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文豪の妹と、のちのSF作家が同居するその家は、本郷の曙町にありました。

泡沫の歌―森鴎外と星新一をつなぐひと―

小金井喜美子/著 、星マリナ/編

1,081円(税込)

本の仕様

発売日:2018/01/26

読み仮名 ミナワノウタモリオウガイトホシシンイチヲツナグヒト
装幀 YOUCHAN(トゴルアートワークス)/カバー・イラスト、新潮社装幀室/装幀
発行形態 新潮社図書編集室
判型 新書判
頁数 199ページ
ISBN 978-4-10-910107-3
C-CODE 0092
ジャンル 文学・評論
定価 1,081円

「嬉しけれ 年を経れども 君が名は 人なほ云へり 在りし世のごと」森鴎外の妹にして、星新一の祖母。ふたりの作家をつなぐ、歌人・小金井喜美子の物語です。

著者プロフィール

小金井喜美子 コガネイ・キミコ

(1871-1956)明治3年11月29日、島根県津和野に生まれる。森鴎外の妹。明治6年上京。東京高等女学校卒業と同時に結婚。18歳のときに翻訳をはじめ、代表作に「皮一重」「浴泉記」「名誉夫人」などがある。鴎外が中心となった文芸誌「しがらみ草紙」「めさまし草」「スバル」、与謝野鉄幹・晶子夫妻の歌誌「冬柏」などに参加し、小説やエッセイも書いた。研究者の夫に尽くし、二男二女の子育てにおわれつつも、生涯にわたり文学を愛し和歌を詠んだ。星新一の祖母。昭和31年1月26日永眠。(明治3年は旧暦だったため、誕生日は西暦では1871年1月19日。戸籍上の名前はキミ)

星マリナ ホシ・マリナ

昭和38年10月7日、東京都品川区に生まれる。星新一の次女。青山学院大学卒業後、ハワイに移住し結婚。一男一女の子育てが一段落したところで星作品の英訳をはじめ、電子書籍とオーディオブックを世界のiTunes StoreやKindle Storeなどで展開。著作権管理会社・星ライブラリを設立し、星新一公式サイトを日本語と英語で運営するほか、星新一展の企画や星新一賞の立ち上げに携わる。

星新一公式サイト (外部リンク)

インタビュー/対談/エッセイ

鴎外・喜美子・新一 ならべてみると見えるもの

星マリナ

 その本は、父・星新一の書斎の本棚にありました。手で押すとパリッとやぶけてしまいそうな古い本。小金井喜美子が昭和15年に自費出版した歌集『泡沫千首』でした。小金井喜美子ときいても知らない方がほとんどと思いますが、彼女は森鴎外の妹にして星新一の祖母。ついでにいえば私の曾祖母なのですが、私がうまれる前に亡くなっているので会ったことはありません。
 和歌が千首収録されているらしいその本のページをめくりながら、父が書いた千一編のショートショートとほぼ同じ数なのだと気づき、私はこれを自費出版で復刊してみたいとふと思ったのでした。つまり、そもそもは「そこにあったから」という登山家のような動機だったのです。
「千」がキーワードであったにもかかわらず、すぐに千首収録は多すぎるということに思い至り、半分くらいに減らしてみようと、歌の背景をしらべはじめました。ほぼゼロからのスタートに途方に暮れました。こういうのを無謀というのではなかろうか。
 そんなある日。私は、わりと重要なことに気づいたのでした。よく考えてみたら、森鴎外のおかあさんは私のひいひいおばあさんだったのです。おおっ。高校の修学旅行でおとずれた津和野の鴎外の生家。あれは、ひいひいおばあちゃんの家だったのか!(それくらいもっと早く気づけという話なのですが)
 そのときだったのです。それまで、底の見えない穴のような、あるいはエベレストのような鴎外研究というものに恐れをなしていた私が、自分の家族の話なのだから自由な気持ちで編めばいいのではないかと脱力できたのは。
 そこで今度は「家族」をキーワードとして考えてみました。
 喜美子は、小さい頃から兄・鴎外と文学への思いを共有していました。友達と遊ぶことよりも本を読むことを好んだ喜美子は、鴎外の本棚の本を読み、鴎外に本を買いあたえられ、そして自分が詠んだ和歌や書いた文章を鴎外に見てもらっていました。鴎外の留学中や赴任中には、ひんぱんに手紙や和歌のやりとりをし、鴎外が東京にいるときには鴎外主宰の文芸誌に参加、歌会の手伝いもしていました。ふたりは、通常の兄妹よりもはるかに濃い時間をすごしていたのです。
 鴎外が亡くなって4年後にうまれた星新一は、18歳まで祖母・喜美子と同居していました。幼少期、鴎外全集のならんだ喜美子の寝室でねむっていた新一は、喜美子の詠む和歌を子守唄がわりにきいて育ちました。喜美子が旅にでるときには、泣いてあとを追いかけるほどのおばあちゃん子だったのです。ここにも、通常の祖母と孫よりは、はるかに強いむすびつきがあったのでした。
 鴎外・喜美子・新一をならべてみたら、多くのことが見えるようになりました。たとえばこういったことです。星新一は、作家の心がまえのようなものを鴎外から学んだのではないか。私小説に近いものを書くリスク、作家仲間の大切さ、家族の立場、没後に作品や遺品がどうなるか、など。そして確実に比較されてしまう「息子」ではなく、「妹の孫」というノーマークな立場は、ちょうどいい距離だったのではないか。継ぐことを期待されて生きてきた星製薬を手ばなし、絶望のなかで就いた作家という職業も、結局は家業だったのではないか……。なんだか、いろいろなことが腑に落ちたのでした。
 星新一のショートショートを思わせる、わかりやすくて古びない喜美子の和歌は、約三百首を収録。本の後半は、喜美子と新一のエッセイのほか、鴎外の手紙や、喜美子と新一の写真、与謝野晶子が『泡沫千首』に寄せた序文など26項目を収録しました。あれこれとパズルのようにならべているうちに、「あ、つながった」と実感した瞬間があったのです。カチッという音がきこえそうなくらいでした。
 こうして父の書斎でみつけた古い歌集は、歌集の枠をこえて、森鴎外と星新一をつなぎ、小金井喜美子という、とても美しい文章を書く女性の人生を凝縮した本にうまれかわりました。この本を没後20年となる父に捧げたいと思います。

(ほし・まりな 星新一次女)
波 2018年2月号より

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