小さき者へ



 俊介へ。
 今夜は、嬉しいニュースをお母さんから聞いた。
 会社から帰ってきて、お母さんの話す昼間の報告に「へえ、そうだったのか」と笑うなんて、ずいぶんひさしぶりだった。お母さんには「笑いごとじゃないでしょ」と言われ、それはまあ、確かにそうだけど、嬉しかったんだ、なぜかむしょうに。
 昔なら――おまえがまだ小学生の頃なら、子ども部屋にそっと入って、どうせ掛け布団をベッドから落としているはずのおまえの寝顔を、にやにや笑いながら、飽きずに見つめているところだ。
 いや、ほんとうは(この手紙で嘘をつくのはやめよう)、リビングからおまえの部屋に向かいかけた。十一時過ぎ。おまえ、まだ起きてたんじゃないか?
 でも、お母さんに止められた。よけいなことはしないほうがいいから、とお母さんは言った。真剣な、泣きだしそうな顔で。
 いつもの夜なら、ここからしばらく、沈んだ声でお母さんと話すことになる。お母さんは今日一日のおまえの様子を伝え、もう限界だと涙ぐみながら訴えて、おまえよりもむしろお父さんを責める言葉を並べ立てるだろう。
 あなたにはなにもわかっていない、あなたはなにもしてくれない、あなたはいつも逃げている、あなたはいつも俊介をわたしに押しつける……。
 たまに、なにかしようとすれば「よけいなこと」だ。うまくいかないな、どうにも。
 結局、おまえの部屋に行くのはやめた。確かにそれは「よけいなこと」かもしれないと思ったし、おまえは今日もひどく不機嫌だったらしいし、今夜は――せめて今夜ぐらいは、ささやかな喜びにひたっていたい。
 冷蔵庫からマグナムドライを取り出した。大きいほうの缶。お母さんが起きているうちに一本、ひとりきりのダイニングテーブルでもう一本空にして、いま、ウイスキーの水割りをつくったところだ。
 ちょっと酔った。ノートパソコンを開いて、渡すあてのない手紙を書く気になったのも、酔った勢いというやつだ。
 なあ、俊介。
 もう九月も終わりだ。夏休み前からお父さんやお母さんとろくすっぽ口をきいていないおまえが、CDショップに出かけてビートルズを買ってきた。いつもはヒップホップばかり(お父さんには、どこがいいのかさっぱりわからないけど)聴いているおまえが、ビートルズを買った。
 友だちに勧められたのか? テレビや雑誌で知って興味を持ったのか? インターネットか? お母さんは万引きを心配していたけど、それは……だいじょうぶ、だよな?
 音楽にあまり詳しくないお母さんは、ちらりと見ただけのジャケットのデザインを「横断歩道を行進して渡ってるの」と説明した。
 お父さんにはすぐにわかった。わかるさ、それくらい。
『アビー・ロード』だ。一九六九年リリース、ビートルズが最後にレコーディングしたアルバム。名盤中の名盤と呼ばれている。特に、レコードでいうならB面のメドレーが絶品だ。
「どんな曲が入ってるの?」とお母さんはしきりに気にしていた。そういうところから、いまのおまえのいらだちの原因や解決策のヒントが見つかるんじゃないか、と。藁にもすがる思いなのだろう。わかってやってくれ。お母さんも疲れてるんだ。
 逆に、お父さんはのんきすぎるのかもしれない。「いきなり『アビー・ロード』なんて生意気だよな」と思わず笑って、お母さんを怒らせてしまった。
 それでも、お父さんは嬉しいんだ。
 やっと、おまえといろんな話ができるんじゃないか、と思ってるんだ。
 子どもの頃とは違う、いろんな話を。
 お父さんが初めてビートルズを聴いたのは、いまのおまえと同じ歳――十四歳、中学二年生のときだった。
 その偶然が嬉しくてたまらない。
 すがるなよ、とおまえは吐き捨てるだろうか。
 
 パソコンのディスプレイから顔を上げると、おまえがいつも座っている席が見える。お父さんとお母さんは並んで座って、おまえと向き合う。カウンセラーは、その座り方がよくないんだとお母さんに言ったらしい。
「これじゃあ毎日毎日、面接か取り調べを受けてるようなものじゃないですか」
 テーブルの傷が、ペンダントライトのオレンジ色の光を弾いている。表面がへこんだだけだと思っていたが、よく見ると、傷は塗装された部分を突き抜けて、天板の芯(でいいのかな)まで達していた。覚えているか。先月、おまえが夕食時にフォークを突き立てた傷だ。不意に、だった。思いきり、だった。
 お母さんはその夜を最後に、ナイフやフォークを使って食べる料理をつくらなくなった。おかげで、おまえは大好物のハンバーグを食べられなくなったけれど、わかってやってくれ、お母さんの気持ちも。
 お母さんは言っていた。「あなたがいなかったのだけが救いよ」。自分に言い聞かせるように、ゆっくりと、もう一言――「もしもあなたがいたら、俊介、フォークをあなたに向けてたかもしれない」
 
 お母さんは中学生による殺人事件や家庭内暴力のニュースを見たり聞いたりするたびに、ひどい社会になってしまった、こんなに狂った時代になってしまった、と悲しむ。
 でも、お父さんは思うのだ。時代や社会のせいにしてしまうのは、ずるいかもしれない。
 これは我が家の問題で、お父さんとお母さんと俊介の問題で、だから評論家や学者やニュースキャスターに解決してもらうわけにはいかないのだ。
 なあ、俊介。読んでくれるか。読んでほしい。
 おまえはお父さんが二十五歳のときに生まれた。おまえがものごころついた頃には、お父さんはすでにおとなだった。
 お父さんはおとなとして俊介に接してきた。父親として俊介を育ててきた。自分なりに、おとなとして、父親として、せいいっぱいおまえを育ててきたつもりだ。
 間違っていた――とは言わない。
 それでも、足りなかったところがあったんだろうな、といまは認めよう。
 読んでくれ、俊介。お父さんにも十四歳だった頃はあるんだと、あたりまえのことだけど、気づいてくれ。
 何日かかるかわからないけれど、お父さんはおまえに手紙を書こうと思う。長い手紙になりそうな気がする。
 お父さんが初めてビートルズを聴いた頃の話だ。
 お母さんにはまだ話したことはない。これからも話さないだろう。
 男と男の、打ち明け話だ。

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