものもそうだし、人もそうだし、その辺のフェアなところ。まだそれに遠く至らないけどね。
 やっぱりすり込まれたものの尺度で、僕らは動いているでしょう。歩調を合わせて世間が走り出したら一番危険なんだけれども、どうしてもその時代の空気とかにつり込まれて、一緒になって走っちゃうでしょう。そのストッパーになるのが、本当に目の自由な人じゃない。骨董に限らず、そういう人でありたいじゃない。特に何か少しでも表現しようという人は。だけど、それはなかなか難しいことだよね。
青柳 多くの人はどこかに属していますでしょう。属すことでよりかかって生きている。白洲さんという人は、女で、どこにも、会社にも学校にも属してない。長い間、白洲さんは随筆家と言われていたけれども、御本人は随筆家だと思っていたことはないと思うんですよね。自分が何であるということからも自由だった。そういう生き方が、白洲さんの生きた時代だと、女だったからできたという面もあるんじゃないかなと思いますが。
仲畑 だけど、人に教えようとか、そういうのは全然なかった人ですよ。能書きたれたりして、自分を高みに置こうとすること、そういうのは一切なかったね。
青柳 白洲さんが仕事をするのも遊びでしょう。骨董を買うのももちろん遊びだし、仕事と遊びというのが分離してないんですよね。仕事も遊びも渾然一体となったような、ああいう生き方というのはうらやましいなと思うし、できればそういうふうになりたい。何でしたっけ、論語にありますよね。「之を好む者は、之を楽しむ者に如かず」って。そんな感じですね。この全集を通じて、読者もそんな白洲さんを楽しんでくれれば一番いいですね。


(なかはた・たかし コピーライター)
(あおやぎ・けいすけ 国文学者)

▼『白洲正子全集』第一巻は、五月三十一日発売。
 第二巻は、七月十日発売。以降、毎月十日に巻数順に刊行。

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