| 1 今日、三島が死んだ。 画帖の余白に乱雑に書き記し、惟朔は鉛筆を灰皿の脇においた。鉛筆の軸にはいくつかの噛み痕が残されている。癖というほどではないが、ついこのあいだまでは噛んでいた。強く、噛んだ。噛まずにはいられない瞬間があった。 まず軸に塗られたくすんだ緑色をした塗料に含まれる有機溶剤の香りに安らぐ。 糸切り歯がしんなりとした軸木にめりこんでいくと、幽かに渋い、しかも不可解な甘さを含んだぬくもりのある木の香りが口中から鼻腔いっぱいに立ち昇り、唐突に旅情に似た不思議な気分が湧きあがる。 最後に芯の鉛の独特な無味と鉱物質な硬さに、ひんやりとした気分を味わうわけだが、鉛筆を噛むという行為には、総じて不思議な温かさを感じさせるなにかがあった。 中学の三年間は、そして中学を卒業してからもしばらくの間は、ふとした空白に鉛筆を噛んでいた。もちろんそれが貧乏揺すりの変形であることは薄々自覚していて、糸切り歯の断面のかたちである楕円の穴が刻印された鉛筆の軸を見ると微妙な嫌悪感を覚えた。だが喫煙が習慣化したいまは、もう鉛筆を噛むこともなくなった。 冷めたコーヒーを口に含む。無理して飲むブラックもそれなりに馴染むようになっていた。惟朔は鉛筆の古びた噛み痕をぼんやりと見つめて、自分自身をあらわす人称代名詞についてしばらく考えこんだ。 僕、俺、私――。 ふと顔をあげると、斜めに射しこむ黄金色の西日のなかで、細かい埃が不規則に揺蕩ってきらめいている。窓際におかれた廃物のような茶褐色のドライフラワーに、浮遊する無数の埃がまとわりついているのが逆光のせいでよくわかった。 ガラス越しの西日は過剰なほどに明るいのだが、その芯には強さがなく透明で、かなり斜めの位置から射しこんでいた。惟朔は季節の移ろいを光の角度から感じて、やや感傷的になった。 僕、俺、私――。 カウンターの奥からコーヒー豆を挽く音が洩れ聴こえてきた。かなり強圧的なモーターの唸りだ。埃はその音にあわせて眩く身を翻すかのようだった。 僕か、俺か、私か。さらには我といういささか時代がかった一人称までもが脳裏を掠めたが、なかなか気持ちは定まらない。 それでも大げさにならないようにしようと決めて、自身の感覚が許容できる言葉を絞りこんでいくと、当然ながら俺と僕のふたつが残った。 中学生時代に収容されていた福祉施設では僕という人称を遣うことを強制されていた。しかし偽悪的な十五歳は、最近は意識的に俺という言葉を遣うように心がけていた。 今日、三島が死んだ。俺は高校をやめた。 さらになにか気のきいたことを書き加えようと気負ったが、なにも思いつかない。とりあえず70・11・25と書きこんで、25という日付を鉛筆で塗りつぶした。秋の終わりはなんというのだろう。頬杖をついて考えこんだ。晩秋と書きこみたかったのだが、どうしても思いうかばなかった。 それでも年月日を書き加えたことにより三島が死んだこと、高校をやめたことが厳然たる事実として固定されたような実感を覚え、重みが増したような気がした。惟朔は満足の笑みを泛かべてみた。わざとらしかった。独りで照れた。真顔にもどした。武蔵小金井駅周辺に散っていた新聞の紙面を脳裏に思い描いた。あれらは号外だったのだろうか。それとも夕刊か。 最初のうちは割腹という言葉の意味が判然としなかった。三島由紀夫という小説家が腹を切って死んだということだけは認識できたが現実味がなかった。いったい何があったのだろうか。 惟朔は三島由紀夫の自刃を自分の退学と重ねあわせて、そこに何らかの因縁のようなものを感じていた。それは勝手な思い入れではあるが、十五歳の少年が自らの意思で初めて社会現象的抽象に参画し、接点をもった瞬間であった。 ちいさく溜息をついた。ネルのシャツの腕をまくった。つるりとした痩せた腕に自慢の二十一石、セイコーファイブスポーツが捲かれている。悪友と組んで万引きしたものだった。 落ち着きのない眼差しを窓外と文字盤、交互にはしらせる。スイッチで切り替えたかのように西日のきらめきは失せていて、通りに面した窓は濃い藍色に染まりかけていた。 五時十分前。改めて時刻を確認してコーヒーを飲みほし、立ちあがる。レジの女は鼻が悪いのか口で息をしていた。付け睫毛の瞳も気怠げに薄ぼんやりと惟朔を見あげている。惟朔は将棋を指すような手つきで百円玉を一枚置いて喫茶店を出た。 これから退学届けを提出しにいかなければならない。もっとも、退学届けといっても、べつに書類を持参しているわけではない。担任の教師に持ってこいと命じられた印鑑ひとつをジーパンの尻ポケットにつっこんでいるだけだ。 釈然としないのは、あくまでも自主退学というかたちでありながら、無理遣り退学届けを提出させられることだった。体裁は一身上の都合ではあっても、これでは退学放校処分と変わらない。 それでも放課後の、ほとんど暮れかけた時間を指定してきたのは、なるべく同級生に会わずにすませてやろうという担任教師の配慮らしかった。 だらけた足どりで校門を抜けた。薄暗くなった構内にはまだ生徒がのこっていた。気温は摂氏十度を下まわっているだろう。寒々とした水曜日の校庭には、汚れて毳立ったサッカーボールを懈そうに追う同級生の姿もあった。顔見知りの先輩が投げ遣りに指示を出している。サッカー部員たちは惟朔に気づくと申し合わせたように曖昧にうつむき、視線を合わせないようにした。 あきらかに彼らは惟朔を恐れていた。惟朔は初等少年院出身であると噂されていた。初等少年院は十四歳以上十六歳未満の少年だけを収容する少年院であるが、惟朔が中学生時代に収容されていたのは教護院に相当する施設だった。彼らは誤解し、過剰反応していたのだ。しかし同級生や先輩の臆病な態度は惟朔の自意識を充たした。 |