診療室にきた赤ずきん
─物語療法の世界─



まえがき

「むかしむかし、あるところに……」この呪文のような言葉を聞くと、子どもたちの目は輝き出します。それはサバンナの焚き火の回りでもツンドラのペチカの前でも、世界中で見られる心暖まる光景です。どれほど多くの大人たちが、子どもたちのそういう姿見たさに、「ワンス・アポン・ア・タイム……」とわざと声を潜めて話し始めていることでしょう。
 しかし、それだけではないはずです。各国語で唱えられるこの呪文は、物語る大人たちをも不思議の国へと運んで行きます。それがあまりに愉しいものだから、大人が、子どもたちのためと称して、お話を始めることもあるのではないでしょうか。
 昔話に限りません。子どもたちに童話を読んで聞かせている保育士さん、幼稚園の先生、そして親たち。皆、子どもと同じぐらい、場合によっては子ども以上に物語の世界に浸り切ってしまいます。子どもが寝ついたあとも、ひとり読み続けているお父さんお母さんというのは毎晩、方々にいることでしょう。
 ところで、精神科医も昔話や童話を語ります。患者の疲れた心を癒すためです。この場合にも、患者たちの目には少年少女時代と同じ輝きが戻ります。その瞬間に立ち合うのは素晴らしいことです。
 本書では、どういう仕組みでお話が心の薬となるかをお話しします。すると、あくまで患者の治療を目的としていながら、同時に精神科医も癒されていることがわかっていただけると思います。
 読者の皆さんの目が輝くかどうか。私は心配しつつ私の話を始めようとしています。ちょっとスリリングな瞬間です。結果はわかりませんが、少なくとも私自身が愉しめることだけは確かな気がしています。
 それでは、始めます。「むかしむかし、あるところに……」

購入