| □四半世紀前の記憶 東京の下町、人形町の「き寿司」には独特の風情がある。 元は芸者置屋だったという木造二階建て(一部三階建てか)の外に立つと、思わず入ってみたくなる。植え込みの横の入り口は曇りガラスの入った木の引き戸。白い暖簾に「き寿司」、二階の座敷の前の屋根にも木の看板がある。引き戸を開けて入ると、すぐ左に三席のカウンター、鉤の手に曲がって正面に九席のカウンター。テーブルは四人がけ一つ。奥に座敷、二階にも座敷二つだが、これはそこに行ってみないとどんなふうになっているのかわからない。ふと見上げると、天井に取りつけた古めかしい扇風機が健在である。いまは使っていないのだろうが、これがなかなかいい。 いま私が「き寿司」に行くとすると、大抵は勤め先の大学からだから、夕方五限目の授業が終わる五時二〇分になってから大急ぎで後片付けをしてタクシーを呼ぶ。五時四五分にスクールバスが出るのだが、これに乗って田園都市線青葉台駅に着くと午後六時をかなり回る。JR横浜線の十日市場駅から先、青葉台駅までが夕方のラッシュに引っ掛かるから、タクシーを奮発して青葉台より二つ手前の長津田駅に行く。一三〇〇円前後。長津田から午後六時七分発の押上行き急行に乗ることが出来る。急行だと渋谷まで三〇分余り。そのあと地下鉄半蔵門線に入って表参道、永田町、神保町と各駅停車になっても水天宮前に午後七時前に着く。地上に出て三、四分で目的地である。胸ときめかしながら引き戸を開ける――。 タクシーを呼んで、田園都市線に乗り、到着するまでの約一時間が楽しい。今夜も鮨が食べられる、という期待が少しずつ高まっていく。大げさでなく、一駅ごとにその期待はふくらむ。少し前まで半蔵門線は終点が水天宮前だったから、私以外の乗客すべてが人形町は「き寿司」に向かっているような錯覚にとらわれる。私は鮨が一番好きだ。その日の腹具合に合わせて食べられる。もう充分と思えばストップすればいいし、もう少しと思えばさらに頼めばいい。コース料理だとこうはいかない。贅沢な食べものである。 私がはじめてこの店の暖簾をくぐったのは、昭和五二(一九七七)年六月と、当時の日記にある。正確にいうと三代目になる現在の主、油井隆一がつけ場のトップに立って握り始めていた頃だろうか。あるいは油井の父親・貫一がまだつけ場を仕切っていて、息子の隆一は二番手だったのか。そのあたりのことは忘れた。 「あら輝」(第八章)の冒頭のところで出てくる新聞社の頃の先輩、社会部副部長(デスク)の山崎宗次と一緒だった。どうして山崎と人形町界隈に来ていたのか思い出せない。誰か知ってる人か、取材関係の人が明治座に出演していて、その公演を見に来た帰りだったろうか。その頃、山崎と私の共通の親しい芸能人というと、「人生相談」の回答者をしてもらっていた宮城まり子さんか、作家の有吉佐和子さんぐらいだが、まり子さんが明治座で芝居をするようなことがあっただろうか。有吉佐和子原作の芝居ならあり得たと思う。 「せっかく人形町に来たのだから、いい鮨屋に連れて行ってやろう」 山崎はそう言うと、先頭に立って歩きはじめた。私は人形町は初めてだった。後日、すき焼きの「今半」の高岡節子が、「サンデー毎日」の名物女性記者・山崎れいみ(後に私と同じ編集委員や雑誌の編集長を歴任した)と日本女子大の同級生で親友とわかるが、当時は「今半」すらも知らなかった。ところで、人形町を訳知り顔で先頭に立った山崎は、「き寿司」の場所がわからず、近くの店先の人に聞いている。ようやく探し当てた「き寿司」は冒頭に書いたように、この町にいかにも融け合った雰囲気の中にある。鮨好きの私の期待は一瞬のうちに大きくふくらんだ。当然ながら山崎のおごりである。あるいは領収書をもらって取材費で落とすのかも知れないが、どっちにしても遠慮は無用だ。予約してなかったはずだが、店は空いていて、カウンターの中央に二人で座った。 「江戸前鮨の特徴は、鮪もそうだがどっちかというと光りものなんだよ」 山崎は得意げに言った。 私は黙ったままネタケースの中にある魚を端から見ていた。高松支局から東京本社の社会部に来たが駆け出しは名古屋。幼少時は福岡にもいて小学校は広島県の尾道。中学後半から高校が大阪で大学は京都である。江戸前の握りなど食べたこともないと思っているのだろうか。湘南の海で育ち、神奈川県立小田原高校から早稲田で学んだ山崎は、昭和三二年毎日新聞社入社。私より四年先輩である。雄弁会出身だけあって弁舌さわやか、若い頃は事件記者として鳴らした。何事にも通暁していて博覧強記、「将来社長になりたい」が口癖だった。しかし鮨に関してはこちらが上。口にこそ出さなかったが、つけ場に頼む魚の内容、鮨の食べ方でそれを示したつもりである。雄弁会は、出されたものを食べる間合いが少しずつ空いて、そのぶん口数が多くなる。こちらは上の空で相槌を打ち、ひたすら握られた鮨を間髪を入れず口に運ぶ。彼我の差は次第に出て、山崎の前のつけ台には二つ三つと鮨が並ぶ。 |