| 1 その人は私の顔を見て、使う言葉を選んだ。私には通じると思って、朝鮮語で話しかけてきたのだ。こちらが旅人であることを見越した表情から察するに、たぶん、何処へ行くのかを聞いているのだろう。私は無数の皺に埋もれたその人の顔を見て、「あなたの言葉を話せません」ともう一つの言葉で告げた。赤銅色に潮焼けした顔、赤みを帯びた腫れぼったい手、小熊を思わせる立ち姿は、市場で働く老婆たちに共通の特徴だった。細かいうろこに覆われたかに見えるひび割れた頬を緩め、老婆は私に「ニホンジンデスカ」と訊ねた。 ――日本人です。あなたは日本語も話せるんですか? ――ダー、ヤポンスキー、ムカシ、ナラッタヨ。アナタ、カレツキー、ニ・パニマーエシ? 英語と混じり合った日本語はよく耳にしたが、ロシア語混じりの日本語を聞くのは初めてだった。朝鮮語はわからないが、ロシア語はほんの少しできる、と日本語で応える。老婆はしきりに頷き、忘れかけていた日本語を手繰り寄せ、自分の舌の上で転がしてみようとしてか、乾いた唇を舐めていた。 ――ドコニイクデスカ? 老婆が繰り出す日本語は何処にもない訛りを伴なっていた。 ――イトルップへ行きます。 ――アア、イトルップ。ナ・チェプラホッジェ? ――そう。船に乗って。日本語は子どもの頃に習ったんですか? ――ダー、ワタシ、ハチジュウゴサイ、ヤポンスキー、ワスレタ。ニホンジン、イナクナッタ。 そうだろう。一九四五年を境にこの地から日本人は姿を消してしまった。そして、日本語とそれを覚えている舌だけが残った。彼女たちはこの土地で生きて行くために、朝鮮語に馴染んだ舌のほかに、もう二枚の舌を必要とした。日本語もロシア語も老婆にとっては、何をしろ、何をするなと命令する異国の統治者の言葉である。その二枚の舌を交互に使い分けながら話す老婆に敬意を払い、彼女にはそれと気取られないように頭を下げた。彼女の舌に一番馴染んでいるのは朝鮮語のはずだが、それが通じるのは自分とよく似た市場の仲間か、娘、息子たちだけになってしまった。だから、ロシア人とは明らかに異なる自分の息子に似たこの手の顔を見かけると、朝鮮語で話しかけずにはいられないのだ。 ――パチェムー・ナ・イトルップ? なぜエトロフに行くか……観光だといえば、変人と思われるだろう。山に登る人は、そこに山があるから登るといえば、それで通る。だが、そこに島があるからといって、わざわざ行くような島ではない。そこへ行くには理由が必要だった。私は一応、ロシアに一年間滞在できるヴィザを持っていたが、島に渡るには別のヴィザが必要で、もっともらしい理由を申告しなければ、入島ヴィザが発行されない。 ――植物の調査です。 ヴィザの申請を代行するエージェントに島への渡航目的を聞かれた時も、そう申告した。島に渡るには、観光客より植物学者である方がよかった。私は米と麦の違いさえも見分けられなかったが、職業についてはうるさく問われることはなかった。 ――ショーユ、ホーチェシ? 老婆は店じまいした売店の前に置いた自分の荷物を指差し、私に醤油はいらないかと訊ねる。どれくらい島にいることになるかわからないが、醤油の味が恋しくなることもあろうかと、一本分けてもらうことにした。老婆の顔と同じくらい皺だらけのビニール袋にはハングルが書かれた醤油のほかに、ビニールの小袋に入った漬物と干し昆布が入っていた。「それも分けて下さい」といい、五十ルーブル紙幣を差し出した。「コレハ、パーパラトニク」と老婆が指差した小袋はどうやら、わらびのナムルらしい。わらびのことをロシア語ではパーパラトニクと呼ぶことを初めて知った。干し昆布はロシア語で何というのか、ついでに訊ねると、「パスーシェストベンナヤ・モルスカーヤ・カプースタ」と澱みない応えが返ってきた。「先天性何とか症候群」みたいに難解な専門用語を使っている気がしたが、直訳すると「乾燥させた海のキャベツ」になることがあとでわかった。 ――イトルップニモアルヨ。ダカラ、ニ・ナーダ・クピーチ。 老婆は買う必要はないといったが、船の中で食べるからと、一束の「乾燥させた海のキャベツ」も買い、釣りは受け取らなかった。昆布は何も食べる物がない時に胃袋を満たすのに好都合であるばかりか、顎の筋肉の訓練にもなり、暇つぶしにも緊張をほぐすにも便利だ。要するにガムの代わりになる。 港に船が現われる気配はなかった。もう日が暮れる。ここでは港も時刻表も、客に待ちぼうけを食わせるためにある。老婆は私よりも早く、きょうは船が来ないと判断し、港での商売を諦めた。別れ際、私が、船は何処に行ってしまったのかな、とため息混じりに独り言を呟くのを聞いて、老婆は虚空を左右互い違いの目で見上げ、やはり独り言のように呟いた。 ――カゼニキクシカナイ。 |